魔王と姫と手料理
「おぉ! お……おぉ……ん?」
サリアの口ドラムロールにつられて、テンションアゲアゲで歓声を上げかけたギャレマスだったが、姿を現した“料理”を目にすると、その歓声は当惑の声に代わった。
皿の上に載っていたのが、ふたつに割ったパンの間に何かを挟み込んだ“料理”? だったからだ。
ギャレマスは、目を瞬かせながら、おずおずとサリアに尋ねる。
「の……のう、サリアよ……。こ……これは一体?」
「えへへ。これは、サリアが考案したオリジナル料理『肉餅挟み込みパン』です!」
「に……肉餅挟み込み……パン?」
聞き慣れぬ名称に、更に困惑するギャレマス。
そんな父の様子もお構いなしで、サリアは嬉々としながら料理の説明をし始める。
「これはですね! お父様がベッドの上でもカンタンに、それこそ手掴みでも食べられるように、お肉とお野菜とパンを一緒にしたんです! あ、お肉は塊肉だと消化に良くないかなぁって思って、細かく挽いたお肉に卵を混ぜて固めてみました!」
「ほう……なるほど」
サリアの説明を聞いたギャレマスは、思わず唸った。
「確かに……パンの間に具材を挟めば、手掴みで食べても手が汚れる事は無いな。ナイフやフォークを使わずに食べる事が出来るのなら、手軽に食事を済ませる事も出来る……」
そう呟くと、ギャレマスは思わず膝を打ち、輝かせた目をサリアに向けた。
「うむ、素晴らしい発想だ! 凄いな、サリアは!」
「えへへ……ありがとうございます、お父様!」
父親からの惜しみない賛辞を受けて、サリアは顔を上気させながらはにかみ笑いを浮かべる。
そして、皿をギャレマスの前に引き寄せながら言った。
「じゃ、お父様! 是非、お味の方も試してみて下さい!」
「うむ、そうするとしよう!」
サリアの言葉に大きく頷いたギャレマスは、皿の上の『肉餅挟み込みパン』を指先で摘まむと、おずおずと口元に運ぶ。
そのまま齧り付く事には、ほんの少しだけ抵抗を覚えたが、横で期待の眼差しを向けているサリアの顔を見た途端、そんな迷いは雲散霧消した。
ギャレマスは大きく口を開くと、恐る恐るパンに歯を立て、一口齧り取る。
口の中に広がる、初めての食感と味……。
次の瞬間、彼はカッと目を見開いた。
(……しょっぱっ!)
それが、一番最初に脳内を駆け巡った感想だった。
不味くはない……と思う。
ただ、些か味付けが濃すぎるような気がする……。
(な……何だか、舌がピリピリする……)
思わずローテーブルに目を遣り、水の入ったコップを探すギャレマスだったが、生憎とそんなものは無かった。
あるのは、ベッド脇のサイドテーブルに載った、スウィッシュ特製の薬湯が入ったポットのみ……。
と、その時――、
「……どうですか、お父様? ひょっとして……お口に合いませんでしたか?」
「ッ!」
おずおずとした響きのサリアの声が耳に入った瞬間、ギャレマスはハッと我に返る。
慌てて傍らを見ると、不安げな表情を浮かべて、ギャレマスの顔色を窺っているサリアの顔が視界に入った。
――次の瞬間、ギャレマスは大きな口を開けて、手元に残っていた『肉餅挟み込みパン』を一気に口の中に放り込む。
そして、無理矢理笑顔を拵えながら、サリアに向かって親指を立ててみせた。
「お……おふふぃにあふぁなふぃなんふぇふぉんふぇもふぁい! ふぉ、ふぉんふぇふぉふぁふ、うふぁふぃふぉ、ふぁふぃふぁ!」
「……あの、お父様……何をおっしゃっているのか、よく聞き取れなかったんですけど……」
「――陛下は、『お口に合わないなんてとんでもない! とんでもなく美味いぞ、サリア!』……とおっしゃったんですよ、サリア様」
いつの間にか部屋に戻ってきていたスウィッシュが、困り顔のサリアに、ギャレマスの言葉を翻訳してみせた。
彼女の言葉に、ギャレマスは口をモゴモゴさせたまま、ウンウンと頷く。
それを聞いた途端、サリアの顔がパアッと綻んだ。
「本当ですか、お父様! 喜んで頂けて、サリアは嬉しいです! またお作りしますねっ!」
「うむうむ!」
「あ……ええと……」
頬を上気させて喜ぶサリアと頬を緩ませるギャレマスを前に、スウィッシュは気まずそうな表情を浮かべながら言った。
「実は……当分、料理をなさるのは難しいかと……」
「え……?」
スウィッシュの言葉に、サリアはキョトンとした表情を浮かべる。
そして彼女は、紅玉の様な目を大きく見開くと、首を傾げながら尋ねた。
「それって……どういう意味なの、スーちゃん?」
「……何か、あったのか?」
ようやく口の中の『肉餅挟み込みパン』を飲み込んだギャレマスも、訝しげな表情を浮かべて、スウィッシュに尋ねた。
そんなふたりを前に、目を泳がせながらスウィッシュは口を開く。
「実はその……先ほどの爆発音の発生場所なんですが、その料理を作る為に、サリア様がお使いになっていた調理場からでして……」
「あ、うん。そうだよー」
サリアは、大きく頷いて言った。
「お肉を焼くのをイータツに手伝ってもらいながら、『肉餅挟み込みパン』を作ってたけど……?」
「ええ……イータツ様の炎爆呪法で火力を調整しながら、料理をお作りになったかと思いますが……」
スウィッシュは、困ったように目を泳がせながら、重い口を動かす。
「調理が終わって、サリア様が調理場を出られた後、後片付けをしていたイータツ様が、転がっていた香辛料の瓶に蹴躓いてしまいまして……。その際に舞い上がった香辛料を思い切り吸い込んで、クシャミをした拍子に誤って『灼炎爆散呪術』を発動させてしまったようで……」
「あ……」
何となく話の先が見えたギャレマスは、思わず声を上げる。
「もしかして、それで……」
「はい……ご明察の通りです……」
口の端を引き攣らせるギャレマスに、スウィッシュは同じような表情で頷いた。
「――結論を申し上げますと、『灼炎爆散呪術』によって、調理場は綺麗に、跡形もなく吹き飛びました。その際に、技を放ったイータツ様が負傷しましたが、死者が出なかったのは、まさに不幸中の幸いですね」
「じゃ、じゃあ……」
「お察しの通り、調理場の復旧が済むまでは、通常のお料理をお出しする事は難しいかと……。当面は、備蓄していた保存食で我慢して頂く事になると思います」
「お……おう……」
予感通りのスウィッシュの報告の厳しい内容を聞いたギャレマスは、青ざめた顔で頷いた。
そして、更なる嫌な予感に苛まれつつ、おずおずとスウィッシュに尋ねる。
「致し方ないの。……で、調理場の復旧にはどれほどかかりそうなのだ?」
「……ぶっちゃけ、調理場は“復旧”と言うよりは“再建”と言った方が相応しいレベルで破壊されていますので、今はまだ『結構な時間を要する』としかお答えが出来ませんね」
「そ……そうか……」
すげないスウィッシュの答えに、ギャレマスはガックリと肩を落とした。
そして、チラリと横を見る。
「ふええ、大変だねぇ……」
「……」
恐らく、今回の事故の遠因であろう“ヒウン姫”は、その事には全く気付いていない様子で、不安げに目をパチクリさせているのだった……。




