伝説の四勇士とポスターと募集要項
「え……?」
アルトゥーに指をさされ、『人間族の国に戻る事は出来ない』と面と向かって言われたファミィは、その蒼い瞳を大きく見開きながら、呆然とした表情を浮かべた。
「……アルトゥーよ、それは一体どういう意味だ?」
ギャレマスは、首を傾げながら、深紫の髪の青年に尋ねる。
すると、アルトゥーは、主の問いかけに応える代わりに、おもむろに胸の隠しに手を入れ、八つ折りにした一枚の藁半紙を取り出した。
「……口で説明するよりも、これを見てもらった方が早いだろう」
彼はそう言いながら、テーブルの上に藁半紙を広げ、丁寧に撫でつけて折り目を伸ばす。
「それは……?」
アルトゥーが広げた藁半紙を見ようと、ギャレマスたちは頭を寄せた。
そして――、
「「「「……何、コレ……?」」」」
思わず漏らした声が綺麗にハモった。
彼らの前に広げられた藁半紙。
そこには――、
『未来の“伝説の四勇士”は君だ! 第二期メンバー発掘プロジェクト発足!』
と、飾り文字でデカデカと書かれていた。
「な……何よ、コレぇっ? だ、『第二期メンバー』って……わ、私、聞いてないッ!」
驚愕のあまり、声を裏返したのは、言うまでもなく“伝説の四勇士”のひとりであるファミィである。
「い……いや。というか……そもそも、“伝説の四勇士”に第一期とか第二期とかあるの……?」
そう呟いて頬を引き攣らせるスウィッシュ。
彼女と同じような表情を浮かべたギャレマスは、胡乱げにアルトゥーに尋ねる。
「こ……この紙は、どういう事なのだ?」
「……書いてある通りだ。“伝説の四勇士”の新メンバーを募集するポスターだ」
「い……いや、それは読めば分かるのだが……」
ポスターの下の方に載っている、『募集要項!』という小見出しの枠内に書いてある小さな文字を目で追いながら、ギャレマスは当惑交じりの声を上げる。
「余が聞きたいのは、どうしてこんなポスターが刷られているのだという事なのだが……?」
「理由もそこに書いてあるだろう?」
「……」
取り付く島もないアルトゥーの返事に憮然としながら、そろそろ老眼に片足を突っ込みかけている目には些か辛いレベルの小さな文字を読もうとするギャレマスだったが、
「……あ、ここですね、お父様!」
幸いにも、この場で一番若いサリアが、その若々しい目で該当箇所を素早く見つけた事で、彼が衰えかけた目のピント機能を酷使する必要は無くなった。
ギャレマスは、さも既に見つけていたという様な素振りを見せつつ、サリアに鷹揚に頷く。
「う、うむ、そうだな。……サリアよ、読み上げるが良い」
「はいっ、お父様!」
ギャレマスの言葉に嬉しそうに頷いたサリアは、募集要項欄の文字を指でなぞりながら読み上げ始める。
「ええと……『先日発生した“ヴァンゲリン戦役”において、“伝説の四勇士”ファミィ・ネアルウェーン・カレナリエールが非業の戦死を遂げた事で空いてしまった“伝説の四勇士”の枠を埋めるべく、新しい英雄を募集いたします。我こそはという淑女は――」
「ちょっ! ちょちょちょちょっと待ったぁっ!」
文章を読み上げるサリアの声を素っ頓狂な絶叫で遮ったのは、顔面を蒼白にしたファミィだった。
彼女は、顎が外れんばかりに大きく口を開きながら、自分に指を突きつけながら、ソファから勢いよく立ち上がって叫んだ。
「せ、戦死ぃ? わ、私が、あの戦いで戦死しただとッ? そ、そんなバカな事が――!」
「でも……現に、ここに書いてあるんだよぉ、ファミちゃん」
詰め寄るファミィに、困惑顔で答えるサリア。
その横からポスターを覗き込んだスウィッシュも、小さく頷いた。
「ええ、確かに……。この上なくクッキリバッチリと書いてありますねぇ。『非業の戦死を遂げた』って」
「で、でも……私はここに……ここでちゃんと生きているのに……っ!」
「……どうやら」
ギャレマスは、小さな溜息を吐き、顎髭を撫でながら言う。
「人間族……そして、勇者シュータたち“伝説の四勇士”の間では、お主は既に死んだと見做されておるようだな……」
「そ……そんな……!」
ギャレマスの言葉に愕然としたファミィは、糸の切れた操り人形のように、ソファの上に崩れ落ちた。
と、
「というか……何ですか、この募集要項……」
ポスターの文字を目で追っていたスウィッシュが、呆れと憤慨交じりの声を上げる。
その声を聞いたギャレマスとサリアは、思わず顔を見合わせると、彼女の険しい顔を見上げた。
「……どうしたの、スーちゃん? そんな怖い声を出して……?」
「あ、いや……。この募集要項に書いてある『応募資格』の内容が、あまりにもひどくて……」
「え? 内容?」
スウィッシュの答えに首を傾げたサリアは、ポスターの上に目を落とし、先ほどの続きを読み上げる。
「ええと……『応募資格《必須条件》――人間族年齢換算15~23歳の人間族及び亜人類種。性別・女性。《重要》容姿端麗である事。巨乳且つ美乳であれば尚良し』……」
「うわぁ……」
サリアが読み上げた“応募資格”の内容を聞いたギャレマスは、思わず呆れ声を上げた。
「何だそれは……。要するに、見目麗しき若い女を求めているという事ではないか」
「ていうか……これってそもそも、“伝説の四勇士”の欠員募集の告知なんでしょうか?」
ギャレマスの言葉に、サリアも首を傾げた。
「――“伝説の四勇士”の募集だったら、普通は戦いの才能がある人とか、特殊な能力を持っている人を集めようとすると思うんですけど……」
「そうですね。《必須条件》を読む限り、戦闘技量について一文字も言及されてませんよね」
と、スウィッシュは低い声で言うや、拳を思い切りポスターに叩きつけた。
「これじゃ……まるで村祭りの美人コンテストの参加募集みたいじゃないですか! っつーか、何よ! 『巨乳且つ美乳』って! どいつもこいつも乳の大きさにばっかり拘りやがってぇぇ!」
「おい、スウィッシュ! お、落ち着くのだッ!」
「す、スーちゃん! どうどうっ!」
突如、涙目で取り乱したスウィッシュを、慌てて押さえるギャレマスとサリア。
「まったく! みんなして巨乳巨乳って! そんなに胸にくっついた脂肪の塊如きが重要だって言うのかよぉっ!」
「だ……大丈夫だよ、スーちゃんッ!」
スウィッシュの胴に腕を回して抱き締めるようにしながら、サリアは叫んだ。
「お……お父様だったら大丈夫だよ! だって……お母様のお胸は、あんまり大きくなかったから! だから、スーちゃんくらいの大きさでも充分だって――!」
「――え……っ?」
「お、おいいいいっ! い、いきなり何を言っておるのだ、サリアァァッ?」
サリアの口走った言葉に、スウィッシュは目を丸くして硬直し、ギャレマスは覿面に狼狽えた様子で声を裏返したのだった――。