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魔王と交渉と条件

 「え~……ゴフッ、ゴホン……ッ!」


 スウィッシュの腕とソファに挟まれた首元をこわごわ擦りながら、ギャレマスは喉の調子を調えようと空咳をする。


「へ……陛下、誠に申し訳ございません……」


 そんな彼に水を満たしたコップを差し出しながら、スウィッシュはおずおずと言った。


「あたし……つい、頭に血が上っちゃって……。陛下に向かって、なんて事を……」

「まったくだ」


 平身低頭で謝るスウィッシュに冷ややかな視線を送るのは、呆れ顔のアルトゥーだった。


「氷牙将よ……。お前は昔から変わらんな。その、激昂すると周りが見えなくなる性格。四天王――そして、王の側近として今後も務めていきたいというのなら、その猪のような性質(たち)はどうにかして改めるべきだと思うがな」

「うぅ……それは分かってる。だけど……」


 ド正論なアルトゥーの言葉に、スウィッシュは言い返せるはずも無く、ショボンとした表情を浮かべて項垂れた。

 そんな彼女の様子を見たギャレマスが、彼女をフォローしようと、慌てて口を開く。


「ま、まあ、そう言うな。確かに、少し直情的に過ぎるところもあるが、スウィッシュは優秀な臣だ。余は随分と助けられておる。臥せっておる間も遅滞なく政務が回っておるのは、スウィッシュのおかげだ」

「へ……陛下……!」


 ギャレマスの言葉に、ハッと顔を上げるスウィッシュ。

 彼女は、その涙で潤む紫瞳で、じっとギャレマスの顔を見つめる。


「そんな……勿体ないお言葉を賜り、このスウィッシュ――」

「まあ、その『王が臥せった原因』も、元を辿れば氷牙将(おまえ)に行きつくのだがな」

「う……ッ!」


 ギャレマスの言葉に有頂天になりかけたスウィッシュだったが、アルトゥーの辛辣な一言に、再びガクリと肩を落とした。


「うぅ……ごめんなさい……」

「ちょっと、アルくん!」


 しょげ返るスウィッシュの様子を見かねたサリアが、アルトゥーに注意の声を上げる。


「ダメだよ! いくら幼馴染だって言っても、女の子にはもう少し優しくしてあげないと!」

「幼馴染だろうが女だろうが関係無い。(おれ)は、単なる事実を言っているだけだ」

「だからって――!」

「もう良い。ふたりとも、それくらいにせよ」


 言い争いをし始めるふたりを辟易顔で窘めるギャレマス。

 ――と、


「……もういい」


 先ほどから、青白い顔をして黙り込んでいたファミィが、突然立ち上がった。

 そして、蒼いドレスのスカートの裾を翻して踵を返すと、真っ直ぐドアの方へと歩き出す。


「あ! ちょ、ちょっと! どうしたの、ファミちゃん!」

「……変な事を頼んで悪かった。もう、貴様らには頼らん。私ひとりでエルフ族を救いに行く」


 慌てて引き留めるサリアの声に、振り返りもせずに答えるファミィ。


「エルフ族を救いに行く……か。では、どうするつもりなのだ」


 その背中に向けて、ギャレマスが静かに声をかける。

 ギャレマスの問いかけを聞いたファミィは、その場で立ち止まると、考え込むように俯いた。

 そして、躊躇いを隠せない声色で答える。


「それは……エルフ族が集められた収容所に乗り込んで、場合によっては力づくで……」

「力づくで、か。……お主ひとりで?」

「そ、それは……」

「お前の仲間に協力を頼むか? ……だが、いかに()仲間の頼みとはいえ、人間族(ヒューマー)の権力者の意向に逆らうような企てに、あやつらは力を貸してくれるかな?」

「う……」


 ギャレマスの言葉に、ファミィは言い淀んだ。

 そんな彼女に、ギャレマスは更に言葉を重ねる。


「もし、お主ひとりの力で、見事エルフ族を救出できたとしよう。――では、()()()()()()()()()()()()()()?」

「――ッ」

「当然ながら、人間族(ヒューマー)に逆らったエルフ族が、元の住まいに帰る事は出来ぬ。帰ったところで、人間族(ヒューマー)からの差別と迫害を受けるだけだ」

「……」

「ならば、その場に留まってエルフ族だけの国を作り、人間族(ヒューマー)と敵対する道を選ぶか? ……いや、それも難しかろうな」


 ギャレマスは首を小さく横に振り、顎髭を撫でながら言葉を継ぐ。


「今のエルフ族の人口は、多く見積もっても万には届くまい。老人と子供を除けば、戦える者の数は更に少なくなる。いかに精霊術に長けたエルフ族とはいえ、それしきの戦力では、数に勝る人間族(ヒューマー)の攻勢を凌ぎ続ける事など出来ぬのは明らか――」

「じゃ、じゃあ!」


 訥々と述べるギャレマスの言葉を金切り声で遮り、ファミィは振り返った。

 その整った顔立ちは、焦慮と不安で歪み、彼女の蒼瞳は涙で潤んでいた。

 彼女は、唇を戦慄(わなな)かせながら、激しい口調で叫ぶ。


「じゃあ、どうすればいいっていうのよ! 私のせいで同胞たちが苦しむのを、離れた所で指を咥えて見てろとでも言うのッ?」

「ファミちゃん……」

「私にも分かってるわ! 収容所を襲ってエルフたちを解放したとしても、その先に手詰まりになるだろうって事は! ……でも、だからと言って、何もしない訳には……いかないじゃないか!」

「――陛下……」


 スウィッシュが、何か言いたげな様子で、ギャレマスの顔を見た。


「……」


 だが、ギャレマスは、しきりに顎髭を撫でながら、鋭い目をファミィに向けて沈黙している。

 ファミィは、キュッと唇を噛むと、ギャレマスに向かって深々と頭を下げた。


「……じゃあな。今まで世話になった」

「ちょ……ちょっと待ちなさい! 自棄にならないで、もう少し良く考えてみ――」

「――スウィッシュよ」

「!」


 慌ててファミィを引き留めようとするスウィッシュだったが、不意にギャレマスに名を呼ばれて、戸惑いの表情を浮かべる。

 そんな彼女には構わず、魔王は淡々とした口調で言葉を続けた。


「ところで、ヴァンゲリンの丘の噴火は、今どんな状況なのだ?」

「え……?」


 ギャレマスの口から出た、これまでの話の流れとは全く違うヴァンゲリンの丘に関する問いかけを耳にして、スウィッシュは当惑する。


「え……と。へ、陛下、畏れながら……。それは、今出すべきじゃない話のような気が――」

「余の問いに答えよ、氷牙将スウィッシュよ」

「――ッ!」


 自分の言葉を遮ったギャレマスの声に、抗いがたい威圧(プレッシャー)を感じたスウィッシュは、表情を強張らせた。


「は、はいっ、失礼いたしました……」


 そして、背筋を伸ばすと、主の問いに答える。


「ええと……、ヴァンゲリンの丘の噴火は、未だに収束してはおりません。大分落ち着きつつありますが、時折小規模な噴火を繰り返し、周囲への立ち入りはまだ出来ない状況です」

「ふむ……」


 スウィッシュの答えを聞いたギャレマスは小さく頷くと、顎髭を撫でつけながら、更に問いを重ねた。


「では……周辺地域の地鳴りや地震も、まだ?」

「は、はい……。依然として続いております。念の為、住民を避難させ、各地の魔呪祭院から集めた司祭らに地鎮の儀を執り行わせておりますが、未だに予断を許さぬ状況です」

「……地鎮の儀を行なう司祭の数は、足りておるのか?」

「いえ……正直、地鎮を必要とする地域の数が多すぎて、手が足りていないのが現状です」

「そうか……」


 スウィッシュの報告に、ギャレマスは軽く頷くと、考え込むように目を細める。

 そして、「善し……」と呟くと、ゆっくりと目を開け、スウィッシュに向けて口を開いた。


「ならば……もっと多くの人手を連れてくれば良いな。()()()()()()()()()()()()()

「つ、連れてくると申しましても、既に国内の司祭の殆どを派遣済みです。今以上の数を、どう……」

「居るではないか。()()()()()()()()()()()()()()()、な」

「あ……っ!」


 ようやくギャレマスの意図に気付いたスウィッシュは、思わず目を丸くした。


「お父様……!」


 サリアの顔も、パッと輝く。


「……なるほどな」


 無表情なアルトゥーの口元が、僅かに緩んだ。


「……え?」


 ひとり、話の流れについていけてないファミィは、キョトンとした表情を浮かべて、目をパチクリさせていた。

 そんな彼女に目を向けて、ギャレマスは静かに声をかける。


「――ファミィよ」

「――な、何だッ?」


 急に名を呼ばれてビックリした顔になったファミィは、慌ててギャレマスの顔を睨みつけた。

 そんな彼女の反応に苦笑いを浮かべながら、ギャレマスは彼女に向かって言う。


「先ほどお主が持ちかけてきた、エルフ救出の話……乗る事にしよう」

「えっ……?」


 突然のギャレマスの申し出に、ファミィは一瞬言葉を失った。


「そ……それって……」

「――もちろん、タダでとは言わぬ。条件を付けさせてもらおう。……あ、お主の身体を云々という話では無いぞ」


 そう言って、ギャレマスは慌てて手を振ると、ごほんと咳払いをし、改めて言葉を継ぐ。


「条件とは――『救出後、エルフ族は我が真誓魔王国の国民となる事』。そして、『地の精霊術を以て、ヴァンゲリンの丘とその周辺地域で執り行われている地鎮の儀に協力する事』だ」


 ギャレマスはそう告げると、驚愕と当惑と歓喜がない交ぜになった表情を浮かべているファミィに向けてニヤリと笑みかけ、力強い声で言ってみせた。


「――この条件を呑むのであれば、交渉成立だ。この真誓魔王国国王イラ・ギャレマスの名にかけて、必ずやエルフ族を人間族(ヒューマー)の手から救い出して進ぜようぞ!」

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