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魔王と敵と包囲

 「……っ!」

「……」


 ギャレマスの言葉を受けて、ファミィとスウィッシュの顔が一気に引き締まり、数々の死線を潜り抜けて来た歴戦の戦士のそれとなった。

 サリアも緊張の面持ちで、その紅玉のような瞳を眇めて、焚火の火を消した為に、とっぷりと濃い闇に包まれた森の木々の向こうに蠢く気配を探ろうとする。


「……!」


 そして、ハッと目を見開くと、傍らのギャレマスに向かって囁きかける。


「お父様……、サリアたち、囲まれてしまっているようです」

「うむ……分かっておる」


 サリアの言葉に、ギャレマスは小さく頷く。


「数は……少なくとも三十はいますね。二足歩行しているようです。という事は、人間族(ヒューマー)か、その他の種族か……」


 スウィッシュが、闇の中で僅かに光る眼と、下草を踏みしめる足音から、自分たちを取り巻く敵のおおよその数を推し量った。


「だが……人数に比べて、金物の音は少ない。大多数は、ロクな装備を持っていないようだぞ」


 その長い耳を欹てたファミィが、僅かな衣擦れの音から、敵の装備を推測した。


「ふむ……」


 三人の言葉から、ギャレマスは、敵の全容がいかなるものなのかを推理してみる。


「頭数は、三十以上。獲物を包囲する程度の団体行動が可能で、そのうちの数体は、金属製の武器防具を所持している……といったところか」


 だが、星の光も遮られた、この深い闇の中では、それ以上の情報を得る事は出来ないようだった。

 それでも、ギャレマスの顔に、焦りの色など微塵も浮かんではいない。


「――まあ良い」


 そう呟いた魔王は――口の端を歪めて、ニヤリと微笑(わら)ってみせた。


「……暗闇で敵の姿が見えぬのならば、見えるように照らしてやればよいだけの話よ」


 ギャレマスはそう嘯くと、身体の前で両手を打ち合わせる。

 そして、


「――雷あれ」


 そう唱えながら、合わせた両掌をゆっくりと離していく。

 離れた両掌の間で、小さな雷がパリパリと音を立てながら閃き始めた。


「――ッ!」

「……!」

「っ?」


 鬱蒼と茂る木々の向こうで、甲高いどよめきの声が巻き起こる。どうやら、暗闇の中で青白く光りながらバチバチと音を立てる極小の稲妻を目の当たりにして、動揺しているようだ。

 そんな先方の気配を察したギャレマスは、小さな雷光に照らし出された顔を僅かに綻ばせ、


「いくぞ! 舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)ッ!」


 そう高らかに叫ぶと、両の掌を頭上高く掲げた。

 それと同時に、彼の掌の間から解き放たれた数条の雷が、互いに絡み合いながら空に向かって放たれる。

 撚り合わされた雷により、森を遍く覆い尽くしていた深い闇が一瞬で払拭され、周囲は真昼よりも明るい光に包まれた。


「ギャ――ッ!」

「ウォッ! マブシッ!」

「ヒィイッ!」


 そして、突然満ち溢れた青白い光の奔流をまともに目にした者の苦悶の叫びが、ギャレマスたちの周囲のあちこちから巻き起こる。


「――あれは、半人族(ハーフヒューマー)ッ?」


 ギャレマスの舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)の光に対し、腕を翳す事で目を守ったファミィが、青白い光に照らし出された敵の姿を見て叫んだ。

 彼女の目に映ったのは、自分たちよりも幾分か背の低い、青白い皮膚をした亜人種の姿だった。


 ――半人族(ハーフヒューマー)


 ウンダロース山脈の西――人間族(ヒューマー)領側に広がる樹海に棲むとされている、いわゆる“原初亜人”の一種である。

 彼らの身長は、人間族(ヒューマー)や魔族・エルフ族のそれと比べて三分のニほどしかない。

 だが、それは鬱蒼と茂る森の中を素早く移動する為に、もっとも最適なサイズへと進化したが故だ。

 身長が低い分、身体能力――殊に敏捷さは優れており、森の中に限って言えは、獣人族のそれに匹敵するほどの能力(ポテンシャル)を発揮すると言われている。


 ――だが、知能レベルで四大種族に劣る彼らは、文明といったものを有してはおらず、基本的に一家族単位の群れで細々と生活しているはずだ。


「――こんなにたくさんの数の半人族ハーフヒューマーが、同じ目的の元に集まり、協力して包囲するなどという高等な真似をするなんて聞いた事が無いぞ!」


 ファミィは、目の前の光景が信じられず、思わず声を上ずらせた。


「……そうだけど!」


 ファミィと同様に驚きを隠せない様子ながら、スウィッシュは叫ぶ。


「今、そんな事を考えてもしょうがないわ! 理由を考えるのは、こいつら(半人族)をやっつけてから!」

「――確かに!」


 スウィッシュの言葉に、ファミィも気を取り直し、戦闘態勢を取ろうとする。

 ――と、その時、


「スウィッシュ、ファミィ。ここは、余に任せておくが良い」


 そう言って、一歩前に進み出たのは、魔王ギャレマスだった。

 彼は、関節をゴキゴキと鳴らしながら、ファミィとスウィッシュに向かって言う。


「これしきの半人族ハーフヒューマー数十匹程度、余にかかればチョチョイのチョイぞ。お主らは後ろで見ておるが良い」

「い……いえ、陛下! そういう訳には――」


 ギャレマスに対して、慌てて声を上げたのはスウィッシュだった。

 彼女は、ブンブンと首を横に振りながら声を上ずらせながら言う。


「わざわざ、陛下が御手を煩わせる事ではございません! ここは、臣下のあたしとファミィで――」

「……って! わ、私は、そこのショボクレ加齢臭スメハラ大魔王の臣下に降った覚えは無いぞ!」

「……ご、ゴホン!」


 ファミィの叫んだ蔑称に些か傷つきながらも、ギャレマスは咳払いで聞こえなかった事にして、気を取り直すと言葉を続けた。


「いやいや……最近の余は、お主たちに助けられっぱなしだからな。たまには活躍しておるところも見せておかねば、主役としての沽券に関わるでの……」

「……は? シュヤク?」

「あ……いや、こちらの話だ」


 キョトンとした顔をして聞き返すファミィに、慌てて首を横に振るギャレマス。

 だが、スウィッシュは、それでも納得がいかないという顔をする。


「いえ! こちらとしても、臣下としての沽券に関わります! どうぞ、この場はあたしたちにお任せを――」

「スーちゃんスーちゃん」


 頑なな態度のスウィッシュの背中を、サリアがちょんちょんとつついた。

 その瞬間、スウィッシュは、まるで感電でもしたかのように全身を激しく震わせ、裏返った悲鳴を上げる。


「あヒャァッ!」

「スーちゃん、お父様のお望み通りにしてあげて」

「え……? な、何故ですか?」

「そりゃあ……」


 スウィッシュに訊き返されたサリアは、意味深な微笑を浮かべると、スウィッシュの耳元で囁いた。

 と、スウィッシュの眼がカッと見開かれ、「……ふぇっ?」という小さな叫びを漏らす。

 そして彼女は、真っ赤な顔で口元をだらしなく緩めながら、


「そ……そういう事でしたら……し、仕方ないですね……」


 と、先ほどまでの頑迷さが嘘のようにおとなしく引き下がった。


「……もぅ。そんなアピールをしなくたって、あたしの陛下に対する心は揺らぎませんのに……」

「……何か申したか、スウィッシュよ」

「ファッ! い、いえっ! な、何でもないですぅっ!」

「……?」


 明らかに挙動不審なスウィッシュに、サリアが彼女に何を吹き込んだのか激しく気になりながらも、ギャレマスは半人族(ハーフヒューマー)の方に向き直った。


「……さて、と」


 先ほどの雷光で麻痺した視力がようやく回復し、手に持った石斧や石槍を構える半人族(ハーフヒューマー)たちを、ギャレマスは鋭い目で睨みつけた。


「余はあまり荒事にはしたくないのだが、お主たちはそうでも無いようだの。――ならば、相手してやろうぞ、この『雷王』イラ・ギャレマスがな!」


 ギャレマスはそう叫ぶや、両手をパンと打ち合わせ、ローブの裾を翻しながら大きく身を仰け反らせた。


「食らえ! 雷あ――」


 ――ゴキリ。


 その瞬間、彼の腰が嫌な音を立て、みるみるギャレマスの顔が青ざめる。


「あ――が……っ! こ……こし……腰が……あッ!」


 ――そう。

 久しぶりのバトルシーンで張り切るあまり、いつもよりも余計に上体を捻ったのが運の尽き。

 彼の腰は、つうこんの一撃……ならぬ、魔女の一撃(ぎっくり腰)に襲われたのだった……。

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