魔王とエルフと懇願
「イワサミド鉱山の……再稼働?」
僅かな焦慮の響きを含んだギャレマスの言葉を聞いたサリアが、目をパチクリさせながら首を傾げた。
「でも……。さっき、鉱床を掘り尽くされて廃鉱になったって……」
「うむ……」
サリアの問いかけに頷いたギャレマスだったが、しきりに顎髭を撫でつつ、眉間に皺を寄せながら「――だがな」と言葉を継いだ。
「その、『鉱床を掘り尽くされた』というのは、あくまで『人間族の持つ技術力では』という但し書きが付くのだ」
「え――?」
「つまり……」
ギャレマスの言葉の意味が良く分からず、キョトンとした表情を浮かべたサリアに対し、スウィッシュが口を開く。
「エルフ族が独自に有する力を活用すれば、それまで人間族の力のみでは採掘できなかった新たな鉱床や、それまで捨てられていた屑石から、純度の高いミスチール鉱石の採掘や精錬ができるようになるだろう――という事です」
「え……“エルフ族が独自に有する力”って――?」
「……それは、“精霊術”だ」
「ファミちゃん……」
サリアの疑問に答えたハーフエルフは、青ざめた唇を動かし、僅かに震える声で言葉を継いだ。
「精霊術は、様々なものに宿る精霊と契約を交わし、霊句の詠唱を以て彼らに働きかける事で、常理を越える力を操る事が出来る能力。その術の特性上、魔術や呪術より地属性との親和性が高い……」
「それじゃ、つまり――」
「そう……」
ハッとした顔をするサリアに頷きかけ、ファミィは言葉を続ける。
「その女が言ったように、エルフ族の地属性精霊術を利用すれば、それまで人間族では到達できなかった深度まで掘り進む事が可能となる。そこで新たな鉱床を発見出来れば、人間族は大量のミスチール鉱石を手に入れる事が出来るという訳だ」
「それだけじゃなくて、高位の火属性精霊術を用いれば、より高温で精錬できますからね。これまでよりも、ずっと純度の高いミスチール鋼の生産が可能です」
そう言うと、スウィッシュは顔を顰めた。
「人間族の統治者が、今回の騒動に便乗する形で、各地に散らばっているエルフ族をアヴァーシに集めようとしている真の狙いは、十中八九それでしょう。高純度ミスチール鋼の量産に、精霊術に長けたエルフ族の力を利用しようと――」
「……恐らく、強制的に、な」
スウィッシュの言葉に、ギャレマスが昏い声で付け加えた。
「人間族は、表面上は“保護”を謳いながら、その実は“警備兵”という名の“監視兵”を置いて、エルフ族が逃げ出せぬようにした上で、彼らを鉱山の苛烈な環境でこき使おうと考えておるのであろうな」
「……」
ギャレマスの呟きを聞いた一同は、これからエルフ族が辿るであろう暗鬱たる行く末を想像して、暗い顔で黙り込む。
――と、その時、
「ま……魔王! ……いや、真誓魔王国国王イラ・ギャレマス……殿!」
突然、ソファに腰かけ直し、背を伸ばして姿勢を正したファミィは、切実な響きの籠もった声でギャレマスの名を呼んだ。
「……何だ?」
ギャレマスは、ファミィの剣幕に少しだけ気圧されつつも、魔王としての威厳を保ちながら、彼女の真剣な眼差しに目線を合わせる。
「あ……そ、その……」
魔王の金色の瞳に見据えられたファミィは、一瞬だけ躊躇を見せたが――やがて、意を決したように口を開く。
「――“伝説の四勇士”として、今までさんざん敵対してきたクセにと面罵されるかもしれないが……。それでも、エルフ族のひとりとして、曲げて貴さ――あなたにお頼みしたい!」
「……何だ? 言ってみるが良い」
「頼む――!」
ギャレマスに促されたファミィは、テーブルに頭を打ちつける勢いで、深々と頭を下げて言った。
「魔王ギャレマス殿よ! あなた達魔族の力を、人間族の手にある我が同胞を救出する為に貸してくれないだろうか?」
「な――!」
ファミィの嘆願に、驚愕の声を上げたのはスウィッシュだった。
彼女は、眉を吊り上げ、激しく首を横に振りながら声を荒げる。
「そ……そんな事、了承できるはずないでしょう? 今、自分でも言っていたじゃない! 何であたしたちが、さんざん煮え湯を飲まされてきた、“伝説の四勇士”のあなたの頼みを聞いてあげなきゃいけないのよ!」
興奮した様子で一気に捲し立てたスウィッシュだったが、つと目を逸らすと、
「……そ、そりゃ、エルフ族の人たちの今後の境遇には同情するし、どうにかしてあげたいと思わないでも無いけど……」
と、小さい声で呟く。
その時、
「……氷牙将の言う通りだ」
抑揚の無い声で、スウィッシュの意見に賛同の意を示したのはアルトゥーだった。
彼は、前髪に隠れた目でファミィの顔を一瞥すると、小さな声で言った。
「己たちがお前の頼みを聞く義理は無いし、自国の民でもないエルフ族を救出する為に、わざわざ骨を折らなければならない理由も無い」
「そ……それは……」
アルトゥーの鋭い指摘に、たじたじとなるファミィ。
そんな彼女の狼狽する様子を見て、アルトゥーは小さく息を吐きながら言葉を継ぐ。
「――もっとも、我ら魔族に何らかのメリットがあるというのならば、話は別だがな」
「め……メリット……」
アルトゥーの言葉を口中で反芻するように呟いたファミィは、ハッと目を見開くと、たちまちその頬を真っ赤に染めながら、テーブル越しにギャレマスへと詰め寄った。
「ま……魔王ギャレマスよっ!」
「な、何だ突然ッ?」
唐突に距離を詰められたギャレマスは、慌ててソファの背もたれに背中を押し付けるようにして、近付いたファミィの顔から距離を取りつつ、目線を逸らした。
身を乗り出したファミィのドレスの大きく開いた胸元から、たわわな二つの盛り上がりと、その狭間の深い谷間が目に飛び込んできたからだ。
「と、取り敢えず落ち着くが良いぞ! 一先ず、席について――」
「き、貴様にも、メリットならあるぞ!」
ギャレマスの言葉も耳に入らぬ様子のファミィは、顔を真っ赤にしながら、自分の事を指さしながら言った。
「も……もし、貴様……あなたが手を貸してくれるというのなら、わ……私の身体を好きなようにして構わない! もう、アーンな事や、そんな事も……ドンと来いだ!」
「は……はいぃっ?」
ファミィの突拍子もない申し出に、思わず素っ頓狂な声を上げるギャレマス。
その声を聞いたファミィは、真っ赤になった顔を綻ばせた。
「お! 今、『はい』って言ったな! よし、決まりだな!」
「あ、ちょ、ちょっと待て! い、今のは、そういう意味の『はい』じゃなくって……!」
「と……とは言っても、私はその……ま、まだ清らかな身体なので、そういう事に対する経験は無いんだ。――でも、頑張るから! 貴様が、どんなに激しく変態的なプレイを求めてきても、私は精一杯頑張るからッ!」
「いや、な、何トチ狂った事を言い出してんのよ、このド発情エッルフ!」
勝手に盛り上がるファミィを怒鳴りつけたのは、スウィッシュだった。
彼女は、顔を真っ赤にしながら、ギャレマスとファミィの間に強引に身体を割り込ませると、血走った目でハーフエルフの顔を睨みつける。
「っていうか、『頑張る』って、一体何を頑張るって言うのよ、アァンッ?」
「そ、そりゃあ……“何を”というか、“ナニを”だけど……」
「誰が上手い事言えと……ッ!」
「ちょ、ちょっと待って、スーちゃん!」
ファミィの言い草に、ビキビキとこめかみに青筋を立てるスウィッシュに、サリアが慌てて制止する。
「す、スーちゃん、ちょっと落ち着いて!」
「サリア様ッ! これが落ち着いてなどいられますか! こ、このエッルフは、あろう事か、陛下に対して色仕掛けを――」
「こ、このままじゃ、お父様が窒息して死んじゃうから――!」
「……え?」
サリアの言葉に、ようやく我に返ったスウィッシュは、ふと左腕に違和感を覚えて、何気なく振り返った。
「ぐ……ぐぇえ……」
「あ――」
振り返ったスウィッシュの目に飛び込んできたのは、割り込んできた彼女が身体を支える為に伸ばした二の腕とソファの背もたれの間に首を挟まれた為、呼吸ができずに白目を剥いてオチかけている、ギャレマスの青ざめた顔だった……。




