魔王と指示と激励
自分たちそっちのけで激しい口喧嘩を繰り広げ始めたスウィッシュとファミィを前にして、呆気に取られていた半人族だったが、気を取り直して石斧や石槍を構えると、「イ――ッ!」という奇声と共に、ふたりに向かって一斉に飛びかかってきた。
「――ッ! ファミィは後ろ!」
スウィッシュはそう叫ぶと、前方から突っ込んでくる半人族に向けて手を翳すと、高らかに叫んだ。
「氷筍造成魔術!」
「イ、イギーッ!」
彼女の叫びと呼応するかのように、突如足元から伸びてきた鋭い氷筍に進路を妨げられた半人族たちは、驚きの叫びを上げながら、敏捷に跳び退く。
「ちっ……すばしっこい!」
足止めは出来たものの、少なくとも十人程度は氷漬けにするつもりで術を放ったスウィッシュは、半人族全員が術を回避したのを見て、顔を顰めて舌打ちした。
――一方、
「イ――ッ!」
奇声を発しながら突っ込んでくる半人族たちを一瞥したファミィは、口元に皮肉げな笑みを浮かべると、鈴の鳴るような声で精霊術の霊句を口ずさむ。
『――応うべし 風司る精霊王 その手を振りて 風波立てよ!』
次の瞬間、彼女を中心に凄まじい猛風が吹き荒んだ。
「イギ――ッ!」
その風に煽られ、数人の半人族が宙を舞い、鬱蒼と茂る木々の幹に頭をぶつけて昏倒する。
「ギギッ!」
思わぬ反撃にたじろぐ半人族たち。
スウィッシュとファミィは、怯んだ様子の半人族に更なる一撃を見舞うべく、それぞれの術を詠唱しようとする。
「覚悟なさい! 阿鼻叫喚氷晶魔――!」
『応うべし 風司る精霊王 その力以て――』
――と、その時、
「ふたりとも! その者たちを殺すでないぞ!」
「え……?」
「何……?」
ふたりを強く制止する声が上がり、彼女たちは目を大きく見開き、詠唱を途中で止めた。
スウィッシュとファミィは、不満げな表情を浮かべて声の主に目を向ける。
「――陛下っ? 何故お止めになるのですか? こいつらは、畏れ多くも真誓魔王国国王陛下に向かって害を為そうとした者たちですよ! その罪、万死に値します!」
「魔王がどうのこうのなどどうでもいいが、妙な手心を加えると、後でしっぺ返しを食らうぞ。ここは後腐れなく鏖殺しておいた方がいい」
「――いや」
それぞれの意見を述べる二人に、ギャレマスは寝そべったままで首を横に振った。
「この森に棲む半人族ならば、森の地理にも詳しいはずだ。当然、森の出口までの道程もな。ならば、あたら皆殺しにするよりも、きつく打ち据えるだけに止めて、我らが森を出るまでの道案内をさせた方が良かろう」
「「……!」」
ギャレマスの言葉にハッとして、顔を見合わせるスウィッシュとファミィ。
そんなふたりに、ギャレマスは更に言葉をかける。
「となれば、ひとりでも死人を出す事はならぬ。原初亜人といえど、多少は同族の絆というものを持ち合わせておるだろうからな。仲間が殺されたとあれば、死に物狂いで仇を取りに来るに違いない。そうなれば、こちらも手加減などできなくなる」
「……この数の半人族を、ひとりも殺さずに無力化しろというのか、魔王……」
ギャレマスの言葉に、ファミィが呆れ声を上げる。
そんな彼女の声に対して、魔王は重々しく頷いた。
「そうだ。難しいかもしれぬが、そこを何とか頼む」
ギャレマスはそう言うと、腰の痛みに顔を顰めながら身を起こし、ファミィとスウィッシュの顔を交互に見回しながら言葉を継ぐ。
「他の者ならいざ知らず、“伝説の四勇士”と“四天王”のお主らなら、それも可能な事だと信じておる。――頼んだぞ!」
「「――ッ!」」
ギャレマスの言葉を耳にした瞬間、ファミィとスウィッシュの目が大きく見開かれた。
「……ふふ」
愉快そうな笑い声を上げたのは、ファミィだった。
彼女は、思わず綻んだ口元を手の甲で隠しながら、微かに弾む声で言う。
「まさか……大敵である魔王ギャレマスから、頭を地面に擦りつけられながら頼まれごとをされる日が来ようとはな……ついこの間までは想像もしていなかったぞ」
「い……いや、頭を地面に擦りつけるまではしておらぬが……」
「今日の日を、『魔王に泣きながら懇願された日』として、エルフ族の歴史書に永く残す事としよう。くくく……」
「いやいや! 泣いてもおらぬぞ! そんなデタラメ、勝手に歴史に刻むでないぞ! ――おい、聞いておるのか、ファミィ! お~いっ!」
慌てて情報の訂正を求めるギャレマスだったが、ファミィは聞く耳も持たぬ様子で、口元をだらしなく緩めながら、半人族の方へと向き直ってしまう。
と、その時、
「穿刺鋭氷槍魔術!」
やけに気合の入った詠唱が聞こえた。
ギャレマスが目を遣ると、白い冷気を濛々と放つ、巨大な突撃槍を肩に担ぐスウィッシュの姿があった。
彼女はくるりと振り向くと、真っ赤に上気した顔を綻ばせながらギャレマスに言った。
「陛下! ご期待に添えるよう、あたし頑張ります! 見てて下さい、魔王軍四天王がひとり、“氷牙将”スウィッシュの戦いぶりをっ!」
「う……うむ」
ギャレマスは、すっかり舞い上がった様子のスウィッシュに気圧されながら、おずおずと頷いた。
「ま、任せたぞ……」
「……」
「……」
「……」
「……?」
「――お父様お父様……」
目をキラキラさせているスウィッシュとの間に奇妙な沈黙が流れ、当惑するギャレットの肩を、膝枕しているサリアが叩いた。
「ここはですね、こう言ってあげるんですよ……」
彼女はそう言うと、ギャレマスの耳元に何事か囁いた。
「……へ?」
サリアの囁きを聞いたギャレマスが、目をパチクリさせながら、半信半疑といった様子で娘の顔を見返す。
そして、サリアがこれ以上なく力強い様子で頷いたのを見ると、スウィッシュの方に目を向け、少し照れながら声をかけた。
「す、スウィッシュよ……頑張れ! 余もお主の事を応援しておるぞ!」
「――ッ! はいっ! かしこまりです~ッ!」
ギャレマスの激励を受けたスウィッシュは、満開の花のような笑顔を見せると、やにわに半人族の方へと向き直り、身の丈ほどもある突撃槍を軽々と振り回しながら嬉々として叫ぶ。
「陛下の温かいお言葉を賜りまして、あたしは冷気100倍ですッ! キャハハハハッ! 半人族がなんぼのもんじゃい~ッ!」
ギャレマスの一言で、すっかりおかしなテンションになった彼女はそう絶叫するや、先ほどに倍する冷気を放つ突撃槍を大きく振りかぶって、狼狽している半人族の群れの中に飛び込む。
「どっせ――いッ!」
「「「「ギキャ――ッ?」」」」
そして、ただ一振りで十人以上の半人族を一気に吹き飛ばしたのだった――!




