魔王とおっぱいとちっぱい
「ゴホン……」
ギャレマスは、今までの話を誤魔化すように、わざとらしく咳払いをした。
そして、ポカンとしながら、自分とスウィッシュのやり取りを傍観していたファミィに尋ねる。
「――で、お主はどうしたいのだ?」
「……へ?」
声をかけられたファミィは、キョトンとした顔で蒼い瞳を大きく見開き、ちょこんと首を傾げた。
「えと……な、何を?」
「さっきも訊いたであろうが。勇者シュータの元に帰るか? とな」
ギャレマスは、上の空といった様子のファミィに訝しげな視線を向けながら、言葉を継ぐ。
「……正直、ヴァンゲリンの丘で負った傷も癒えたであろうから、こちらとしては早々にお引き取り願いたいところだ。自分の城で、不倶戴天の敵のひとりと起居を共にしているという状況は、あまり愉快なものでは無いのでな」
「……そ、そうか。……まあ、確かにそうか」
ギャレマスの言葉を聞いたファミィは、何故か表情を曇らせた。そして、微かに俯いてから、こくんと小さく頷く。
「私は、貴様の命を狙う立場の“伝説の四勇士”だからな。私に寝首を搔かれるのが恐ろしくて、夜も眠れないのだろう?」
「……いや、正直、お主自身には特に――」
「え? 何か言ったか?」
「あ……いや、何でもない」
独り言をファミィに聞き咎められたギャレマスは、慌てて首を横に振った。
(さすがに、『ファミィ自身には特に脅威を抱いてはおらず、ただただシュータの来襲が恐ろしい』――という本音をぶちまける訳にもいかぬ。――それに)
と、ギャレマスは傍らに控えているスウィッシュの顔を、チラリと窺い見る。
(……スウィッシュも居るからのう)
「……?」
ギャレマスの視線に気付いたスウィッシュが、怪訝そうな表情を浮かべるのを見たギャレマスは、慌てて目をファミィの方へと戻す。
そして、何故か浮かぬ顔のハーフエルフに尋ねた。
「で――どうかの?」
「……うん」
ギャレマスの問いかけに、ファミィは小さな声で答えた。
「――分かった。貴様の望み通り、出て行ってやるよ」
「あ、いや。何も今すぐにという訳では無い」
おもむろに立ち上がり、俯いたまま部屋を出て行こうとしたファミィを、ギャレマスは慌てて引き留める。
「突然の話で、お主も準備に時間が要るであろう。それに、こちらも人手を調える必要があるからな」
「……人手?」
「さすがに、お主ひとりで領内をズカズカと歩かれては、真誓魔王国の沽券に関わるのでな」
そう言って苦笑いを浮かべると、ギャレマスは言葉を続けた。
「人間族の領内までは無理だが、国境までは送ろう。まあ……表向きは、我が四天王の誰かを監視に付けた『護送』という体で、だがな」
「護送……」
「国境といっても、ヴァンゲリンの辺りは例の噴火の影響で不安定だから、それ以外の場所という事になるがな。――それでも良いかな?」
「あ……ああ」
ギャレマスの問いかけに、ファミィはおずおずと頷く。
……と、彼女は、まじまじと魔王の顔を見つめながら、躊躇いがちに口を開いた。
「い……一体、どうしてなんだ?」
「ん? 何がだ?」
唐突なファミィの問いに、ギャレマスは微かに首を傾げながら訊き返す。
そんな彼に、ファミィは頬を上気させながら声を荒げた。
「な……何故、貴様は私にそこまでするのだッ? ヴァンゲリンの丘でマグマに呑まれかけた私を、危険を冒して助けに来てくれたり、わざわざ自分の城に連れて行って、傷の治療をしてくれたり……!」
興奮した様子の彼女は、我を忘れたようにずかずかとギャレマスの前まで歩を進めると、彼のローブの袖を掴み、更に言葉を継ぐ。
「――その上、傷の癒えた私を、人間族との国境まで送ってくれるだと? ま、魔王ギャレマス! 貴様……一体何を企んでいるッ!」
「ちょ……ちょっと待て――!」
必死の形相で詰め寄ってくるファミィに、ギャレマスは思わず上ずった声を上げ、咄嗟に目を逸らした。
「お……落ち着け、お主! そ……その――」
「貴様! 何故目を逸らしたッ! さては図星だな――!」
「いや……っ! そ、そうでは無くて……」
激昂しながら、自分の胸倉に向けてファミィが伸ばした手を払いのけながら、ギャレマスは必死で訴える。
「その……あまり激しい動きをすると、寝間着の間から、その……お主の、む、胸が……!」
「へ……む、胸……?」
ギャレマスの言葉に、ファミィは我に返り、自分の胸元を見下ろした。
どうやら――彼女の寝間着は、少しサイズが大きかったらしい。
ギャレマスの言葉の通り、緩んだ襟元の間から自分の胸の深い谷間が露わになっており、あまつさえ、彼女の動きに合わせて、タユンタユンという擬音が聞こえてきそうな重量を感じさせながら、ふたつの膨らみが寝間着の下で揺れているのも見て取れた……。
「きゃ……きゃああああっ!」
「ちょ! ちょっと、あなたッ!」
ようやく状況を理解し、思わず黄色い悲鳴を上げるファミィとギャレマスとの間に、血相を変えたスウィッシュが身体を割り込ませた。
「う、うおおおおおっ?」
その拍子に、スウィッシュに思い切り身体を突き飛ばされた形になったギャレマスは、体勢を崩して後方へと吹き飛ばされた。
だが、スウィッシュはそんな主の事も目に入らない様子で、ギラギラと紫瞳をぎらつかせながら、憤怒で顔を真っ赤にして叫ぶ。
「へ、陛下になんて卑猥なモノを見せてるのよ! この……エッチなエルフ、略して“エッルフ”がぁッ!」
「う、うるさいっ! っていうか――『略して“エッルフ”』って、“エルフ”から全然略してないどころか、逆に長くなってるじゃないか!」
ファミィは両手で胸元を隠し、自分を怒鳴りつけたスウィッシュを睨みつけながら、こちらも真っ赤な顔で怒鳴り返した。
「――それに、だ、誰の胸が卑猥だ、この微乳……いや、無乳娘が!」
「あ……あたしの胸は、まだ発展途上なの! それに、成長したって、そんなに下品にはなりませ~ん!」
「はん! どうだかなっ!」
顔を引き攣らせつつ、堂々と胸を張ってみせるスウィッシュに、ファミィは冷笑を浴びせた。
「……知っているか? 無には、何をかけても無なんだぞ。つまり――」
そこまで言うと、ファミィはスウィッシュの胸に指を突きつけ、トドメを刺しにかかる。
「――貴様は、『永遠の無乳』だという事だッ!」
「――ッ!」
ファミィの勝ち誇った声を聞いたスウィッシュは、飛び出さんばかりに目を見開くと、固く握った拳をブルブルと震わせ――
「――上手い事言ったつもりか、この“エッルフ”がーッ!」
鬼の咆哮も霞むような絶叫を上げた。
「それはコッチのセリフだッ! この――“無のオッパイ”……略して“ゼロッパイ”が――ッ!」
一方のファミィも、スウィッシュに負けず劣らずの剣幕で叫ぶ。
そして、ふたりは一瞬、火花が弾けそうな勢いで視線をぶつけ合い――、
「「殺すッ!」」
同時に叫ぶや、即座に距離を取り、それぞれの最強術を展開し始める――!
「砕け散れぇッ! 究極氷結魔――ッ!」
『応うべし 風司る精霊王 その力以て 風刃を――!』
「や……止めるのだ、ふたりとも――ッ!」
諍いを止めようと、咄嗟にふたりの間に身を躍らせたギャレマスは、左右から迫り来る風と氷の最大必殺術を前に、
(……あれ? 何か……前にも、同じような事があったような……)
ふと、デジャヴが脳裏を過ぎるのを感じるのだった――。




