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魔王と髪と禿

 「いちちちち……」


 ギャレマスは、一歩足を進める度、腰に走る激痛を堪えながら、半分這うようにして火球が飛んできた方へと歩いていく。

 すぐに、いくつかのオレンジ色の松明の光が、木々の間からチラチラと見えてきた。

 ……いや、違う!

 それは、松明の光などではなく、先ほどよりも小振りだが、その分数を増した火球の群れだった。

 火球は、ギャレマス目がけて真っ直ぐに飛んで来る――!


「――ッ!」


 その事に気付いたギャレマスは、カッと目を見開くと両手を前に伸ばし、パチンと指を鳴らす。


上昇風壁呪術(ダー・イセ・イカイ)ッ!」


 次の瞬間、彼の眼前の空気が咆哮のような音を上げながら猛烈な勢いで吹き上がり、分厚い上昇気流の壁を作った。

 その空気の壁にぶつかった火球は、上昇気流に乗って空の上へと飛び去っていき、遥か上空で花火のように弾け散った。


「ふぅ……ッ痛ゥッ!」


 安堵の息と苦悶の声を同時に吐いたギャレマスは、しきりに腰を擦りながら、前方に目を凝らす。

 今度こそ間違いなく、十数本の松明の炎が瞬いているのが見えた。

 そして、それを持つ小柄な人影と――その中央に立つ大きな人影――!


「……おおお~い!」


 彼は歯を食い縛ると、片手を頭上に掲げて大きく横に振りながら、前方の人影に向かって叫んだ。


「攻撃は止めてくれー! 我らは、貴公に対して攻撃する意思は持っていない!」

「……」


 だが、ギャレマスの呼びかけに対して、前方の人影は無反応だった。

 それでも、魔王はめげずに再度声を張り上げる。


「繰り返す! 我々は、そなたらへの敵意は持っておらぬ! それは、そこに居るはずのスッタバの口からも伝わっておるはずだが、聞いておられ――」

「……喧しいわ、この狼藉者めが!」


 ようやく返ってきた反応は、これ以上なくはっきりした嚇怒と苛立ちに満ちた、老翁の(しわが)れた声だった。


「ワシの精霊術を二度までも退ける程の力を持つ者が、こんな森の奥までやって来る理由など、ロクなモンじゃないに決まっとる! 今すぐ帰れ! そして、二度とワシのすろーらいふを邪魔するでないわ!」

「いや、帰れと言われても……」


 けんもほろろな老人の言葉に困惑の声を上げるギャレマス。

 と、その時、闇の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。


「バトシュさマ! スッタバ、おうサマたちガわるいヒトじゃなイっテ、さっきカラいってル!」

「ええい、うるさいわい! そんな事信じられるか! いいか、スッタバ。自分の事を『悪い奴じゃない』などと言う奴は、大抵悪い奴なんじゃ!」

「デ……デも……」

「その“オウサマ”とか言う男が、お主の人の良さに付け込んで、上手い事言いくるめたんじゃ。そうに決まっとる! つうか、何じゃ“オウサマ”なんて適当な名前! そんなん、偽名に決まっておろうが!」

「ちょ、ちょっと待てぃ!」


 老人の声を聞き咎めたギャレマスが、慌てて口を挟んだ。


「余は、“オウサマ”などという名では無いぞ!」

「ほれ! 言うたじゃろう? どうせ偽名だと――」

「いや、そうじゃなくて!」


 老人の言葉に思わずズッコケたギャレマスは、思わず声を荒げる。


「“王様(オウサマ)”は、あくまで職掌名! 余の名は、イラ・ギャレマス! 真誓魔王国で国王を務めておる者だ!」

「……何じゃと?」


 ギャレマスの言葉に、老人の声の調子が変わった。

 そのまま、草を踏み分ける音と炎の光がギャレマスの方へと近づいてくる。

 やがて、暗闇の中から、小さな炎の塊を掌の上で浮かせているひとりの老人の姿が現れた。


「おお……お主が……」


 ギャレマスが、思わず呟く。

 目の前に現れた老人は、枯草色の粗末なローブを着ていた。

 顎に生えた長い白髭を鳩尾に届く程に伸ばしており、その顔には深い皺が年輪のように刻まれている。

 特徴的な尖耳が顔の横からぴょんと伸び、彼がエルフ族である事をハッキリと示しており、そして、その頭には一本の毛も無く、滑らかな地肌を晒して煌々と禿げ上がっていた――。

 と、ギャレマスの視線がどこに向かっているのかに気付いた老人の顔が赤黒く染まる。

 そして、口角泡を飛ばしながら、万雷が落ちたかのような大音声で怒鳴った。


「――誰の頭が、剝きたてのゆでたまごじゃあぁっ!」

「い、いや、まだ何にも言っておらぬだろうが!」

「“まだ”って事は、いずれは言うつもりだったって事じゃろがあっ!」


 正に、怒髪天を衝く勢い(……実際には、天を衝く髪の毛は一本も生えていないのだが)で、勝手に激怒している老人。

 ギャレマスは、そんな老人の剣幕にたじろぎながらも、小さく頷いた。


「――なるほど、そのあた……お主が、半人族(ハーフヒューマー)を統べる“バトシュ”とやら――」

「くおらぁっ! こんのチョビ髭ェ! キサマ、ワシのどこを見てそう判断しおったぁッ?」

「あ……い、いや、その……ふ、雰囲気的な――」

「嘘こくなボケェッ! キサマ、『そのあた……』って、途中まで言いかけておったじゃろうがぁッ!」


 ギャレマスの弁解にも一切耳を貸さず、老人の怒りは更にヒートアップの一途を辿る。


「はん! 笑っていられるのも今の内じゃぞ! キサマも、あと三十年もしたら、その鬱陶しい長髪なぞきれいさっぱりハゲ散らかるんじゃ! その内、朝起きて枕を見るのと、髪を洗うのが何よりも恐ろしくなる日が来るのだぞ! 今から震えて眠れこのバ――カ!」

「ば……『バ――カ』って……子どもの悪口かッ! ば、バカって言う方がバカなのだぞッ、このバ――――カッ!」


 老人の罵声に、思わず髪に手を触れながら怒鳴り返すギャレマス。……妙に具体的な老人の脅し文句に、思わず背筋が凍ったのは内緒だ。

 ――と、


「おのれッ!」


 遂に怒りが頂点に達したらしい老人は、突然、掌の上に浮かべていた火球を握りつぶした。

 そして、低い声で精霊術を詠唱する。


『聞し召せ 大気に宿りし 火の精霊 我が怒り以て 剣と成せぇい!』


 彼の詠唱に呼応するかのように、その掌から真っ赤な炎が噴き出て、一本の大剣の形に成形した。


「なっ――!」


 それを見たギャレマスも慌てて身構える。


「く……!」


 凄まじい炎の勢いだ。間合いの外にいるにもかかわらず、その輻射熱で火傷してしまいそうだ。


「ひょっひょっひょっ!」


 一方の老人は、たじろぐギャレマスの様子を見て、当てつけるように哄笑する。


「今更怖気づいても遅いぞ若造! キサマはワシを怒らせた! 丁寧に焼き尽くしてやるからの! ――特に、そのイヤミったらしい髪の毛を念入りにのォッ!」

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