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魔王とクローシュと中身

 「と……ときに、スウィッシュよ……」


 トイレでの()()から、ようやくの事で生還してきたギャレマスは、ソファに深く身を沈み込ませると、傍らに立つスウィッシュにげっそりと青ざめた顔を向けた。


「あれから……ヴァンゲリンの丘――いや、もう()()か……の噴火の状況はどうなっておるのだ?」

「あ……はいっ!」


 ギャレマスのやつれた顔を心配げに見つめていたスウィッシュ(彼女は、主の憔悴の原因が、自分が煎じた薬湯にあるとは気付いていない)は、彼の問いかけにハッと我に返ると、慌てて背筋を伸ばして答える。


「え、ええとですね……。ヴァンゲリンの丘は、まだ活発な火山活動を続けているようです。噴火が収束するまでは、まだしばらく時間がかかりそうですね」

「そうか……」

「――それどころか、ヴァンゲリン以外の地域でも、不審な地鳴りや地震が観測されたとの報告が入っています。……もしかすると、今回の噴火に刺激されて、他の火山に宿る大地の精霊神たちが荒ぶりつつあるのかもしれません……」

「むう……」


 スウィッシュの報告を聞いたギャレマスは、眉間に皺を寄せて唸る。


「それは、憂慮すべき事態であるな……。取り急ぎ、地鎮の儀を執り行わねばならぬやもしれぬのう」

「至急、各地の魔呪祭院の司祭長に向け、触れを出します」

「頼む」


 撃てば響く様なスウィッシュの明快な返事を聞き、ギャレマスは満足そうに頷く。

 だが、無精ヒゲがまばらに伸びた顎を指で擦りながら、表情を曇らせた。


「やれやれ……。シュータや人間族(ヒューマー)軍の領土侵犯だけでも頭が痛いというのに、その上、斯様な自然災害までが降りかかってこようとはな……。本当に、悪い時には悪い事が重なるというか、何というか……」

「陛下……」


 憂い顔のギャレマスに、おずおずと声をかけようとしたスウィッシュだったが――、彼女の声は、唐突に開け放たれた扉と、


「お父様~っ!」


 という無邪気な声によって掻き消された。

 一方、思わず扉の方に目を遣ったギャレマスの表情が、パアッという音を立てるかのように綻ぶ。


「おお、サリア! 良う来たな!」

「お父様! お加減はいかがですか~?」


 先ほどまでの深刻な様子など、地平線の彼方へ吹き飛んでしまったようなだらしない顔のギャレマスに、朗らかな笑顔を見せるサリア。

 彼女は、両手で大きな銀盆を掲げるようにして持ちながら、ゆっくりと室内に入ってきた。

 銀盆の上には大きな丸いクローシュ(食品の保温の為、上から被せる銀製の半球形の覆い)が載っていて、そのせいで彼女は前が見えず、その足取りはヨタヨタと覚束ない。


「あ、サリア様、お持ちいたします」


 すかさず、スウィッシュがサリアの元に向かうと、彼女の手から銀盆を受け取った。


「あ、スーちゃん、ありがとー!」


 サリアは、銀盆を引き取ったスウィッシュに屈託の無い笑顔を向けると、ギャレマスの座るソファまでトテトテと歩み寄る。

 そして、ギャレマスの横にちょこんと座ると、得意げな顔で、スウィッシュが持っているクローシュが被せられた銀盆を指さした。


「お父様!」

「ん? 何だ、サリアよ?」

「今日は、お父様が一日でも早く元気になる様、栄養たっぷりの料理をお作りしましたの!」

「なんと! サリアが……余の為に、りょ……料理を……!」


 サリアの言葉に、ギャレマスは驚きで目を丸くする。


「あ……あの、小さかったサリアが……余の為に料理を拵えてくれるようになったというのか……! おお……何という……!」

「……陛下、あたしので宜しければ、どうぞお使いください」


 感激のあまり、両の眼から滂沱の涙を流し始めたギャレマスに、そっとレースのハンカチを差し出すスウィッシュ。

 ――と、その時、


「……え?」


 スウィッシュは、ピクリと耳を動かし、怪訝な声を上げた。


「今の音……なに?」

「――どうやら、どこかで何かが爆発したようだな……」


 スウィッシュから借りたハンカチで目尻を拭いながら、ギャレマスも眉を顰めた。


「――様子を見てまいります。おふたりは、この部屋から出ませぬように……」


 そう言い残すと、スウィッシュは手に持っていた銀盆をローテーブルの上に置き、それから険しい表情を浮かべたままクルリと踵を返し、早足でギャレマスの居室から出て行った。


「何が……あったんでしょうか?」

「……分からぬ」


 部屋に残されて、不安そうな表情を浮かべるサリアに、小さく首を横に振るギャレマス。


「まあ……取り敢えずのところは、スウィッシュに任せる事としよう。――それよりも」


 と、ギャレマスは言いながら、ローテーブルの上で存在感を放っている、半球型の銀蓋をチラチラと見た。

 そして、胸を高鳴らせながら、恐る恐るサリアに問いかける。


「この……余の為に作ってくれたという料理とは……一体、どんな……」

「あ、はい!」


 ギャレマスの問いに、嬉しそうに返事をしたサリアは、弾かれたように立ち上がると、クローシュの上についている突起を摘まみ、ギャレマスに向かってニコリと笑みかけた。


「じゃあ、早速お披露目しますねっ! どるるるるるるる……」


 得意げな顔で、口でドラムロールの口真似をし始めるサリア。

 そんな娘の愛らしい仕草を、まるでジェリースライムのような緩み切った表情で見守るギャレマス。

 そして、


「どるるるるるるる……じゃ~ん!」


 今度はシンバルの口真似をしながら、サリアがクローシュを勢いよく持ち上げた――!


挿絵(By みてみん)


【イラスト・くめゆる様】

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[良い点] クローシュ……あれ、名前あったのか……(初めて知った
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