エルフと誤報と噂
【お知らせ】
前回まで、「陰密将」のキャラ名を『ピューマー』としておりましたが、よくよく考えたら『人間族』と丸被りしていて、紛らわしい事この上ない事に気付きました……。
ひとえに、作者のボキャブラリーの貧困さ及び命名の際の適当さに起因したミスであります……。
その為、誠に勝手ですが、彼の名を『ピューマー』から『アルトゥー』に改名いたします。
ご迷惑をおかけいたしますが、何とぞご了承のほどお願いいたします。
この度は、誠に申し訳ございませんでした……。
2021年7月25日
朽縄咲良
と、その時、
――ボォンッ!
「「「「ッ!」」」」
耳を劈く様な爆発音が室内に響き、ギャレマスたちはギョッとして一斉に動きを止め、音の鳴った方を見る。
集まった視線の先には、無表情で蹲ったままのアルトゥーの姿。そして、彼の伸ばした腕の先には、ぶすぶすと煙を上げる燭台の残骸があった。
「あっ……よ、余の燭台が……!」
「……そろそろ、本題に戻っていいか?」
「アッハイ」
新しい炸裂弾を懐から出しながら、微かに苛立ちの揺らぎを感じさせる低い声で尋ねるアルトゥーに、顔を青ざめさせたギャレマスたち一同はコクコクと頷き、そそくさと元の位置に戻った。
「……」
四人の顔を、前髪に隠れた目で睨めつけると、アルトゥーは無言で炸裂弾を懐に戻し、再び口を開く。
「……そのポスターを読めば解るだろうが、そこのハーフエルフ――“伝説の四勇士”のひとりであるファミィ・ネアルウェーン・カレナリエールという女は、人間族の領内では既に死んだものと見做されている」
「そ……そんな! だ、誰が、そんなデタラメを――!」
「……人間族の領内に潜入し、いくつかの地方都市を回って情報を集めた限りでは、お前が死んだと人間族の王に報告したのは、他ならぬ“伝説の四勇士”シュータ・ナカムラ本人――お前の仲間だという事だ」
「――ッ!」
アルトゥーの答えを聞いた瞬間、ファミィの顔色が雪よりも白くなる。
その一方、ギャレマスは彼の言葉に驚きつつも、訝しげに首を傾げた。
「妙だな……。あの時シュータたちは、噴火が起こった直後にいち早く丘を下って行ったはず。この者の安否がどうなったかは、確認しておらぬはずだ」
「――それに、確認できているんだったら、そもそもファミちゃんが死んじゃったなんて言わないと思うんですけど……」
父の言葉に、サリアも困惑の表情を浮かべる。
と、
「……もしかすると」
スウィッシュが、何かを察したように眉間に皺を寄せると、ポツリと呟いた。
その呟きを耳にしたギャレマスが、彼女に尋ねる。
「どうしたスウィッシュ。何か、心当たりが?」
「あ……え、ええ」
スウィッシュは躊躇い気味に頷くと、テーブルの上に広げられたポスターを指さした。
「ひょっとすると……勇者シュータは、コレをしたいが為に、このエッルフ――ファミィが戦死したと報告したんじゃないかと……」
「“コレ”って……この『伝説の四勇士第二期メンバー発掘プロジェクト』?」
「はい……」
サリアの問いかけに、一度は自信無さげに頷いたスウィッシュだったが、すぐにブンブンと両手と首を横に振る。
「――って、す、すみません、バカみたいな事言っちゃいました! いくら何でも、そんな事の為に、確認も無しに仲間を死んだなんて言わないですよね……!」
「……いや、あの人なら」
「……あの男なら……」
スウィッシュの言葉に、ファミィとギャレマスは同時に表情を曇らせると、
「「あり得る……!」」
と、絶望に満ちた声を上げると、同時に頭を抱えた。
「「ええ……」」
ふたりの反応を見たスウィッシュとサリアも、思わず顔を引き攣らせる。
(……)
ギャレマスの脳裏に、いつぞやシュータが話した言葉が蘇る。
――『つか、“伝説の四勇士”なんてモン自体、俺が適当に拵えた“設定”だし』……。
(……いや、あやつの口から、直にそう聞いたのは確かではあるが――)
そう心の中で呆れながら、魔王はテーブルの上のポスターにデカデカと記された『容姿に自信のある淑女たちよ! 集え! 勇者シュータは、美しいキミを待っている!』という煽り文句に目を落とし、盛大な溜息を吐いた。
――と、
「あ、でも!」
唐突にサリアが声を上げる。
「別に、人間族の人たちの間で、ファミちゃんが死んだって誤解されてても関係無いじゃないですか! 現に今、ここでファミちゃんはちゃんと生きてるんだから! 普通にファミちゃんが帰って、向こうの王様に『生きてたよ~』って言えば済むんじゃ――」
「――残念ながら」
顔を輝かせるサリアが言った楽観的な言葉を遮ったのは、アルトゥーの暗い声だった。
彼は、深紫色の長い前髪をフルフルと横に揺らしながら、ボソボソと言葉を継ぐ。
「事ここに到っては、そう簡単に済む話では無くなってしまっているんだ、姫よ。状況はもっと複雑に……悪くなっている」
「え……?」
彼の声の響きに、何やら複雑で不吉なものを感じ取ったファミィが、不安げな表情を浮かべた。
そして、微かに声を震わせながら、無表情のアルトゥーに向かっておずおずと尋ねかける。
「おい……貴様。それは一体……どういう意味なのだ……?」
「今……人間族たちの間で、お前に関する噂がまことしやかに流れている」
アルトゥーはそう言うと、おもむろに腕を伸ばし、指を一本立てた。
「――ひとつは、今言った『“伝説の四勇士”ファミィが戦死した』という噂」
「だ……だから、それは私が帰還して、生存を証明すれば、全ては霧散する事だろう? だったら、そんなに悪い状況では無いのでは――?」
「……それだけなら、な」
「え……?」
「問題は……もう一つの方の噂だ」
そう言って、ファミィの事をジロリと一瞥したアルトゥーは、二本目の指を立てる。
「もう一つの――」
「噂……」
「それって……?」
ギャレマスとスウィッシュ、そしてサリアも、彼の話に興味を惹かれて、思わず身を乗り出す。
「……」
三人の視線を一身に受けたアルトゥーは、勿体ぶるように沈黙を続け――、
突然頬を真っ赤に染めると、バッと顔を伏せた。
「……あ、あの、そんなに注目されると、その……て、照れるから……止めて……」
「って、緊張してただけか――いっ!」
息を呑んでアルトゥーの言葉を待っていた四人は、一斉にズッコケる。
と、喝を入れるように自分の頬を叩いたアルトゥーは、気を落ち着かせるように大きく深呼吸をしてから、皆の視線を避けるように目を泳がせつつ口を開いた。
「も……もう一つの噂……。それは――」
彼はそう言いながら、もう一度二本目の指を立て、静かに言葉を継ぐ。
「それは、『服わぬ民』であるエルフの血を引くファミィが、“伝説の四勇士”でありながら人間族を裏切り、あろうことか敵である魔王ギャレマスと結託して、ヴァンゲリンの丘の噴火を故意に引き起こした』――という、疑惑だ」




