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エルフと問題と更なる問題

 「な――?」


 アルトゥーの言葉に、ファミィはその蒼眼を飛び出さんばかりに見開き、絶句した。

 そして、首を激しく左右に振り、唇を戦慄かせながら声を荒げる。


「そ……そんな事、ある訳がないだろう! こ、この私――“伝説の四勇士”ファミィ・ネアルウェーン・カレナリエールが、悪辣強欲破廉恥無神経大魔王ギャレマスと結託する事など、地が割れ、天が裂けようとも……有り得ん!」

「……何だか、余の肩書が、やたらと長く酷くなっている様な気がするのだが――」


 興奮した様子でファミィが捲し立てた声に、顔を引き攣らせるギャレマス。

 だが、彼はすぐに気を取り直すと、アルトゥーに向けて問いかけた。


「……そのような噂が、人間族(ヒューマー)の間ではまことしやかに囁かれておると言うのか、アルトゥー?」

「ああ、そうだ」


 魔王の問いに、即座に頷くアルトゥー。

 その答えに、ギャレマスは訝しげに首を傾げる。


「それにしても、随分と突拍子もない陰謀論だな。そのような根も葉もない噂、一体誰が吹聴しておるのだ?」

(おれ)が調べた限りでは、どうやら噂の出元は、ヴァンゲリン砦の守備をしていた人間族(ヒューマー)兵どもらしい」


 アルトゥーは、抑揚の無い声で答えた。


「そいつらは、『魔王と自分たちが命がけで戦っている最中(さなか)に、突然ファミィが勇者と人間族(じぶんたち)を裏切り、魔王と共に地の精霊を操って噴火を起こした』という話を、方々の居酒屋や娼館で吹聴して回っているらしい。『もう少しで魔王を討ち取れるというタイミングで裏切られて、自分たちは手柄を逃した』と悔しがるところまでがセットでな」

「はぁ?」


 アルトゥーの言葉に、ギャレマスは思わず呆れ声を上げる。


人間族(ヒューマー)兵が『もう少しで魔王を討ち取れる』と言っていただと? 妙だな。余は雑兵ども相手に苦戦した覚えなど全く無いぞ。……ま、まあ、『勇者シュータが』という事なら、話は別だが……」


 最後の言葉だけは、周りに聞こえぬ程に声を抑えた。

 と、


「そ……そんなデタラメな話、嘘っぱちに決まってるじゃないか!」


 興奮のあまり、ソファから立ち上がって叫んだのはファミィだった。


「だ、第一、私が使役できるのは風の精霊だけだ! 風の精霊に、山の噴火を促す力は無い! あれほどまでの噴火を操る事は、最高位の地の精霊と火の精霊を同時に使役出来るような者でもないと不可能だ!」

「そうよね……」


 ファミィの声に、スウィッシュも深く頷いた。


「そもそも、精霊術でも魔術でも呪術でも、複数の属性を操れる者自体が稀ですからね。更に、あれ程の規模の災害を(もたら)すレベルともなると……過去の歴史を遡っても皆無に近いんじゃないでしょうか?」

「……確かに、余は“雷”と“風”の複数属性持ちだが、さすがに“噴火”は専門外だ」


 そう言うと、ギャレマスは大きな溜息を吐いた。


「まったく……少し考えれば、いかに荒唐無稽な話だか分かりそうなものだが。……さすがに、人間族(ヒューマー)兵がそんな話をしても、他の民が信じるという事は無いのであろう?」

「……だったら、己は『問題だ』とは言わん」

「え……?」


 無表情のまま首を横に振ったアルトゥーの答えを聞いたスウィッシュは、その表情を曇らせた。


「じゃあ……もしかして……」

「……ああ」


 スウィッシュの言葉に、アルトゥーは、相変わらずの無表情で静かに頷いた。


人間族(ヒューマー)どもは真誓魔王国(こちら)とは違って、平民の知識レベルは高くない。文字を読むのが精一杯という者が沢山いる。学問を修める機会のある貴族や聖職者や宮廷学士ならいざ知らず、ただの一般庶民の間では、複数属性の事どころか、精霊術と魔術の違いもロクに解らぬ者が大多数だ」

「ああ、だから……」

「……まあ、今回の件に限っては、教養ある連中の者どもも……というか、高教養の者どもの方が、兵士共の戯言を頭から信じ込んでしまって、過剰に騒いでいるのだがな」

「……え?」


 アルトゥーの言葉に引っかかりを感じ、ファミィは不安げな表情を浮かべる。


「信じ込んでいるとは……私が、地と火の精霊を操って噴火を起こしたと――?」

「ああ」

「ど……どうしてッ? 私には、そんな事が出来る程の能力(ちから)なんて無いっていうのに……」

「それは……お前が“伝説の四勇士”だからだ」

「――ッ!」


 そう言ったアルトゥーに指を突きつけられ、ファミィは言葉を失った。

 そんな彼女を前髪で隠れた目で見据えながら、アルトゥーは淡々と言葉を継ぐ。


「複数属性持ちは、確かに稀で、この世に滅多に現れない。……だが、“伝説の四勇士”と讃えられるような、特別な存在ならば、複数属性くらい持っていて当然――そう、人間族(ヒューマー)どもは考えているようだ。貴族階級(うえ)一般庶民(した)もな」

「そ――!」


 アルトゥーの言葉を聞いたファミィは、愕然として頭を抱える。


「そんな事……無い! 私は、風属性しか……」


 彼女はそのままテーブルに突っ伏してしまった。

 そんなファミィに、一瞬心配げな目を向けたギャレマスは、すぐにアルトゥーに視線を戻し、おずおずと尋ねる。


「の……のう、アルトゥーよ」

「……何か?」

「要するに――」


 ギャレマスは、顎髭を撫でながら、静かに言葉を継ぐ。


「先日のヴァンゲリン砦での顛末が、人間族(ヒューマー)の間に捻じ曲げられて伝わってしまった結果、この者――ファミィは、裏切り者の濡れ衣を着せられてしまったという事なのだな?」

「……ああ。そういう事だ」

「なるほど……。それは確かに厄介だな」


 魔王は、眉間に深い皺を刻むと、ふぅと大きく息を吐いた。


「そういう事では、ファミィを人間族(ヒューマー)の領土に戻す訳にはいかぬな。最悪、その場で捕らえられ、裏切り者として処刑されかねない……」

「で、でも……!」


 ギャレマスの言葉に上ずった声を上げたのは、サリアだった。


「でも……、同じ“伝説の四勇士”である勇者シュータたちも居るじゃないですか? あの人たちが、仲間であるファミちゃんの濡れ衣を果たしてくれるんじゃ……」

「どうだかな……」


 サリアの楽観的な予測に、苦虫を嚙み潰したような顔で首を傾げるギャレマス。

 彼の脳裏には、噴火を始めたヴァンゲリンの丘の上で、シュータとファミィが最後の言葉を交わした際の情景が浮かんでいた。


「あの状況で、あっさりとファミィの事を置いていったシュータに、“仲間”への情を期待できるとは、余には思えぬな。……正直なところ」

「……あたしもです」


 ギャレマスの声に、スウィッシュも頷き、テーブルの上のポスターを指さす。


「生きている事を知らないとはいえ、まだそんなに時間も経っていないのに、こんなふざけた内容で補充メンバーの募集をかけるなんて……」


 彼女はキッと眦を上げると、ギャレマスに向かってキッパリと言った。


「正直、このエッルフは好きではありませんし、()()()()()()敵ですけど、さすがに酷い仕打ちだと思います」

「うんっ!」


 スウィッシュの言葉に、サリアも大きく頷く。

 それを見たギャレマスは、小さく唸ると腕組みをして天井を見上げた。


「確かに難しい問題だな。ファミィを解放する前に、人間族(ヒューマー)どもの間に蔓延った、謂れの無い誤解を解かねばならぬという事か……」

「……生憎と、問題はそれだけではない」

「……何?」


 アルトゥーがぼそりと漏らした声を聞きつけたギャレマスは、うんざりした表情を浮かべて、再び陰密将の方へと目を戻した。


「何だ、まだあるのか?」

「ああ」


 アルトゥーはコクリと頷くと、心なしか先ほどよりも憂いを濃くした表情を浮かべ、言葉を継ぐ。


「正直……これが一番大きな問題だ。何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……どういう意味?」


 謎めいたアルトゥーの言い回しに、訝しげに首を傾げるスウィッシュ。

 と――、


「――ッ! まさか……?」


 突然身を起こすファミィ。その顔色は、紙のように蒼白だった。


「……お前の想像の通りだ」


 ファミィに対して小さく首を縦に振ったアルトゥーは、淡々と答えを述べる。


「“伝説の四勇士”であるハーフエルフ・ファミィが裏切ったという噂が広まるにつれ、人間族(ヒューマー)たちの間からエルフ族への非難の声が上がり始めた。それが今では、人間族(ヒューマー)領あげての大規模なエルフ族排斥運動へと発展している」

「な――ッ?」


 アルトゥーの言葉を聞いたギャレマスは、愕然として言葉を失った。

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