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陰密将と姫と論破

 「ま、まあ、そんな事はともかく――」


 ギャレマスはそう言って、収拾がつかなくなりそうなスウィッシュとファミィの言い争いを、強引に打ち切らせた。

 そして、拳を口元に当てて、わざとらしく咳払いをすると、傍らのサリアの方を見て、キッパリと言った。


「サリアよ。スウィッシュがついて来るかどうかと、お主の事は、全く別の話だ。やはり余は、真誓魔王国国王として、お主の同行を許すわけにはいかぬ。諦めよ」

「えぇ~ッ!」


 ギャレマスの言葉を聞いたサリアは、顔いっぱいに不満を浮かべて、ギャレマスに食ってかかる。


「そんな! イヤです! 絶対にサリアも一緒に参ります~ッ!」

「だから、それはならぬと言うておろうに!」

「サリアは、絶対にお父様たちの足を引っ張るような事はいたしません! きっとお役に立てますから、連れて行って下さい!」

「……というか、なぜ、そこまで頑強についていこうとしているのだ、姫よ」

「「「「「――ッ!」」」」」


 突然聞こえた声に、部屋に居た者たち全員が驚愕の表情を浮かべ、一斉に声のした方に振り向いた。


「な……何だ? みんなして……」


 それまで、部屋の隅で音も無く佇んでいたアルトゥーは、急に全員に振り返られた事に驚き、僅かに表情を引き攣らせながら、怪訝そうな声で訊ねる。


「まるで、己の事を幽霊か何かのような目で見て……」

「あ……いや、いつの間に居たのかと思って……」


 驚きで胸をバクバクさせながら、ギャレマスはおずおずと答える。

 主の問いかけに、アルトゥーは憮然とした表情を浮かべながら言った。


「いつの間にとは、どういう意味だ? ……己は、大分前からずっとここに立っていたのだが」

「あ……そ、そうなのか……。あまりにもお前の影が薄……いや、気配を消していたから、気付かなかった……」

「……別に己は、気配を消していたつもりは無かったのだが」

「……あ、すまぬ……いや、なにせ前回、お前の事については一文字も言及が無かったし……」

「それは、己の責任じゃない。書いている奴の()()()()だ」

「いや……多分、それはわざと……」

「ん?」

「アッイエ」

「……」


 アルトゥーは、気まずそうに口を噤んだギャレマスの顔をジロリと見ると、その傍らに立つサリアの方に目を向け、口を開く。


「――で、姫。何故お前は、そこまで執拗に食い下がるんだ?」

「そ、それは……」

「正直、己も王の指示に賛同はしかねる。今回の作戦は、少人数で行なう事が求められるとはいえ……」


 アルトゥーはそう言うと、ギャレマスやスウィッシュの顔を順番に見回した。


「指揮役の王と、対エルフ接触交渉役のハーフエルフと、調略実行役の己。あと、おまけの雑用役の氷牙将――。いくら何でも、今のメンツだけでは少なすぎるように思う」

「ちょっ! 誰が“おまけの雑用役”ですってッ?」


 と、抗議の声を上げるスウィッシュの事はあっさりと無視して、アルトゥーは言葉を継ぐ。


「エルフを解放した後、追いかけてくるであろう人間族(ヒューマー)たちを迎撃するのは王ひとりに任せるとして……、魔王国領へ誘導する間のエルフ族の護衛と誘導を、氷牙将とハーフエルフと己の三人だけで賄うのは、かなり厳しいと思う」

「じゃあ――!」

「……だが」


 アルトゥーの言葉に、表情を輝かせるサリアだったが、彼は手を挙げて、小さく首を横に振った。


「新たにメンツを増やすとしても、それは姫、貴女ではない」

「え――ッ?」


 アルトゥーの言葉に、サリアは不満たらたらといった声を上げる。


「何で! 何でサリアじゃダメなの、アル君ッ?」

「単純な話だ。姫では、戦力として心もとないからだ」

「――ッ!」


 歯に衣着せぬアルトゥーの物言いに、サリアは絶句した。

 そんな彼女の事を前髪に隠れた瞳でジッと見据えながら、アルトゥーはぼそぼそと言葉を継ぐ。


「――確かに、姫は魔王家の者でないと使えない雷系呪術を操れる」

「そ、そうだよ! 雷系呪術は、この世界でお父様とサリアにしか使えないんだから、サリアの力って貴重でしょう? だったら、今回の作戦にも役に――」

「だが、()()()()()

「……ッ!」


 必死で自分を売り込もうとした言葉をバッサリと切り捨てられ、サリアは思わず息を呑んだ。

 そんな彼女を前に、アルトゥーは淡々と言葉を紡ぐ。


「姫の雷系呪術は、正直、王のそれと比べてあまりにも未熟で、威力も比較にならないほど弱い。王の極龍雷撃呪術(デスト・ラディ)のような発展呪術式も持っていないしな。少数精鋭の作戦実行部隊(パーティ)のひとりにするには、実力が足りなすぎる」

「で、でも!」


 彼の言葉に、サリアは激しく反発する。


「こ、この前のヴァンゲリンの丘の戦いで、サリアはあの勇者シュータと戦って負けなかったんだよ! 父上があそこまで苦戦していた勇者シュータに!」

「……」


 サリアの言葉に、バツが悪そうに目を逸らすギャレマス。あの戦いは、実は“苦戦”などではない“舐めプされた上での完敗”だという事は、口が裂けても白状できない。

 だが、そんなサリアの主張も、アルトゥーはあっさり崩す。


()()()()()()という事は、()()()()()()という事だろう? ――実際、途中でヴァンゲリンの丘が噴火したから有耶無耶になっただけで、あのまま戦っても姫に勝ち目は無かったと聞いているが」

「そ……それは」

「いいか、姫よ。貴女は強かったのではない。単に運が良かっただけ――」

「お……おい! アルトゥー!」


 サリアの我儘を、ドの付くほどの正論で論破していくアルトゥーをさすがに見かねて、思わずギャレマスが声を荒げる。


「な……何もそこまで言う事は無いだろう? もう少し、含んだ言い方で……」

「このくらいハッキリ言ってやらなければ、姫はいつまで経っても引き下がらないぞ、王よ」

「そ、それはそうだが……」


 窘めるつもりが、容赦のないダメ出しが自分の方にも飛んできた事に、ギャレマスはたじろぐ。

 一方、戦慄く唇を噛みしめ、目をウルウルと潤ませたサリアの元に、スウィッシュとファミィが慌てて歩み寄る。


「た、確かに言い草はひどいですけど、あいつの言う事にも一理あります。サリア様、今回は陛下の御指示通り、大人しくここで待っていて下さい」

「そ、そうだ。その女の言う通りだ。私は、あの時の戦いを直に見ていたが、お前の力はまだまだ拙い。……どうして、シュータ様があそこまでお前の事を警戒したのかは分からないけど……」


 ファミィはふと呟くが、すぐに気を取り直し、サリアの肩に手を置いて言葉を継いだ。


「と、とにかく……。お前が私たちエルフ族の為に力を貸そうとしてくれるのは、本当に嬉しい。その気持ちだけで、私は充分――」

「――何ですかッ、ファミちゃんもスーちゃんもお父様もアルトゥーも!」


 ファミィの言葉を遮って、突然絶叫したサリア。

 彼女は、目尻に涙の粒を浮かべた目で皆を睨みつけると、更に声を張り上げた。


「サリアの今も知らないで、みんなして未熟だ拙いだって! 今のサリアの力は、前みたいな雷系呪術だけじゃあないんですぅ!」


 彼女はそう叫ぶや、親指と人差し指で口笛の形を作り、口元に持っていくと、思い切り息を吹いた――!

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