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魔王と姫と不満

 ――その後、()()()すったもんだはありつつも、何とか作戦会議はまとまり、 翌日から『エルフ族解放作戦』は具体的に動き出す事となった。

 作戦の要として現地で指揮を執るべく、自室でアヴァーシへ向かう旅の準備をしながら、自分が国を空けている間の留守を預かる者たちへの指示と引継ぎに忙殺されるギャレマスだったが――、


「お父様、お願いします! サリアも、一緒に連れて行って下さい!」

「だから……それはならぬと言うておろうが……」


 かれこれ一時間以上も、目を吊り上げて懇願するサリアを前に、辟易とした表情を浮かべていた。


 ギャレマスは、自分の娘であるサリアを、自分の留守居役に任じた。

 ――その事は、当然の差配だと言える。

 何故なら、数十年前に流行り病で正室を亡くしたギャレマスには、血を分けた実の子供はただひとり、サリア・ギャレマスしかいないからだ。

 正室の死後、重臣たちから再三にわたって後妻を娶る事を勧められたギャレマスだったが、亡き妻への愛は深く、頑として再婚をしようとはしなかった。

 その為、現王イラ・ギャレマスが崩御した際には、ただひとりの実娘であるサリアが王位を継がねば、魔王の直系の血統は絶えてしまう事になる……。


「……だから、今回の“エルフ族解放作戦”にお前を連れていく事は出来ぬのだ。余の身に万が一の事が起こった時に、お前が速やかに余の跡を継がねばならぬのだから。――そう、先ほどから説明しておるではないか」

「……でも、お父様は、今回の作戦でお亡くなりにはならないのでしょう? さっき、ご自身でそう仰ってました!」

「ま……まあ……。確かに、そう言ったが……」


 サリアの反論に、ギャレマスはしぶしぶと頷いた。

 それを見たサリアは、したり顔を浮かべる。


「じゃあ、別に問題無いじゃないですか、サリアも一緒に行っても! お父様が御健在なら、王位継承がどうとかいう話は関係無くなるんですから。――って事で、サリアも連れてって下さい、お父様っ!」

「い……いや、やっぱり、そういう訳には……」


 本音は、最愛の娘を少しでも危険から遠ざけたい一心のギャレマスは、何とかしてサリアを言い含めようと、懸命に彼女を留め置く為の理由を探す。


「だ……だが、余もお前も居なくなってしまったら、残されたこの国の留守は誰が護るのだ?」

「でも、『むしろサリア様が居ない方が……』って言ってました! ……イータツが」

「ぶふぁっ?」


 唐突に話を向けられた事に吃驚して、国務の引継ぎの為に王の傍に控えていたイータツが、しゃっくりのような声を上げて仰け反った。

 露骨に顔を顰めたギャレマスが、体中に巻きつけられた包帯よりも真っ白になったイータツの顔をジロリと睨みつける。


「イータツ……お主、余計な事を……」

「あ……い、いえ、ワシが申し上げたのは、“非運姫”……もとい、“飛雲姫”がいらっしゃると、却って色々と洒落にならないトラブルが増えるから、いらっしゃらない方が……とか、そういうアレでは決してなく、その……わ、我々家臣たちが精一杯留守を守りますので、ご不在の間もどうぞご安心下さい的なソレでして……」

「……」


 しどろもどろになりながら、必死で弁解するイータツの顔をジト目で見ながら、ギャレマスは大きな溜息を吐いた。

 と、


「サリア様……。あまり我儘をおっしゃって、陛下を困らせてはいけませんよ」


 そう、サリアに窘める様に言ったのは、いそいそと旅立ちの準備に勤しんでいたスウィッシュだった。

 彼女は、いそいそとカバンに薬瓶や衣類やらを押し込みながら、落ち着いた声で言う。


「陛下の御指示は、真誓魔王国国王として下された勅令です。その御命は、王女であるサリア様であっても、従わねばならぬものなので――」

「何よ、スーちゃん! そんな事言って……サリアは知ってるんだからねっ!」


 スウィッシュに諭されたサリアは、頬を破裂せんばかりに大きく膨らませると、彼女に向かってビシッと指を突きつけた。


「スーちゃんが、昨日の作戦会議で、お父様に留守番を命じられたのにゴネまくって、無理矢理アヴァーシ行きのメンバーに入れてもらったって事を!」

「う――ッ! なぜ、その事を……?」


 サリアの告発に動揺したスウィッシュは、ハッとした表情を浮かべると――イータツの顔を見た。


「い! いや、それは違うぞ、スウィッシュ! わ、ワシではない! そ……そんな目で睨むな!」


 スウィッシュに剣呑な光を宿した紫瞳で睨みつけられたイータツは、身体を震わせながら必死で首を横に振る。


「……」

「い、いや、余でもないぞ!」


 イータツの次に目線を向けられたギャレマスも、慌てて否定の声を上げる。

 スウィッシュは、更に視線を巡らすが――、


「――私だ」

「ッ!」


 凛とした声が上がり、スウィッシュは血相を変えて、声が聞こえてきた部屋の扉の方を見た。


「え……エッルフ……アンタが昨日の事を!」

「そうだ。そこにいる魔王の娘にしつこく聞かれたからな」


 純白のローブ姿のファミィは、顎でサリアの事を指し示すと、呆れ顔で肩を竦めた。


「まったく……昨日の自分の悪足搔きっぷりを棚に上げて、姫に対して偉そうに説教しようなどとはな……。狭小な」

「だ、誰の()()が小っちゃいってぇ!」

「心だ心。誰も、その矮小な胸の事だとは言っていないだろうが」

「言ってんだろーがぁ!」

「す、スーちゃん、落ち着いてっ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るスウィッシュを、サリアが必死で宥める。

 と、


「と、というか……、そもそも何故、お主はあそこまで食い下がったのだ?」


 怪訝な表情を浮かべたイータツが、スウィッシュに尋ねた。


「そ……それは……」


 イータツの問いに、何故かスウィッシュは言い淀んだ。

 彼女は俯くと、モジモジしながら小さい声で答える。


「それは……へ、陛下のて、()()をお護りするのが、側近たるあたしの務めですから……」

「そうか……。お主は、余の貞操を案じて……」


 スウィッシュの答えに、一度は頷きかけたギャレマスだったが、彼女の言葉に妙な違和感を覚えて、途中で首の動きを止めた。


「……ちょっと待て。て……“貞操”?」

「……はい」

「よ……余のて、貞操?」

「他に誰がいます?」

「あ、いや……」


 頬を赤らめながらおずおずと頷いたスウィッシュを前に、戸惑いを隠せぬまま、魔王は目をパチクリとさせた。


「と……というか、何から……余のて、貞操を護ると……?」

「それは、もちろん――」


 ギャレマスの問いかけを受けて、スウィッシュはキッと顔を上げると、


「――そこに居る不埒で不修多羅(ふしだら)で破廉恥なエッルフからです!」


 扉の前で佇むファミィに向けて指を突きつけた。


「そこのハーフエッルフは、旅の途中で絶対に陛下の褥に押し入ってえっちな事をしようと考えるに違いありません! そ、そして、押しにめっぽう弱い陛下は、エッルフの誘いとおっぱいに流されるまま――」

「ちょ! ちょっと待てッ!」


 スウィッシュの言葉に、目を飛び出さんばかりに見開いたファミィ。

 彼女は、憤怒で顔を真っ赤に染めて、声を荒げて言い返す。


「ここここの色ボケマセガキが、なななな何を血迷った事を言っているのだ! わ、わわ私が、こんな冴えないド中年無神経ド変態加齢臭マシマシ大魔王などに懸想するハズなど無かろう! お、お前と一緒にするな!」

「あ、ああああああたしは、陛下に対して、そんなふふふしだらな気持ちなんて抱いてません~ッ!」

「だ、だったら、大人しく魔王国(ここ)で留守番していればいいだろうが!」

「あなたこそ、エルフ族の解放はあたしたちに任せて、ここで大人しく捕まってなさいよ!」

「バカかお前は! 私がいなかったら、どうやってエルフ族と接触を持つ気なんだ! お前がいなくても全く問題は無いが、私がいなければ、作戦が成り立たないんだぞ!」


 激しく言い争うスウィッシュとファミィの剣幕を前にして、ギャレマスは思わず頭を抱える。


「まったく……このふたりは、すぐにこう……ん?」


 ギャレマスは、服の袖を誰かに引っ張られた事に気が付き、顔を上げた。

 彼の袖を引いたのは、娘のサリアだった。


「……どうした、サリアよ?」

「うふふ……お父様――」


 問いかけるギャレマスに向かって、満面のニヤニヤ笑いを浮かべたサリアは、弾んだ声で言った。


「モテる男はつらいよ――ですねっ!」

「――はぁ~……」


 サリアの笑顔にしたギャレマスは、目をパチクリと瞬かせると再び頭を抱え、深い深い溜息を吐くのだった……。

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