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姫と指笛と襲来

 “ピ――――ッ!”


 広いギャレマスの居室に、サリアが吹いた指笛の音が響き渡り、その鼓膜が破れそうな程の高音に、その場にいた全員は、思わず耳を押さえた。


「な――何を?」


 突然、娘が起こした奇妙な行動に、ギャレマスは戸惑いの表情を浮かべる。

 それは、他の者たちも同じだった。

 ――と、


「……ん?」


 ふと、耳を押さえていた手を離したイータツが、怪訝な表情を浮かべて、部屋の外の方へと顔を向けた。


「何じゃ……? 外から、妙な音が……」


 イータツはそう呟きながら、窓の方に歩み寄り、何気なく外の様子を窺う。

 すると――、


「ん? ……んん? ……んんんんんっ?」


 彼は驚きの表情になって、目を大きく見開き、窓に自分の顔を押し付けた。

 その時――!


「――マズい! みんな、伏せろ――ッ!」


 普段の彼らしくもなく、血相を変えて叫んだのは、アルトゥーだった。


「――ッ?」


 その声に弾かれるように動いたのは、ギャレマスだった。

 彼は、咄嗟に目の前にいた三人の娘の身体を抱えると、背中の羽を大きく広げ、床に身を投げ出した。


「キャあッ!」

「ままま、魔王ッ! 何をッ――」

「わっ」


 ギャレマスに押し倒された三人の娘たちは、思い思いの悲鳴を上げる。

 と、次の瞬間――、


 “ドグワアアアアアアンッ!”

 “ガララララララッ!”

 “ミシミシィ……ッ!”

 “ドシャアアア……!”


 部屋の外壁に、何か巨大なものが思い切りぶつかってきたかのような、耳を劈くような凄まじい衝撃音や、石壁が崩れ落ちる音、木製の調度品が軋み割れる音などが響き渡り、夥しい瓦礫と埃が上がった。

 そして、

 耳を劈く轟音がようやく収まってから、魔王は、自分の身体の上に積もった瓦礫を押し退けながら、ゆっくりと身を起こす。


「……くっ! み、皆、大丈夫か?」


 大きめの瓦礫が直撃して、血が滲む頭を押さえながら、自分が押し倒した娘たちの安否を尋ねるギャレマス。

 と、


「きゃ、キャアアアアアッ! は、放せええええええッ! こ、この劣情拗らせ系発情ドスケベ大王があああっ!」

「ぶべぇっ!」


 黄色い悲鳴を上げて、押し倒された状態で、真下から渾身のアッパーカットを突き上げ、ギャレマスの顔面に叩きつけるファミィ。


「ど……どさくさに紛れて、私の貞操を奪おうとは、見下げ果てた痴漢凌辱ド外道魔王めぇっ!」

「い……いや、この状況で、ドサクサ紛れにそんな事が出来るはずが無かろうが……」

「ほら! そのいやらしい鼻血が、何よりの証拠だ!」

「いや……これは、今お主に殴りつけられたから……」


 ローブの袖で滴る鼻血を拭きながら、ギャレマスはボヤキ声を上げる。

 ――と、


「ふ……ふぇええ……」

「ん?」


 一方、先ほどから床に寝転んだままのスウィッシュは、顔を茹でダコよりも真っ赤にして、身を縮こまらせて固まっていた。

 ギャレマスは、放心状態のスウィッシュの様子が気にかかり、彼女の肩を軽く揺らしながら声をかける。


「どうした? 床に伏せた時に、頭でも打ったのか?」

「あ……い、いえ……だ、大丈ブフゥウウウッ!」


 目をパチクリさせながら答えたスウィッシュだったが、文字通り目の鼻の先の距離に心配げな表情を浮かべたギャレマスの顔がある事に気が付くと、耳の先まで真っ赤に染め、奇声を上げながら大袈裟に後ずさった。

 ギャレマスは、彼女の反応に少なからず傷ついたが、その内心を面に出さぬよう注意しながら、ぎこちなく苦笑を浮かべる。


「あ……す、すまぬな。だが、その様子なら大事なさそうだな。良かった」

「あ、い、いえ……へ、陛下、そうじゃなくて――」


 慌てて首を横に振るスウィッシュだったが、ギャレマスの意識は既に、もうひとり――自分の娘の方に向いていた。


「……サリアよ。お主は大丈夫……か?」

「……」


 だが、上半身だけ身を起こした体勢だったサリアは、ギャレマスの問いには答えず、無言のままぴょこりと立ち上がる。

 と――、

 埃が濛々と立ち込める壁の大穴の向こう側で、何か巨大な影が蠢くのが見えた。


「な……何だ、あのデカい物は……?」


 驚いたギャレマスは、立ち込める埃と、大穴の向こうから射す逆光によって視界を妨げられる状況で、それでも蠢くモノが何なのかを確かめるべく、必死で目を凝らす。

 と、その時、

 サリアが軽快な足取りで、瓦礫の間を縫うようにしながら、大穴が開いた外壁の方へと進んでいくのに気付き、血相を変えた。


「お……おい、サリア、何をしておる! 危険だ! その穴の向こうに、何かがいるぞ!」

「……」


 ギャレマスの必死の呼びかけも聞こえぬ風に、サリアは躊躇なく壁の大穴の方へと歩を進めていく。

 そして、彼女が大穴まであと数歩という距離まで近付いた時、突然、彼女の傍らの瓦礫の山が吹き飛んだ。

 中から現れたのは、全身埃まみれのイータツだった。


「さ、サリア姫! これ以上進んでは危のうございます!」


 彼は、上ずった声で叫ぶと、サリアの細い腕をガッチリと掴む。


「ちょっ! 何するのッ? 放して!」

「放すわけには参りませぬ! 何か巨大なものが、穴の外に居ります! 敵の奇襲やもしれませ――」

『ゴァアオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!』

「ぎゃふぅっ!」


 突如、凄まじい咆哮が部屋中に響き渡り、それと同時に、サリアの手を掴んでいたイータツの巨体が、まるで木の葉のように軽々と吹っ飛んだ。


「くっ! サリアッ! ……ついでにイータツ!」


 手を顔の前にかざしながら、ギャレマスは吹き飛んだ人影に向かって叫んだ。

 だが、彼の呼びかけに応える事無く、人影は派手な音を立てて扉近くの床に転がる。


「おのれ……赦さぬ!」


 部屋から吹き込む瓦礫交じりの轟風の中に身を晒したギャレマスは、憤怒の形相を浮かべて、穴の外で猛り狂う巨大なモノの眼が発する紅い光をハッシと睨みつけた。


「……この雷王ギャレマスの居室に闖入するとは、不埒な慮外者めが! 化け物だか人間族(ヒューマー)の手先だか知らぬが、余の大切な娘を傷つけた事、天の上で存分に後悔するが良いぞ!」

「あ……あの~、主上……た、大切な部下も居るんですが……」

「食らえィ!」


 背後から聞こえてきた控えめな声を敢然と無視し、ギャレマスは両手を思い切り打ち合わす。


「雷あれ――!」

「――王! 頭を冷やせ! 前に姫が居る――!」

「――ッ!」


 どこからか聞こえてきたアルトゥーの絶叫に、ギャレマスはハッと目を見開き、慌てて詠唱を中断した。

 ――アルトゥーの言葉の通り、てっきりイータツと共に吹き飛ばされたと思っていたサリアが、壁の大穴の前に飄然と立っている。

 娘の無事な様子に安堵したギャレマスだったが、その背後に光る紅い眼光に気付くと、顔色を変えて叫んだ。


「さ……サリア! そこは危険だ! 今すぐ離れよ!」


 だが、ギャレマスの必死の叫びを聞いたサリアは――彼に向かってニッコリと微笑みかけた。

 そして、くるりと後ろを振り返ると、大穴の向こうの大きな影に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。


「グルルルル……」

「いかんっ! サリア――ッ!」


 大きな影が上げた低い唸り声を耳にしたギャレマスは、血相を変えて絶叫する。

 彼は、躊躇なく呪力を込めた右腕を振り上げ――、


真空風波(バー・ルミュ)――ッ!」

「……うふふ、うふふふふ。くすぐったいよ~」

「――呪じゅ(ウー)……?」


 突然サリアが上げた、緊迫した状況にそぐわない笑い声に、ギャレマスは真空風波呪術(バー・ルミュ・ウーダ)を放つ寸前の体勢で固まった。

 そんな彼に向かって、サリアは満面の笑顔を向けて口を開く。


「お父様っ! この子の事、覚えていらっしゃいますか?」

「へ……? お、覚えて……?」


 サリアの奇妙な言葉に、目をパチクリさせるギャレマス。

 ようやく、辺りを舞い散っていた塵埃(じんあい)が収まり、視界が晴れてきた。

 それに伴い、大穴の向こうから首を伸ばし、サリアにじゃれついている闖入者の姿がハッキリと見えてくる――。


「あ――ッ! そ、その古龍種は……!」


 素っ頓狂な声を上げたのは、ファミィだった。

 彼女の言葉にピンときたギャレマスも、大穴の向こうに目を凝らし、


「あ……! あの時、空から降ってきた――!」


 まるで猫のように、サリアの身体に巨大な額を擦りつけている象牙色の鱗の古龍種が、ヴァンゲリンの丘でシュータと戦っている真っ最中に突然落ちてきた、あの古龍種だという事に気が付いた。

 ギャレマスの声に、サリアは嬉しそうに頷く。


「そうで~す! あの時の子です!」

「な……何で、あの時の古龍種がここに? ……っていうか、何でそんなにお前に懐いておるのだ?」


 目を細めた上に、喉すら鳴らしている古龍種の顔を、恐る恐るといった体で見ながら、ギャレマスはおずおずと訊いた。

 その問いに対して、サリアは微かに首を傾げながら答える。


「ええとですね……。ヴァンゲリンの丘から帰る途中で、具合が悪そうに倒れてるこの子を見つけて、手当してあげたら、サリアに懐いてくれたんです。今じゃ、さっきみたいに指笛を吹くと、どこからでも飛んできてくれるんですよ!」

「何……だと……?」


 サリアの答えに、唖然とした顔で互いの顔を見合わせるギャレマスたち。

 そんな彼らに向かって、サリアは自慢げに胸を張って言った。


「さっ! これで分かりましたよねっ!」

「わ……分かった? ――な、何がですか?」

「それはもちろん――」


 サリアは、訊き返したスウィッシュの言葉に、更に大きくふんぞり返りながら言葉を続ける。


「今のサリアが、雷系呪術だけの女じゃないって事! そして、この子が居れば、サリアも立派に作戦のお役に立てるって事です! ねっ、ポルンちゃん!」

「ぶふううん!」


 サリアの言葉に合わせて、彼女の傍らの古龍種もご機嫌そうに鼻を鳴らした。

 ……どうやら、“ポルン”というのが、この古龍種にサリアが与えた名前らしい。


「「「「ええ……と」」」」


 色々と斜め上な話を前に、もはやツッコむ余裕も無く、茫然とした表情で、ひとりと一匹の顔を見るだけのギャレマス一同。


「……」


 ――もとい、イータツだけは、瓦礫の中から両足だけ出した体勢のまま、目を回して気絶していた。

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