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エルフと野宿と懸念

 その後、ギャレマスたちを乗せた辻馬車は、数度の休憩を挟みながら街道を北上し、日が西の地平線に沈む間際になると、街道から少し外れた草地に停車した。


「よし……今日は、ここで野宿する事にしよう」


 見晴らしのいい場所を見つけたギャレマスは、一行に向けてそう告げた。

 その指示を受け、アルトゥーとスウィッシュは、辻馬車の荷室から手慣れた様子で荷物を運び出し、畳まれていたテントを広げ、てきぱきとした手際で設営を始める。

 その様子を見たサリアが、目を輝かせてふたりの元に向かう。


「ねー、スーちゃん! サリアも手伝うよー」

「あ、いけません、サリア様。これは、臣下であるあたしとアル……アルトゥーの仕事ですので……」

「えー! そんな事言わないでいいよ~。二人より三人の方が早く終わるよ!」

「あ、いえ……その……」


 サリアの言葉に、バツが悪そうに口ごもるスウィッシュ。

 気さくなサリアの申し出自体は嬉しいのだが、本音としては、彼女に手伝って欲しくはなかった。

 ――何せ、サリアは“悲運姫”である。彼女を迂闊にテントの設営に加わらせたら、その“非運”で何が起こるか分からない。

 というか、臣下の身として、主に作業を手伝わせるなど、とんでもない事である。

 そういった理由から、スウィッシュとしては、サリアは余計な気など回さずに、置物のように何もせずにいてほしいところだった。


「そ、そのお気持ちは、誠にありがたいのですが、臣下としては、主に働いてもらうのは正直困ると言うか……」

「……姫」


 サリアの申し出を断る上手い言葉が見つからず、困り果てたスウィッシュの様子を見かねたアルトゥーが、辻馬車の前に繋がれたままの二頭の馬を指さしながら、声をかけた。


「――姫には、あの馬たちに干し草を食わせてやってほしい。頼めるか?」

「あ……うん! お馬さんたちに夕ご飯だね! 任せてっ!」


 アルトゥーに仕事を任されたサリアは、顔をパッと輝かせると大きく頷き、辻馬車の方へ走っていった。

 その後ろ姿を見送ったスウィッシュは、こっそりと安堵の息を吐き、無言でアルトゥーに向かって親指を立てるが、それに対して、アルトゥーは素知らぬ顔でテントの支柱を地面に立てる作業を続けるのだった。


 ――その時、


「お……おい、魔王」


 と、ギャレマスにおずおずと声をかけてきたのはファミィだ。


「……ん? どうした?」


 右手に持ったランタンで照らした地図を、単眼鏡(モノクル)を嵌めた目で熱心に覗き込んでいたギャレマスが、怪訝な様子で顔を上げた。

 そんな彼に、ファミィは鋭い目で周囲を注意深く見回しながら尋ねる。


「ほ……本当に、こんな場所で野宿するのか? 危険ではないか?」

「危険?」


 ファミィの問いかけに、ギャレマスはキョトンとした顔で首を傾げた。


「特段、危険な事など無いように思うが。この辺りには、まだ危険な野生動物などは居らぬし……」

「いや。野生動物とかではなく――」


 呑気なギャレマスの受け答えに苛立ちながら、ファミィは言葉を継ぐ。


「私が心配しているのは、こんな見晴らしのいい場所にテントなぞ建てて、追い剥ぎや野盗や山賊のような無頼の輩が襲ってこないかという――」

「ああ……なるほど」


 ようやくファミィが何を警戒しているのかを理解したギャレマスが、ポンと手を叩いた。

 そして、ニヤリと笑って答える。


「そのような心配は無用だ。何故なら、我が国に、お主が怖れるような曲事を企むほど暇な者は居らぬからな」

「は……?」


 ギャレマスの言葉に、キョトンとした表情を浮かべるファミィ。

 彼女は、目をパチクリさせながら、問いを重ねる。


「それは……一体どういう意味なんだ? この国には、野盗団や山賊など居ないと言うのか?」

「ああ。そうだが」

「そ――」


 ファミィは、自分の問いかけにあっさりと首肯してみせたギャレマスに、思わず声を荒げた。


「そんな事、ある訳がないだろうが! 野盗や賊が存在しない国なんて……絶対に!」

「“絶対にある訳がない”といっても、現に真誓魔王国(ここ)がそうなのだが……」


 気色ばむファミィを前に、困り顔を浮かべるギャレマス。

 彼は、顎髭を撫でながら、ファミィに向かって口を開く。


「まあ……とは言っても、確かにほんの十数年前までは居ったぞ、賊」

「十数年前まで? じゃあ、今は――」

「根絶した」

「こ、根絶――? どうやって……」

「言っただろう? 『曲事を企むほど暇な者は居らぬ』と」


 そう言うと、魔王はしたり顔を浮かべて、更に言葉を継いだ。


「民が悪の道に堕ちる一番の原因は、“困窮”と“暇”だ。食うものに困れば、他の者が持っているものを奪い取って自分のものにしようと思うし、暇になればなる程、民は良からぬ事を考えるようになる」

「……確かに」

「だったら、そのふたつを遠ざけてやれば、悪の道に染まる者は居なくなる。余はそう考え、まずは租税関係に手を付けた。――まあ、単的に言えば、減税だな。そうして、ある程度民の暮らしぶりが好転した後で、これ以上民が飢える事無く、かつ忙しく働ける環境を作る事としたのだ」


 そう言うと、彼は岩の上に置いた地図をランタンで照らし、地図の下の方を指さした。


「この辺り――我が真誓魔王国の南端には、広大な草原が広がっていてな。住む者もほとんど居らぬまま、十数年前まで手付かずのまま放置されていたのだ。ただ、気候は温暖で、作物を育てるには適した土地だった」

「……」

「そこで余は、盗賊や野盗に身をやつしていた者や、自ら希望する者を集め、南端の地に送り込んだのだ。()()()()()()()として、な」

「あ――!」


 ギャレマスの説明を聞いたファミィは、思わず感嘆の声を上げた。


「そうか……! 悪人や生活に困窮した盗賊予備軍達に仕事と土地を与える事で、悪の道に走る事の無いようにしたという事か……!」

「そういう事だ」


 ファミィの言葉に、ギャレマスは大きく頷く。


「まあ……正直、この方法で全てが当てはまるかは分からぬ。他の環境下で同じ事をしても上手くいかぬかもしれぬ。――ただ、我が国においてはこの方法が有効で、盗賊団のような悪しき事を企むような組織が根絶されたという事は、まごう事無き事実だ」

「……」


 ギャレマスの言葉に、ファミィは少しの間沈黙し、それからほぅと息を吐いた。

 そして、ギャレマスの顔をジッと見つめ、しみじみと言う。


「魔王……貴さ――お前は、思ったよりもすごい王だったんだな」

「ふ……ようやく解ったか」

「ただの加齢臭マシマシムッツリ変態窃視性癖系大魔王じゃなく、加齢臭マシマシド助平治世有能(?)魔王だったんだな……」

「ふふ……その通り……って、いや違う!」


 雰囲気で大きく首を縦に振りかけたギャレマスだったが、慌てて首を横に振って打ち消す。

 そして、


「――何だ、“有能”の後の(?)は! 何で疑問符を付けるッ? そ……それに、蔑称の長さは短くなっても、内容がさほど変わってないぃぃぃぃいっ!」


 橙色に染まった空に、魔王があげた慨嘆の叫びが虚しく響くのであった……。

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