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氷と風と氷竜巻

 石斧を振り上げながら同時に襲いかかってくる三人の半人族(ハーフヒューマー)を前にしたファミィは、両手を前に掲げながら、涼やかな声で霊句を唱える。


(こた)うべし 風司(かぜつかさど)る精霊王 その手を振りて 風波(かざなみ)立てよ!』

「「「イ――ッ?」」」


 彼女の声とともに吹き上がった轟風が、体重の軽い半人族(ハーフヒューマー)を木の葉のように吹き飛ばした。


「イ――――ッ!」


 だが、咄嗟に木の幹にしがみついて、猛風をやり過ごした半人族(ハーフヒューマー)の男が、ファミィの背後を襲う。


「――ちッ!」


 気配に気付いたファミィは、身を翻して半人族(ハーフヒューマー)の石斧の一撃を避けるが、彼女の纏う純白のローブが石斧に引っかかり、裾が斬り裂かれた。

 衣の裂ける音が耳に届いた瞬間、ファミィの眦が吊り上がる。


「ッ! 蛮族如きが、よくも私のローブを!」

「ギ、ギキッ?」


 ファミィの剣幕に、一瞬気圧された半人族(ハーフヒューマー)だったが、すぐに石斧を握り直すと、大きく跳躍した。

 そして、今度こそ彼女の身体を傷つけようと、石斧を大きく振り上げた。


「ギキイ――ッ!」


 だが、不気味な風切り音を上げながら、自分の身体目がけて振り下ろされようとする石斧を前にしても、ファミィの顔に焦りの色は浮かばなかった。


「身の程を知れ、愚人!」


 彼女はドスの利いた声で叫ぶや、体の前に手を翳し、霊句を口ずさむ。


(こた)うべし 風司(かぜつかさど)る精霊王 風鎌(かざかま)放ちて 全て薙ぎ断て!』

「ちょっ! 待ちなさいよッ!」

「――ッ?」


 精霊術による真空波を放とうとしたファミィは、突然襟首を掴まれて引っ張られた。

 そのせいで、軌道がずれた真空波は、半人族(ハーフヒューマー)の胴体ではなく、彼が振り上げていた石斧の柄を両断する。


「イ、イ――ッ?」


 一瞬にして切断され、柄だけになってしまった自分の得物を見た半人族(ハーフヒューマー)は、愕然とした表情を浮かべた。

 一方、そんな彼の事などそっちのけで、ファミィとスウィッシュは激しい諍いを始める。


「何をする! 人の詠唱の邪魔をするな!」

「邪魔するわよ! あなた、あたしが引っ張らなかったら、あの半人族(ハーフヒューマー)を真っ二つにするつもりだったでしょ!」

「そ、そんな事は無い! ちゃんと手加減するつもりだったって!」

「手加減してて、木で出来てる石斧の柄が、あんなにキレイに真っ二つになる訳無いでしょうが!」

「……いいじゃないか! 半人族(ハーフヒューマー)のひとりやふたりくらい、物の弾みで真っ二つにしたって!」

「うわ、開き直ったし! あなた、さっきの陛下のお言葉を聞いてなかったのッ? 本当にニワトリよりも物覚えが悪いのね、エッルフって!」

「う、うるさいッ! さっきから、人の事をニワトリニワトリと……! ネチネチした女は嫌われるぞ!」

「ね……ネチネチなんかしてないもん! っていうか、そういうあなただって――」

「お、オイッ! ふたりとも、口喧嘩なんか(そんな事)してる場合じゃないぞ!」


 いがみ合うふたりに向けて、慌てた様子で叫んだのはギャレマスだった。

 彼の事を膝枕しているサリアも、スウィッシュたちの後ろを指さし、上ずった声を上げる。


「スーちゃんファミちゃん! 後ろ後ろっ! 半人族(ハーフヒューマー)が――!」

「「「「イ――――ッ!」」」」


 彼女の絶叫の通り、残った半人族(ハーフヒューマー)たちが、めいめいの得物を振り回しながら、ふたりの方に向かって一斉に突っ込んできていた。


「「――っ!」」


 ふたりはハッとした顔をして後ろを振り返り、


「「――うるさいッ!」」


 怒りに満ちた声を見事にハモらせながら、全く同じタイミングで魔術と精霊術を放つ。


『猛るべし! 風司(かぜつかさど)る精霊王! 山崩す風嵐と成さんッ!』

氷華大乱舞魔術(ア・カーギシ・グレ)――ッ!」

「「「「「イギ――ッ!」」」」」


 渦を巻きながら吹き上がる暴風精霊術と、大量の細氷片が襲い掛かる氷魔術が同時に放たれ、風と氷の術が互いに混ざり合った事で、偶然にも凄まじい氷の竜巻が創り出された。

 哀れ半人族(ハーフヒューマー)たちは、突如発生した氷竜巻に為す術もなく翻弄され、散り散りに吹き飛ばされながら、濃密な氷片によって凍えさせられる。


「す……凄まじいな。あのふたりの力が合わさると、ここまで強力な合技を放てるのか……」


 ギャレマスは、唸りを上げながら天に向かって伸びる真っ白な氷の竜巻と、その中でグルグルと回りながら吹き飛ばされている半人族(ハーフヒューマー)たち、――そして、術の出力を調整しながら、まだ口喧嘩を続けているスウィッシュとファミィの様子を見ながら、感嘆と呆れが混ざり合った表情を浮かべた。


「不思議と、理力と術の相性は良いのだな……あんなに反りが合わん様子なのに……」

「え? お父様にはそう見えますか?」

「ん?」


 不思議そうな声を上げたサリアに、ギャレマスは怪訝そうな表情を向ける。


「違うのか?」

「違いますよ~」


 ギャレマスの問いかけに、サリアはニッコリ笑って、大きく首を振った。

 そして、ふたりの事を指さしながら言葉を継ぐ。


「スーちゃんとファミちゃん、あんなに楽しそうじゃないですかぁ。とっても仲良しさんですよ、あのふたり」

「そ……そうか?」


 娘の言葉に当惑の声を上げたギャレマスは、目を瞬かせながら、もう一度ふたりの様子を観察し――首を傾げた。


「……いや。やっぱり普通にケンカしておる様にしか見えぬが……」

「うふふ。まだまだですね」


 膝の上で首を傾げるギャレマスに、サリアは優しく微笑みかける。


魔王様(おとうさま)といえど、女心の機微に関しては、鈍感もいいところですねぇ。まったく……そんな事じゃ、何時まで経っても新しいお嫁さんがもらえませんよ」

「お、お嫁さんっ?」


 ギャレマスは、サリアの言葉に狼狽して声を裏返した。


「こ、これっ! さ、サリアよ、父をあまりからかうものでは無いぞ!」

「からかってなんかいませんって」

「な――?」


 サリアを窘めるつもりが、キッパリと言い切られたギャレマスは、唖然として目をパチクリさせる。

 だが、すぐに激しく首を横に振った。


「い、いやいや! 余……余は、もう百五十歳を越えておるんだぞ? こんなオヤジに嫁ごうなどという物好きな女子など居るはずが無かろうが――」


 そこまで言ったギャレマスは、突然目を大きく見開くと、酸っぱい葡萄を食べたかのように顔を顰め、体を捩らせる。


「ががが……ま、また腰ががががががが……ッ!」

「あわわわ……だ、大丈夫ですか、お父様っ?」


 サリアは、額に脂汗を浮かべて、ぶり返した腰の痛みに苦しむ父親を介抱しながら、


(はぁ……ホントに鈍感。……この分じゃ、大分苦労しそうだねぇ。スーちゃんも、ファミちゃんも……)


 と、心の中で大きな溜息を吐くのだった。

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