魔王と半人族と頼み事
ギャレマスは、気を取り直すように咳払いをすると、おずおずと前に出てきた初老の半人族に向けて言葉をかける。
「うむ……共通語が分かる者がいるのは助かる。ふたつみっつ質問をさせてもらいたいのだが、構わぬか? ……ええと、そなた――」
「ア……ワタし、スッタバいいマス」
「スッタバ。それが、そなたの名か」
「アイ」
初老の半人族――スッタバは、ギャレマスの問いにちょこんと頷いた。
相手の名が分かり、キチンと言葉を通した意思の疎通も可能である事を確認できたギャレマスは、ホッと胸を撫で下ろすと、スッタバに向かって告げる。
「ええと、まず最初に言っておくが……余たちは、お主たちに危害を加える為に、ここへ来たのではない。先程は、お主たちが仕掛けてきたから、こちらもやむを得ず迎撃したのであって、積極的に事を構えるつもりは無い。だから、安心するが良いぞ」
「……? ア、すみマセん。チョとコトバむずカしくて、よくワカラない……」
「あ……そうか。それは、すまぬ」
キョトンとした表情を浮かべて首を傾げるスッタバの答えを聞いて、困った顔をしながら詫びるギャレマス。
彼は、眉根を寄せて少し考えると、今度は言葉を選びながらスッタバに言った。
「ええと……こちらは、お前たちと戦わない。だから、お前たちも戦わない。そして、いっしょに仲良くなる。――そんな感じだ。分かるか?」
「ア……アイ。ワカリます」
今度は、上手く通じたらしい。スッタバの表情が安堵で緩んだのが見てとれた。
彼のリアクションに、ギャレマスもホッとしながら、話を続きを話し始める。
「ええと……そもそも、我々の目的地はここではなく、森の向こう側なのだ。だが、迷ってしまっていてな。日が暮れてしまったので、野宿……ここで寝ようとしようとしていたところに、お前たちが襲いかかってきたという訳だ」
「ア……ソれは、ゴメンナさい……デス」
ギャレマスの言葉に、恐縮した様子でスッタバが頭を下げた。
「ア……アヤしいソトビトがイるって、みはりがシラセてきたのデ、てッキリ、タタカいにきタのだとオモって……」
「やはり、我らの事を誤解して襲いかかってきたのだな」
「ゴメンナさいデス……モウシナいですかラ、ゆるしテくだサイ」
「許せるか、こんな事をしておいて!」
スッタバの謝罪の言葉に対し、怒声を上げたのはファミィだった。
彼女は眉を吊り上げながら、自分の背後を指さしながら怒鳴る。
「貴様ら半人族どもが襲ってきたせいで、せっかく建てたテントがあんなひどい有様になってしまったんだ! あれでは、夜露どころか蚊の一匹も防げないぞ!」
彼女の指の先には、ボロボロになったテントのなれの果てが、パタパタと風に揺らめいていた。
かつてテントと呼ばれていたそれは、布の到る所が解れ、大きく裂けてしまっている上、支柱も真っ二つに折れてしまっている。
ファミィの言う通り、とても中で寝られるような状態ではない……。
と、
「でもさぁ……」
とことことテントの傍に歩み寄って、その惨状を見ていたサリアが、訝しげな顔をして振り返った。
「あれ、どっちかっていうと、半人族さん達がって言うよりは、ファミちゃんが使った風の精霊術のせいなんじゃないかなぁ?」
「……え?」
たじろぐファミィを前に、サリアは折れ曲がった支柱を指さしながら、更に言葉を重ねる。
「ほら……こんなにぐにゃ~ってひん曲がっちゃってるのって、半人族さん達の力じゃ無理でしょ? それに、布の縫い目の解れ方も、風に吹き上げられてこうなったっぽい感じだし……」
「あ……いや……それは……」
サリアの指摘に、しどろもどろになるファミィ。
その様子を見たスウィッシュが、にやぁとほくそ笑みながら、ファミィに言った。
「あーあ、まったく……これだから、手加減する事を知らない脳筋エッルフは……」
「う、うぅ……」
「どうするのぉ? せっかく建てたテントを、こんなにボロボロにしちゃって。まず陛下に謝るべきは、半人族じゃなくて、あなたの方みたい――」
「あ!」
ここぞとばかりにファミィを詰めるスウィッシュの声を、何かを見つけたらしいサリアの叫びが遮った。
サリアは、テントの布に開いた無数の穴を指さしながら、大きな声で言う。
「この穴……多分、シーちゃんの氷魔術のせいだよ!」
「え……? そ、そんな事は……」
「ほら! 穴の周りにびっしりと霜が下りちゃってるもん! 氷の粒が貫通した跡だよ、絶対!」
ニコニコしながら、サリアはテントの布を持ち上げる。
彼女の言葉の通り、大小様々な大きさの穴の周りには、びっしりと霜が張り、未だに白い冷気を放っていた。
「……」
「……」
まざまざと“証拠”を見せつけられたスウィッシュとファミィは、気まずそうにお互いの顔を見合わせ――、
「「ごめんなさい!」」
見事にシンクロしたタイミングで、ギャレマスに向かって一斉に頭を下げた。
一方、謝られたギャレマスは、むしろたじろぐと、ブンブンと頭を横に振る。
「あ、いや……別に、ふたりを咎める気は無い。戦いの結果であれば、致し方なかろう」
「へ、陛下……」
「魔王……」
「ま、まあ、それはともかく、だ」
ギャレマスに言葉をかけられ、心なしか目を潤ませているふたりに、何故か胸がざわついた魔王は、慌ててスッタバの方へ顔を向けた。
そして、落ち着かない様子で顎髭を撫でながら、彼に向かって口を開く。
「スッタバよ。我々の頼みを聞いてはもらえぬだろうか?」
「た……たノみ、でスカ?」
「うむ」
キョトンとした表情を浮かべるスッタバに頷きかけ、ギャレマスは言葉を継ぐ。
「まずひとつは、この森から出る道を教えてほしい。この森に棲むお主らなら知っておるのではないか?」
「ア……ま、まア、アイ」
「出来れば、道案内もお願いしたいところだが、無理にとは言わぬ。難しいというのなら、出る道か方法だけでも教えてほしい。――それがひとつ」
人差し指を立てながらそう言ったギャレマスは、次いで中指も立てた。
「もうひとつは……一晩だけで構わぬから、余たちをお主らの住処に泊めさせてほしい」
「エ……?」
「元々はここに野宿するつもりだったのだが、テントがあの有様なのでな……」
ギャレマスは、ボロボロになったテントを指さしながら、言葉を継ぐ。
「もちろん、タダでとは言わぬ。真誓魔王国国王の名に懸けて、相応の謝礼……お礼をする事を約束しよう。どうかの?」
「……」
ギャレマスの言葉に、スッタバは当惑の表情を浮かべた。
「チョ、チョと、ミなとハナシしてモいいでスカ?」
「ああ。もちろんだ」
自分の申し出に、ギャレマスが頷いたのを見て、スッタバは後ろに控えていた半人族の仲間たちと相談し始めた。
ギャレマスたちには理解できない、半人族の言語を用いた話し合いが十分ほど続き、ようやくスッタバが振り向く。
そして、小さく頷いた。
「み、ミなイイヨっていいまシタ」
「おお、そうか! それはありがた――」
「――ですガ」
スッタバは、頼みを受け容れてもらえて喜色を浮かべるギャレマスの言葉を遮った。
そして、申し訳なさそうな表情を浮かべながら言葉を続ける。
「みながイイヨいってモ、バトシュさマがダメっていったラ、ダメなんデ……バトシュさまにモきいてみナイと……」
「バ……バトシュ……さま?」
突然、スッタバの口から紡がれた、人名と思しき単語に、戸惑いの表情を浮かべるギャレマス。
彼は訝しげに眉根を顰めながら、スッタバに尋ねる。
「その……“バトシュ様”というのは、何者なのだ?」
「アイ。バトシュさマは――」
ギャレマスの問いかけに、スッタバは軽く頷き、言葉を継いだ。
「バトシュさマは、スッタバたチみなヲおサメてくれテイる、ソトビトさマでス」