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魔王とお姫様抱っこと脱出

 「善し……」


 差し出した自分の手を、ファミィがおずおずと掴んだのを見て、ギャレマスは小さく頷く。

 そして、ファミィの手を握る手に力を込めると、勢い良く自分の方へと引っ張った。


「――よっ」

「え……キャアッ!」


 突然の魔王の行動に反応できなかったファミィは、思わず黄色い悲鳴を上げながら、為す術も無く身体を引き寄せられる。

 ギャレマスは、右手で引き寄せたファミィの身体を左手で受け止めると、流れるような動きで彼女の背中と膝の裏に腕を伸ばし、そのまま軽々と持ち上げた。


「よっ……と」

「は……へ……? え、ええ……ぇっ?」


 すぐには自分の体の体勢を理解できなかったファミィだったが、すぐに自分が、いわゆる“お姫様抱っこ”をされた状態である事を理解するや、飛び出さんばかりに蒼い目を見開いた。

 そして、慌てて頭を廻らし、思いもよらぬ至近距離に仇敵である魔王の顔がある事に気が付くと、その白皙の貌をリンゴのように真っ赤に染めた。


「ちょ……ちょっと! あああああアナタッ、な、なななな何をしているのよッ、この私にッ!」

「……? 何って、お主を運ぼうとしているだけだが?」


 てきめんに取り乱したファミィの様子に首を傾げながら、魔王は訝しげに答える。


「さすがに、お主の首根っこを摑まえて、猫のように持ち上げる訳にはいかぬからな。飛行するには、この持ち方が一番安定するのだ」


 そこまで答えた魔王は、ふと顔を顰めると、オロオロと狼狽えているファミィに向けて言った。


「……お主は、少し重いな。抱え上げるのも一苦ろ――」

「はははは放せェッ! この破廉恥系痴漢大魔王がぁぁぁぁアァッ!」

「ブベェッ!」


 怒声と共に放たれたファミィの鉄拳が、ギャレマスの顔面に深くめり込む。

 急所の鼻頭を強かに殴りつけられたギャレマスは堪らず、せっかく抱えていたファミィを落としてしまった。


(いった)ぁッ!」


 当然、ファミィはお姫様抱っこされたままの姿勢で落下し、固い地面の上にお尻を打ちつけて、悶絶する。

 そんな彼女に、ギャレマスはジンジンする鼻を押さえながら抗議の声を上げる。


「な……なぜ、いきなり攻撃してくるのだ! 今は、お互い戦っている場合では無いというに――」

「う、うるさいッ! 悪いのは、そっちの方なんだからな!」


 ギャレマスの文句に、ファミィは痛む尻を擦りつつ、涙を浮かべた目で魔王の事をきつく睨みつけながら叫んだ。


「ほ、誇り高いエルフの私の清らかな身体を、その穢れた腕で無粋に持ち上げた上に、言うに事欠いて『重い』とほざくとかッ! ひ、日頃から野菜中心の食生活を心がけている私の体が重い訳が無いだろうがぁッ!」

「あ……」

「なのに、貴様がそう感じたというのは……そ、そう! わ、私が重いんじゃなくって、貴様の腕の力が足りないからだ! そういう事なんだよ分かったら未来永劫反省しろポンコツ大魔王がぁッ!」

「あ……そ、そうだな。うむ……」


 ファミィの剣幕に気圧されながら、慌ててウンウンと頷いてみせるギャレマス。

 そして、彼女に向かってペコリと頭を下げた。


「そ、その……すまぬ。よ、余の失言であった。赦せ……いや、あの……ごめんなさい」

「え? あ……お、おう。――わ、分かればいい、うん」


 あっさりと自分の非を認めて、深々と頭を下げた魔王を前に、思わず拍子抜けしたファミィは、すっかり毒気を抜かれた顔でおずおずと頷く。


 ――と、その時、


 腹の底まで響く様な低い轟音と共に、地面が激しく揺れた。既に地面に走っていた亀裂がますます広がり、ビシビシと音を立てながら更に細かいひび割れが入る。

 その光景を見たギャレマスは、焦燥を募らせた顔で、ファミィに向けて口を開いた。


「……いかん。いよいよ、このような事で言い争っている場合では無くなってきた。一刻も早く、ここから脱出するぞ、いいな!」

「そうだな……」


 彼と同じく焦りの表情を浮かべたファミィも、不承不承頷いた。


「……貴様に指図されるのは甚だ心外だが、その言葉には素直に同感すべきだな。――甚だ心外極まるが」

「……『甚だ心外』を二回も言う事、あるか?」

「大事な事だから、二回言った」

「……ソウデスカ」


 しれっとした顔で言い放ったファミィの顔を恨めしげに一瞥したギャレマスは、気を取り直すように大きく息を吐いてから「ならば急ぐとしよう」と言うと、おもむろに両腕を大きく横に広げ、自分の鳩尾(みぞおち)のあたりを指さした。

 その奇妙な仕草を見たファミィが怪訝な顔をする。


「……? どういう意味だ、それは?」

「いや……、お主が余に抱きかかえられるのが嫌と申すのであれば、こうするしかないであろう?」

「だから……それがどういう意味だと――」

「だから――余の体にしがみつけと申しておるのだ」

「は……はぁ――ッ?」


 ギャレマスの言葉を聞いた途端、ファミィの顔が先ほどと同じように真っ赤に染まった。


「そ……そそそそそれはつまり……私に、お前とハグしろと言っているのか?」

「ハグ……? いや、そうではなくて、しがみつけと――」

「おおおお同じ事だろーがぁぁッ!」


 傍から見ていて心配になるほど、その頬を紅潮させたファミィが、思わず声を裏返しながら荒げる。


「ほ、ほほほ誇り高いエルフの私が、魔族ごときに抱きつくような真似ができるはずないだろうが! ――って、もしや!」


 ファミィは、ハッと何事かに気付いた様子で目を見開くと、慌てて自分の胸を両手で隠した。

 そして、軽蔑に満ちた目でギャレマスの事を睨みつける。


「わ、分かったぞ魔王! 貴様はドサクサに紛れて、圧しつけられた私の胸の感触を堪能しようという魂胆なのであろう! あー、まったくこれだから、拗らせた中年は! 隙あらばおっぱいを触ろうとしたり、お尻を撫でようとしたり……」

「……いや、そんな事はせぬって」


 勝手に盛り上がっているファミィを前に、白け顔でギャレマスは呟くと、


「――ええい、もう、まだるっこしいわ!」


 業を煮やした様子でファミィの元に近付くと、その胴に手を回し、軽々と肩に担ぎ上げた。


「きゃ……キャアッ! い、いきなり何をするのだ、このドスケベ魔王ッ!」

「抱き上げるのもしがみつくのも嫌だと申すのなら、もう荷物のように運ぶしかあるまい!」


 まるで丸太のように担ぎ上げられて、キャーキャーギャーギャーと喚くファミィを一喝したギャレマス。

 彼は、無数に走った亀裂のあちこちから勢いよく噴出し始めたマグマが、みるみるうちに地面を覆い尽くし始めるのを見ながら、焦燥と緊迫感に満ちた声を上げる。


「見よ! 本当にもう一刻の猶予も無い! 死にたくなければ、大人しくしておれ!」

「……ッ!」


 地獄絵図と化した周囲の光景を見回して、ようやくファミィも静かになった。

 ギャレマスは安堵の息を漏らすと、上空を仰ぎ見た。

 上空には真黒な噴煙が厚く熱く垂れ込め、夜空の星はおろか、伸ばした手の先も見えなくなりそうな状況だった。


「だ……大丈夫なのか? こんなに噴煙だらけの空の中を飛ぶなんて――?」


 ギャレマスに担ぎ上げられたまま空を見上げたファミィが、不安そうな声を上げる。

 上空は、大小様々な火山灰と砂礫、更に高温の火山ガスが豪風でかき混ぜられている状態だ。これでは、とても空を飛んで脱出する事など出来はしない――そう思われたのだ。

 そして、ギャレマスも、彼女の言葉に小さく頷いた。


「……大丈夫では無いな。たとえ古代龍であっても、普通の生き物であれば、あの荒れ狂った空を飛ぶのは至難であろう」

「な……何を他人事みたいに言っているのだ? それでは、我らも脱出などできないという事では無いのか――?」

「ふ……」


 訝しむファミィの言葉に、ギャレマスは不敵な笑みを浮かべた。

 そして、


「――こうするのだ!」


 と叫ぶや、右手の指を大きく広げると、


熊手爪撃空波呪術(シ・ローク・マクゥン)ッ!」


 上空目がけて、大きく腕を振り上げた。

 次の瞬間、彼の指先から放たれた五本の風の波動が、上空を覆う黒煙と火山灰を噴き散らかしながら、真っ直ぐ上へ上へと伸びていく。

 そして、熊手爪撃空波呪術(シ・ローク・マクゥン)が分厚く垂れ込めた黒雲を貫通した。

 まるで爪痕のように斬り裂かれた黒煙の僅かな隙間から、無数の星が、まるで宝石のようにキラキラと瞬いているのが見えた。


「――今だッ!」


 星空を視認するや否や、ギャレマスは背中の黒翼を大きく羽ばたかせて、上空目がけて飛び上がる。

 そのまま、熊手爪撃空波呪術(シ・ローク・マクゥン)が貫通し、トンネルのようにぽっかりと開いた空間を、脇目も振らずに全速力で飛ぶ。

 うかうかしている暇など無かった。時間が経てば、熊手爪撃空波呪術(シ・ローク・マクゥン)でこじ開けた隙間が再び塞がってしまう――!


「キャアアアアア……ッ!」

「口を開くな! 舌を噛むぞ!」


 重力に逆らって上昇し続ける負荷と、吹きつける凄まじい風圧に、思わず恐怖の叫びを上げかけるファミィに注意を促しながら、ギャレマスは長いトンネルの向こうに見える星空を目指して、ひたすら背中の黒翼を全力で羽ばたかせるのであった――!

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