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魔王と四天王と伝説の四勇士

 火が西の空に沈み、闇の帳がとっぷりと下りた森の中に、パチパチと何かが爆ぜる音が響き渡る。


「ふぅ~……あったかい……」


 サリアが集めた枯れ枝で熾した焚火に当たり、スウィッシュが作った干し肉と山菜の浮いた熱いスープを啜って、ようやくギャレマスの身体は温かみを取り戻した。


「元気になられたようで、良かったです……」


 主の顔に血色が戻ったのを見て、スウィッシュは安堵の息を漏らす。

 そんな彼女に、ギャレマスは微笑みを湛えた顔を向けた。


「心配をかけたようで済まなんだな、スウィッシュ。余は、すっかり元気になったぞ」


 そう言いながら、力こぶを作ってみせるギャレマス。主君のおどけた仕草を見たスウィッシュは、思わず顔を綻ばせた。


「――油断は禁物だぞ、魔王」


 そんなギャレマスに釘を刺すように言ったのは、心なしかブスッとした顔でスープを啜るファミィだ。

 彼女は、ジロリと魔王の事を見ると手を伸ばし、彼の着込む防寒着の襟が緩んでいるのを直してやる。


「……ほら、しっかり着てないと、襟元から冷たい風が入って、また体が冷えてしまうぞ。まったく……」

「お……おぉ、すまぬ」

「――! あ、へ、陛下っ! スープのおかわりはいかがですか? もっとたくさん食べて、お腹の中から暖かくしないといけないですよ!」

「あ……う、うむ。では、もう一杯もらおうか……」

「はいっ! 喜んで~!」

「ふふふ……」


 スウィッシュとファミィが、競い合うようにギャレマスの世話を焼く様子を見ながら、ニヤニヤと笑っているのはサリアだ。

 と、サリアのニヤニヤ顔に気付いたファミィが、眉を顰めて咎める。


「……ちょっと、サリア。何だ、その顔は?」

「うふふ。何だか嬉しくってねぇ」

「う、嬉しい? な……何がだ?」


 ファミィは、サリアの返答に当惑する。

 サリアは、そんな彼女の表情を見ると、爛漫な笑みを顔中に溢れさせながら、弾んだ声で答えた。


「そりゃあ……自慢のお父さんが女の子にチヤホヤされているのって、娘としてはとっても嬉しい事なんだよ~」

「へぁっ?」

「ファッ?」

「ブ――ッ?」


 サリアの言葉に、ファミィとスウィッシュは目を真ん丸にして絶句し、ギャレマスは含んでいたスープを口から噴き出した。

 それを見たスウィッシュは、慌てて布巾を取り出して、ギャレマスの顔面に押し当てる。

 そして、目を白黒させながら、サリアに対し、上ずった声で釈明の言葉を吐く。


「ち、チヤホヤって……。 い、いえ! これは、あくまでも、主にお仕えする臣下として当然の務めでして、決してそんな浮ついたアレではなく……」

「モガ! モガガ――ッ!」

「……スーちゃん。それ以上押さえてると、お父様が窒息しちゃうよ……」

「へ? ……あ!」


 サリアの言葉で、焦りまくった自分が、ギャレマスの顔面に布巾を力の限り押しつけ続けている事に気付いたスウィッシュは、慌てて手と布巾をギャレマスの顔から離し、虫の息のギャレマスに向けてペコペコと頭を下げる。

 ――と、


「……って! さ、サリア! わ、私も違うぞっ!」


 ファミィもまた、顔中を真っ赤に染めて、サリアに向かって抗議の声を上げた。


「わ、私が、こんな虚弱不摂生中年魔王なぞチヤホヤするかっ!」

「でもぉ、そう言う割には、結構甲斐甲斐しくお世話しているみたいに見えたよ~?」

「だ……だからそれはっ!」


 サリアの言葉に、ファミィは首が千切れんばかりに激しく左右に振りながら叫ぶ。


「それは! お前たちのところの根暗陰キャ存在感皆無四天王を、あの古龍種が忘れてきたからだろうがッ! だっ、だから、私が仕方なく――」


 だが、ファミィの絶叫は、だんだんと小さくなり、遂には掻き消えてしまった。

 彼女の言葉を聞いたサリアが、まるで秋のヒマワリのように、シュンと萎れて俯いてしまったからだ。


「うぅ……ごめんなさいぃ……」


 と、サリアは、先ほどまでとは打って変わった、蚊の鳴く様なか細い声を漏らす。


「サリアが悪いの……。ポルンちゃんにみんな乗ってるかどうか、ちゃんと確認しなかったから……」

「そ……そんな事は無いですよ、サリア様!」


 落ち込むサリアに、スウィッシュが慌ててフォローの言葉をかける。


「あ、あれは仕方ないです! わ、悪いのは、寧ろアルの方ですって! あいつが、ちゃんと『自分が乗ってない』って自己主張しないから! サリア様やポルンのせいなんかじゃありません! そこのエッルフの言う事なんて、ムシムシ!」

「あ……う、うん。そうだな」


 スウィッシュの言葉に、ファミィも慌てて頷く。


「あ、あれは、あの根暗男の影が薄いのが悪い……かもしれない。だからその……今度から気を付ければ、それでいい……と、彼岸で、あの陰キャ男も言っている……はずだ、うん」

「いや……アルトゥーは、置いてけぼりにされただけで、死んだわけでは無いぞ――」

「陛下!」「魔王!」

「あ……す、すまん……」


 ひどい言われように、思わず口を挟んだギャレマスだったが、スウィッシュとファミィに怖い顔で睨みつけられ、亀のように首を竦めた。

 ――と、


「とはいえ……」


 彼はゴホンと咳払いし、表情を引き締めながら言葉を継ぐ。


「今後の作戦の遂行に、アルトゥーの存在は欠かせぬ。実のところ、あやつの誘導(ガイド)無しでは、この森を抜けるルートもロクに解らぬ……」


 そう言うと、彼は満天の星が煌めく星空を見上げた。


「今日も、太陽の位置から方角を割り出して、取り敢えず北西に向かって歩き続けただけだからな。正直なところ、本当に北西に向かって歩けているかも自信が無い……」

「……ポルンちゃんには、山の向こうに戻ってもらって、アルくんを探してもらってるんですけど……」


 魔王に、サリアがおずおずと言った。その表情は、先ほどとは別の意味で憂いに沈んでいる。


「――いくら、ポルンが空の上からアルを探すといっても、山道の長さや、生い茂る木々を考えると、そうそう簡単に見つかるとは思えないですね……。それに加えて、あの影の薄さですから」

「「……確かに」」


 アルトゥーの幼馴染でもあるスウィッシュの言葉は、何よりも説得力がある。彼女の言葉に、ギャレマスとファミィは頷くしかなかった。


「さて……どうしたものかのぅ? 古龍種――ポルンがアルトゥーを首尾よく見つけて、我々の元に連れてくるのを待つか。それとも、アルトゥーとの合流を諦めて、引き続き西へ向かって歩き続けるか……」


 溜息を吐いたギャレマスは、そう唸りながら腕を組み、顎髭を指の腹でこすりながら考え込む。

 ――と、その時、


「――ッ!」


 唐突に、スウィッシュが目の前で赤々と燃える焚火に砂をかけ、勢いよく燃えていた火を消した。焚火の炎によって駆逐されていた闇が、その火が掻き消えた事によって、瞬く間に侵食する。


「……どうしたの、ふたりとも? 何だか、怖い顔を――」

「サリア様、申し訳ございませんが、少しの間、お静かにお願いいたします」

「え? あっ、はい……」


 唇の前で人差し指を立てながらのスウィッシュの声に、“緊張”の響きを感じ取ったサリアは、小さく頷くと、両手で自分の口を押さえた。

 そしてファミィも、その表情を引き締めると、静かに腰を浮かせる。


「……どうやら」


 ギャレマスは、暗闇の中で油断なく周囲に目を配りながら、静かな声で呟いた。


「――招かれざる客が、訪ねてきたようだな」

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