エルフと移送と意図
「エルフ族……排斥運動……?」
「ああ……」
聞き慣れぬ物騒な単語を聞いて目を丸くしたサリアに、アルトゥーは小さく頷いた。
「ハーフエルフのファミィが魔族と通じていたという“事実”により、元々蟠っていたエルフ族全体に対する人間族の懐疑心や怨嗟の声が、目に見える形で一斉に噴き出した。最初は、街を歩くエルフへ罵声を浴びせる程度だったのが、今や、大規模なエルフ追放デモへと発展しつつある」
「徐々に、人間族の民によるエルフへの迫害行為がエスカレートしているという事か……」
「そういう事だ」
表情を曇らせるギャレマスの言葉に、アルトゥーは首肯する。
「まあ……結局は、人間族共の“畏れ”の表れなんだろう。奴らは、かつて自分たちの高位種であったエルフ族に対して、抗いがたい劣等感と引け目を感じているのだ。……疫病の蔓延によってエルフ族が一気に衰退し、自分たちが頭数で圧倒するようになった現在になっても、な」
「……そ、それで――!」
アルトゥーの皮肉交じりの言葉に、弾かれたように顔を上げたのは、ファミィだった。
彼女は、焦燥で血の気を失った表情で、テーブルから身を乗り出すようにして、アルトゥーに問い質す。
「それで……エルフ族のみんなは、大丈夫なのか! 人間族たちに酷い事をされてはいないのかッ?」
「……肉体的な被害に関しては、まだ出てはいないようだ」
ファミィの問いに、アルトゥーは首を横に振った。
「民たちが騒ぎ始めてからすぐ、各都市のエルフ族の集落に人間族の軍が出動した。万が一、住民たちが暴徒化し、押し寄せてきても防げるようにな。――実際、それが抑止力になっているようで、今のところエルフと人間族との間で、目立った衝突は起こっていない」
「そ、そうか……。だったら……」
「……まあ、その人間族の軍は、エルフ族を護ると同時に、彼らを監視する役目も担っているのでしょうね。……場合によっては、エルフ族の方を武力で大人しくさせる事も出来るように」
「……!」
アルトゥーの言葉で、一旦は安堵の表情を浮かべたファミィだったが、スウィッシュの呟きを耳にして、再び顔を強張らせる。
「……ま、まあ、エルフ族は精霊術を扱える者が多く、戦闘力も高い。いかに人間族の方が多いといえど、迂闊に手は出せまい。――たとえ、統制の取れた軍であってもな」
不安で歪むファミィの顔を見たギャレマスは、慌てて言葉を付け加えた。
「そ……そうだな。うん……そうに違いない……」
ギャレマスの言葉を聞いて、僅かに表情を和らげるファミィだったが、依然として、その顔は紙のように白い。
そんな彼女の様子をチラリと見て、眉根に皺を寄せたギャレマスは、アルトゥーに尋ねる。
「で……、今はどういう状況なのだ?」
「……己が内偵を切り上げ、人間族領を出たのが三日前。その前日に、人間族の統治者から各都市に向けて、エルフ族の管理に関する新たな命令が布告された」
「エルフ族の、か……管理……?」
「命令……?」
アルトゥーの紡いだ言葉に、そこはかとなく不吉な響きを感じたサリアとスウィッシュが、不安げに顔を見合わせる。
「アルトゥーよ。……その、“新たな命令”とは、一体どのようなものだったのだ?」
彼女たちと同じように、嫌な予感で胸をざわつかせながら、ギャレマスは、不気味に沈黙する陰密将に問うた。
アルトゥーは、無言のままで小さく頷くと、主の問いに答える。
「“新たな命令”とは――『領内に居住する全てのエルフ族を、アヴァーシ郊外に建造した収容所に移送するべし』……というものだった」
「「――ッ!」」
アルトゥーの答えを聞いたギャレマスとスウィッシュは、思わず言葉を失った。
そして――、
バアァンッ!
テーブルに掌を思い切り叩きつけたけたたましい音が耳を劈き、全員の注目が一人に集まる。
「なっ……何だと……ッ? アヴァーシ? な……何で、よりによって、あんな僻地に――!」
ソファから腰を浮かし、わなわなと身体を震わせながら、ファミィは目を飛び出さんばかりに大きく見開き、うわ言の様に言葉を繰り返していた。
「ね……ねえ……スーちゃん?」
ひとり、状況が理解できていないサリアが、不安げな表情を浮かべて、傍らに立つスウィッシュに声をかける。
「ファミちゃんの様子を見ると、あんまりいい話じゃないみたいだけど……要するに、どういう事なの……? っていうか、そもそも、アヴァーシってどこなの?」
「……アヴァーシとは、人間族領の北東部――我らの真誓魔王国との国境近くにある地方都市の名です。まあ……地方都市というよりは、大きな元鉱山町といった方がいいかもしれませんが」
「鉱山町……?」
「……アヴァーシの近郊には、貴重なミスチール鉱石を産出するイワサミド鉱山がある。――いや、あった」
スウィッシュの答えを聞いて、なおも首を傾げるサリアに、ギャレマスが言った。
彼の言葉に引っかかりを感じたサリアは、怪訝な表情を浮かべながら問いを重ねる。
「……『あった』? それじゃ――」
「ああ、イワサミド鉱山は、既に鉱床を掘り尽くされて、とうの昔に廃鉱となったと聞いておる。今では、麓に湧く温泉が少し有名な程度の、寂れた宿場町だったはずだ」
「廃鉱? 温泉……」
ギャレマスの言葉を聞いたサリアは、しばしキョトンとした顔をしていたが、ぱぁっと表情を輝かせると、ポンと手を叩いた。
「分かりました! 人間族の皆さんは、エルフ族の皆さんが安全に暮らせるように、新しく住む所を作ってくれたんですね! ついでに、温泉に浸かって、健康になってもらおうとして――」
「……そうだな。そうであればいいのだが、な」
「え……?」
「――人間族の統治者は、姫のように優しくはないだろうという事だ」
言葉を濁したギャレマスにキョトンとした目を向けたサリアに、アルトゥーは沈んだ声で言った。
サリアは不安げな顔になりながら、ぎこちなく首を傾げる。
「えと……そ、それって、どういう意味なの、アルくん?」
「ひ……姫、前から言っているが、己の事を“アルくん”と呼ぶのは止めてくれ……」
サリアに向けて、辟易した顔で頼み込むアルトゥー。
――と、
「……つまり」
「――! ファミちゃん……」
サリアの問いかけに口を開いたのは、顔を青ざめさせたファミィだった。
彼女は、そのぷっくりとした唇を噛みながら、低い声で言葉を継ぐ。
「つまり……人間族の国王が、エルフをアヴァーシに集めたのには、他に狙いがあるのだろうという事だ。――エルフ族を、人間族の迫害から保護しようという、至極人道的な理由を隠れ蓑にした、真の狙いが……」
「恐らく……な」
ファミィの言葉に渋い表情を浮かべながら、ギャレマスは深く頷いた。
「例えば……『集めたエルフの労働力と精霊術を活用して、廃鉱になったイワサミド鉱山を再稼働させ、ミスチール鉱石の再量産を狙っている』――とか、な」




