魔王とエルフと用件
「じゃ……じゃあ……」
さんざん喚き散らして疲れたのか、ようやく落ち着いたファミィは、おずおずとギャレマスに向かって訊いた。
「お……お前は、私にア~ンな事やこんな事をする気は、もう無いというのか?」
「……“もう”も何も、最初からそんな事をする気は無いと言うておるだろうが」
ギャレマスは、うんざりした表情を浮かべて頷く。
すると、それまで彼の後ろに控えたまま、ずっと無言で立っていたスウィッシュが、険しい顔でファミィを睨みつけた。
「陛下は、あなたが『責任者を出せ』と騒ぎ立てているからって、わざわざ執務を中断してまで、ここに来て下さったのよ。少しは、陛下の寛大な御心に感謝したらどう?」
「は……はんっ! だ、誰が魔王なんかに感謝なんてするもんですかッ!」
「こいつ――ッ!」
反発するファミィの態度に激昂し、その形のいい眉を吊り上げるスウィッシュだったが、
「――それはもう良い、スウィッシュよ」
「陛下……! でも――」
「このままでは、いつまで経っても話が進まぬ」
「……はい、かしこまりました……」
ギャレマスにやんわりと窘められ、不承不承といった顔で口を噤んだ。
魔王は、憮然とした顔のスウィッシュの肩を、宥めるように軽く叩く。
そして、ゴホンと咳払いをしてから、ファミィに向かって口を開いた。
「で……お主が余を呼びつけたのは、どうせ食事の事であろう?」
「え……食事?」
ギャレマスの言葉に、何故か戸惑う様な声を上げたファミィだったが、彼はそれには気付かぬ様子で言葉を続ける。
「相済まぬな。先日、ちょっとした事故があって、城内の調理場が使えぬ状況なのだ。それで、保存していた干し肉や堅パン中心の粗餐にせざるを得なかったのだが……」
「あ……いや……」
「だが、安心いたせ。昨日、ようやく城下の料理店と話がついて、調理した料理を城まで運び入れさせる事が出来るようになったからの」
そう言うと、ギャレマスは苦笑いを浮かべた。
「まあ……城の料理人が作る料理ほどではないかもしれぬが、それでも干し肉と堅パンよりはマシであろう。文句はあるかもしれぬが、とりあえず、食事の件はそれで堪えてくれ」
「あ……そ、そうなのか……うん、分かった――」
ギャレマスの言葉に、毒気を抜かれた顔で頷くファミィ。
……と、
「――って、そうじゃなくて!」
ハッと我に返ると、椅子から勢いよく立ち上がりながら叫んだ。
「ま……魔王ギャレマス! 貴様は、この私を捕らえて、何を企んでいるのだッ? 私は、それが聞きたくて、貴様を呼びつけたのだ!」
「何を企んでいる……だと?」
ギャレマスは、ファミィの張りつめた声を聞いて、その眉をピクリと跳ねあげると――怪訝そうに首を傾げた。
「いや……別に、特段何をする気も無いが……?」
「は……はぁ?」
キョトンとした顔をする魔王の答えに、愕然とするファミィ。
彼女は、その目を吊り上げてギャレマスの事を睨みつけながら、口から泡を飛ばす勢いで捲し立てる。
「ふ……ふざけるな! こんな小さ……くはないけど……粗末――でもないな……え、ええと、とにかく! こんな部屋の中に私を閉じ込めておいて、何をする気が無い訳が無いだろうっ!」
「……そうは言っても、本当に何もする気が無いんだが……」
ファミィの剣幕の前に、困惑した表情を浮かべるギャレマス。
「確かに、お主をこの部屋に閉じ込めてはいるが、それは、お主が“伝説の四勇士”だからだ。さすがに、手強い敵に城内を自由に歩き回らせる訳にはいかぬからのう」
「そ、それは確かにそうだけど……」
「もしお主が望むのなら、庭の散歩くらいは許可してやっても良いぞ。もちろん、監視は付けさせてもらうがな」
「――!」
「……というか」
と、顎髭を撫でながら、ギャレマスは言葉を継いだ。
「そこまで元気になったのであれば、もう帰っても良いのだぞ?」
「……はい?」
今度は、ファミィが困惑する番だった。
「か、帰ってもいいって……どこに?」
「そりゃ……勇者シュータたち――お主の仲間たちの元へ、だが」
「……っ!」
「へ、陛下っ?」
ギャレマスの答えに驚いたのは、ファミィはもちろん、スウィッシュもだった。
彼女は、慌てて声を上げて、ギャレマスに訴えかける。
「そ、それは賛成しかねます! “伝説の四勇士”――我々真誓魔王国に仇なす敵であるこの者を、むざむざ敵に返そうなどと……!」
「そうは言うても、いつまでもこの城に閉じ込めておく訳にもゆくまい」
「でしたら、いっそ処刑してしまえば――」
「――ッ!」
“処刑”という、穏やかならぬ単語を聞いたファミィの顔が強張る。
――だが、ギャレマスは、スウィッシュに向けて静かに首を横に振った。
「いや……それには及ばぬ」
「な、何故ですかっ?」
「それは――」
スウィッシュに問い詰められたギャレマスは、思わず『ファミィを処刑などしようものなら、仲間を喪ったシュータたちが、再び城に攻め込んでくる絶好の大義名分にされてしまう。それだけは避けたい』という本音を漏らしかけるが、すんでのところで思い止まった。
そして、誤魔化すようにゴホンと咳払いをすると、目を泳がせながら、もっともらしい理由を考える。
「ええと……こ、この者は、その……そう、エルフだ」
「……? ええ。確かにそうですけど……それが何か?」
「い……いくら“伝説の四勇士”といえど、エルフ族に連なる者を魔族の王が処刑したと知れれば、エルフ族の魔族に対する心証は確実に悪くなろう……うむ」
「――! それは……確かに……」
「我が領内にも、少数ながらエルフ族が居るからな。エルフ族と魔族の間に、無用な軋轢が生まれる事は避けたい……つまり、そういう事だ」
……咄嗟に捻くり出したにしては、上手い理由付けである。
そう考えながら、ギャレマスは満足げに頷いた。
一方のスウィッシュは、目を丸くする。
「さすが陛下……! あたしは、そこまで深く考えられませんでした」
「う、うむ……お主には分からずとも無理はない。こ、これは、多分に高度な政治の話だからな……うむ」
「このスウィッシュ、陛下の深きお考えに、ほとほと感服いたしました!」
「う、うむ……!」
目を輝かせて深々と頭を下げるスウィッシュ。そんな彼女に、ギャレマスはしたり顔で鷹揚に頷きながら、
(――今更、口から出まかせだ……とは、とても言えぬなぁ……)
……と、ローブの下にじっとりと嫌な汗をかくのであった。




