転生姫と転移勇者と聖女
「え……?」
突然、シュータが自分に向けて手を掲げたのを見たツカサは、思わず目を丸くした。
と、次の瞬間、
「く――ふぅっ……!」
足下に発生した強い重力に引っ張られる形で、石床の上に身体を圧しつけられ、苦しげな声を上げる。
「つ――ツカサッ!」
急に石床の上にうつ伏せで倒れた娘の姿と、その背中に現れた小さな赤い魔法陣を見て上ずった声を上げたギャレマスは、キッと眦を上げて、彼女に向けて手を翳しているシュータを睨みつけた。
「しゅ、シュータッ! お主……いきなり何を――っ?」
「見て分からねえのかよ、クソ魔王」
そう答えたシュータは、ギャレマスの顔を横目で睨みつけ、言葉を継ぐ。
「コイツの中から、サリアの人格を引きずり出してやろうとしてんだよ」
「え……っ?」
シュータの答えに驚きの声を上げたのは、過重力によって地面に圧しつけられているツカサだった。
彼女は、体にかかる重力に必死で抗いながら身を起こし、縋るような目をシュータに向ける。
「ちょ……ちょっと待ってよ、シュータ……! お、お前は、ウチの味方をしてくれるんじゃなかったのかよ?」
「ああ、そうだぜ」
ツカサの問いかけに、シュータはあっさりと頷いた。
そして、自分の答えに腑に落ちないといった顔をしたツカサに向け、更に言葉を続けようとする。
「より正確に言えば、お前だけじゃな……」
――と、
何故か、そこまで言いかけたところで、彼は急に口を噤んだ。
そして、急に冷たい薄笑みを口の端に浮かべながら、先ほどの答えを言い直す。
「――より正確に言えば、お前の心の中に引き籠ってるサリアの味方だ」
「……ッ!」
シュータの言葉を聞いたツカサは、目を大きく見開いて絶句した。
そんな彼女の顔を、冷たい光を宿した黒瞳でじっと見据えるシュータ。
彼の冷たい視線を浴びながら、ツカサはぐっと唇を噛みながら表情を歪める。
「……お前もかよ、シュータ!」
「……何がだ?」
「お前も……結局はサリアなのかよッ!」
ツカサは、僅かに潤んだ紅眼でシュータの顔を睨みつけながら絶叫した。
「スウィッシュも、ハゲも……クソオヤジだけじゃなくて、お前も同じかよ……ッ!」
「……」
「みんな……みんな、サリアサリアって……! 誰も、ウチを……門矢司の事を見てくれない!」
ツカサは、自分の頬を涙が伝う事にも気付かず、血を吐くような声で捲し立てる。
「……分かってるよ! オヤジたちにとっちゃ、この体の持ち主――魔王の娘なのはあくまでサリアであって、転生前の人格のウチが娘ヅラしても認められないって事はさ!」
「つ、ツカサ! 決してそんな事は無――」
「超重力」
「い――ぐふぅあっ!」
慌てて叫びかけたギャレマスの身体を、シュータがすかさず超重力で圧し潰して黙らせた。
だが、すっかり感情が昂ったツカサは、それには気付かず、更に興奮した様子で捲し立てる。
「でも――でも、アンタは……ウチと同じで、日本からこの世界に来たアンタだけは分かってくれる……ウチをちゃんとウチとして接してくれてると思ってたのに……!」
「……」
石床の上に這いつくばったまま、縋るような目から涙を流して叫ぶツカサを無言で見下ろしたシュータは、おもむろに首を巡らし、彼らのやりとりを傍観していた聖女に向かって顎をしゃくった。
「――エラルティス! お前の出番だ」
「は? わらわ?」
唐突に名を呼ばれたエラルティスは、訝しげに眉を顰める。
「出番って……何のですの?」
「トボけてるんじゃねえ、聖女サマよ」
シュータは、彼女の返事に僅かな苛立ちを見せた。
「この状況で、聖女の“出番”っつったら、ひとつしかねえだろ」
そう言うと、彼は過重力で石床に圧しつけているツカサの事を指さす。
「俺が動きを封じている間に、御自慢の“魔族絶対にぶっ殺すビーム”を、コイツに食らわせろ」
「……っ!」
シュータの答えを聞いたエラルティスが、僅かに眉を顰め、他の者たちは表情を変えた。
「や……やめろ! やめるのだ、シュータ! そんな事をしたら、ツカサが――」
「超重力、更に倍」
「ぐぶあああっ!」
超重力の重ねがけでかかる負荷が倍になったギャレマスの身体が、メリメリと音を立てて固い石床にめり込む。
「……テメエは、おとなしくそこで見てろ」
「ぐ……しゅ、シュータぁ……ッ!」
「ったく……」
過重力と超重力×2の同時発動で、さすがに息を荒くしながら舌打ちしたシュータは、再びエラルティスの方に目を向けた。
「何モタモタしてんだよ。さっさとやれ」
「……申し訳ありませんわ、シュータ殿」
だが、聖女はシュータの催促に頭を振った。
「確かに、魔族を浄滅するのは聖女の役目……ですが、対魔完滅法術を行うだけの法力が、今のわらわには残されておりませ――」
「おいおい、聖女様が嘘をついちゃあいけないなぁ」
「……ッ!」
シュータのおどけ声に言葉を中途で遮られたエラルティスは、ハッと息を呑む。
そして、努めて平静を装いつつ、薄笑みを浮かべて嫌味たらしく訊き返した。
「嘘? わらわがどんな嘘を吐いていると?」
「『法力が残ってない』なんて、真っ赤な嘘だろ、お前?」
「……ッ!」
図星を衝かれたエラルティスの顔から薄笑みが消える。
彼女の表情の変化に気付いたシュータは、勝ち誇った顔で言った。
「見たところ、お前の法力は、まだゲージの半分くらい残ってる。それだけ残ってれば、“魔族絶対にぶっ殺すビーム”をぶっ放してもお釣りが出るはずだ」
「……」
自分の法力の残量を的確に言い当てられたエラルティスは、あからさまに目を逸らす。
そんな彼女を金色に輝く目で見据えながら、シュータはせせら笑ってみせた。
「俺の目……“ステータス確認”に、下手糞な嘘は通用しねえぜ」




