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魔王と姫と味方

 ギャレマスが、焦げてチリチリになった髪を触りながら涙目になっていた、その時――、


「ふ……ふざけんなぁ――っ!」


 激しい怒りに満ちた絶叫が、呪祭拝堂(ナーム)の広い空間の中で反響した。

 声の主であるツカサは、怒りで全身をわなわなと震わせながら、その紅い瞳で魔王を憎々しげに睨みつけると、激しい苛立ちを隠せぬ様子で怒鳴る。


「クソオヤジッ! マジで何者なんだよ、テメーは!」

「な……何者だと言われても……その、魔王だが……」

「そうじゃないよッ!」


 ギャレマスのトボけた答えに更に苛立ちを募らせたツカサは、一層声を荒げた。


「今の究極収束雷撃槌呪術(オシ・オキダッ・チャ)は、ウチの最強の必殺技なんだよっ! ぺっちゃんこの消し炭にしてやるつもりで、渾身の力を込めて撃ったのに……全然効いてないじゃんかよ!」

「あ……そ、それは……すまん……」

「謝ってんじゃないよ、ボケオヤジッ!」


 魔王が本当に申し訳なさそうな顔をしながらペコリと頭を下げた事が更に癇に障ったツカサは、ギリギリと歯噛みしながら彼のチリチリになった髪の毛に指を突きつける。


「ウチの究極収束雷撃槌呪術(オシ・オキダッ・チャ)を食らってまるで無傷なのもムカつくけど……何だよ、その頭ッ! マジでふざけてんじゃないよ、ボケッ!」

「い、いや、これは……ふざけている訳では無く、不可抗力で……」

「不可抗力でもアフロヘアにはならねーんだっつーのッ!」


 ツカサは、昭和以来のギャグ描写を全否定するようなド正論を吐きながら、駄々っ子のように地団駄を踏んだ。

 ……と、その時、


「お、お待ち下され、サリア姫!」

「……ん?」


 唐突に、ツカサに向けて上ずった声がかけられ、それを聞いて不機嫌を露わにしたツカサが、声の主をジロリと睨みつける。


「何だい、ハゲッ?」

「い、いや……」


 ツカサの鋭い眼光を浴びながら、イータツは当惑の表情を浮かべた。

 そして、視線をギャレマスの方に移して、ゴシゴシと目を擦ってから、震える声で続ける。


「お、畏れながら……ワシの目の錯覚でなければ、そこにおわす御方は……我が主上であらせられる、

イラ・ギャレマス陛下ではないのですか?」

「あ……」

「イータツ……」


 イータツの問いかけに、ツカサはハッとし、ギャレマスは大きく頷いた。


「うむ。お主の申す通りだ。余こそが、真誓魔王国を統べる魔王――イラ・ギャレマスである」

「ま……真に御座りますか? 本当に、主上なのですか?」


 ギャレマスの答えを聞き、歓喜の表情を浮かべかけるイータツだったが、すぐに疑いの眼差しを主に向けながら、「まさか……」と呟く。


「じ、実は、死霊呪術(ネクロマンシー)で操られた亡霊なのでは……いや、それとも、先ほどのイキビトたちと同じように、マッツコーの奴めが創り出した――」

「い、いやいや! そうではない!」


 イータツの呟きを聞いたギャレマスが、慌てて叫びながら激しく首を左右に振り、ローブを捲って自分の脚を見せた。


「ほ、ほれ! ちゃんと脚がついておるであろう? そ、それに、この眼を見よ! 先ほどのイキビトやダーストのように白濁してはおらぬ、ちゃんと生きた者の眼であろう?」

「む……た、確かに!」


 ギャレマスの言葉に大きく頷いたイータツの目が、たちまち潤む。


「しゅ……主上ぉ~ッ! な、七ヶ月前に人間族(ヒューマー)の地でお命を落とされたと伺っておりましたが、ご無事だったのですなっ! ……このイータツ、再び主上の御姿を見る事が出来て、これ以上の慶びは……ご、御座らんッ! ぐすっ……」

「お主には、随分と心配と苦労をかけてしまったようだな、イータツよ」


 あまりの歓喜に滂沱の涙を流すイータツに対し、ギャレマスは穏やかな声で言った。


「余が不在の間、四天王として良く国と娘の事を支えてくれた。礼を申すぞ」

「も、勿体なきお言葉に御座りまするぅぅぅっ!」


 ギャレマスがかけた温かな労りの言葉に、感涙を禁じ得ないイータツ。

 と、そんな彼に、ツカサが鋭い声をかけた。


「おい、ハゲ! 手を貸しな! ウチと一緒に、そのクソオヤジを倒すんだ!」

「……は?」


 ツカサの命令を聞いたイータツは、怪訝な表情を浮かべて訊き返す。


「さ、サリア姫? 今なんと?」

「チッ、何度も言わせるんじゃないよ! クソオヤジをぶっ倒すから、ウチに力を貸しなって言ってんだよ!」

「――お断り申す!」

「……何だって?」


 イータツがハッキリと拒絶を示した事に、ツカサは表情を険しくさせた。


「ハゲ……お前、主人であるウチの命令が聞けないって言うのかいっ?」

「……確かに、サリア姫は、我が主のおひとりでは御座りますが――」


 そう言いながら、イータツはギャレマスの顔をチラリと見る。


「だからといって、もうひとりの主である主上に弓を引くなどという命には、断じて従えませぬ!」

「……ちっ」

「むしろ……解せませぬな」


 イータツは、舌打ちしたツカサの顔をじっと見据えながら、訝しげに言葉を継いだ。


「何故、サリア姫は、斯様に主上を弑しようとなさっておられるのですかな? ワシが幼い頃から見守ってきたサリア姫は、決してそのような事をお考えになるような御方ではなかった……」

「……」

「どうも、先ほどからサリア姫と主上とのやり取りを聞いておると、合点がいかぬ事が多う御座いますな。……“ツカサ”というのは、一体――?」

「もういいッ!」


 ツカサは激しく苛立ちながら、イータツの問いかけを荒々しく遮る。


「グダグダ言うなら、もう勝手にすればいいさ! クソオヤジの味方でも、ウチの敵でも何でもさ!」


 そう声を荒げたツカサは、「さ、サリア姫? 本当にどうなさったのですか?」というイータツの言葉に聞く耳を持たず、魔王を倒そうとしている自分の味方になり得る最後の……そして、最強のひとりに向けて声をかけた。


「――()()()()!」

「ッ!」


 ツカサの口から出た天敵の名を聞いた瞬間、ギャレマスの顔がサッと青ざめる。

 一方、名を呼ばれたシュータは、耳の穴に突っ込んでいた小指の先に息を吹きかけながら、ゆっくりと前に出た。


「――何か用か?」

「言う必要もないだろう?」


 不敵な笑みを浮かべながら、トボけた様子で尋ねてきたシュータをジロリと一瞥したツカサは、愕然としているギャレマスの方に顎をしゃくってみせる。


「ウチと一緒に、あの魔王(クソオヤジ)を倒すんだ。まさか、お前も断ったりしないよね?」

「おいおい」


 ツカサの要請に、シュータは苦笑しながら肩を竦めた。


「親子喧嘩に、部外者の俺を巻き込む気かよ?」

「部外者なんかじゃないだろう、お前はさ?」


 ツカサは、皮肉げに口の端を歪めながら言う。


「だって……お前は、魔王を殺す為にこの世界へ遣わされた“勇者”なんだからさ。ここは戦わなくちゃいけない局面だろ?」

「……なるほどね」


 シュータは、ツカサの言葉にニヤリと薄笑むと、ギャレマスの引き攣った顔を一瞥し――小さく頷いた。


「……確かにそうだな」

「ッ! しゅ、シュータッ?」


 シュータの答えを聞いたギャレマスは、大いに狼狽えながら声を荒げる。


「な、何を納得しておるのだッ! お、お主は、魔王である余を殺したら、元のせかブフゥアッ!」

「うるせえ。余計な口を叩いてるんじゃねえぞ、クソ魔王」


 すかさずギャレマスの顔面に速射型のエネルギー弾をぶつけたシュータは、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 そして、傍らのツカサの肩にポンと手を置いて、小さく頷きかける。


「任せとけ、ツカサ。お前の悪いようにはしねえよ」

「シュータ……!」


 シュータの返事を聞いたツカサは、顔を輝かせた。


「恩に切るよ! 終わったら、ひとつだけ言う事を聞いてあげるよ!」

「お、マジか?」


 ツカサの提案に、シュータは表情を綻ばせ、「だったら……」と続ける。


()()()()()、照り焼きバーガーを腹いっぱい食わせてくれ」

「――そんな事でいいのかい?」


 シュータの答えに拍子抜けしたツカサだったが、すぐに大きく頷いた。


「ああ、いいよ! ちょうどこの前、やっと満足いく味のマヨネーズが作れたんだ! それをかければ、日本のミックと同じ味の照り焼きバーガーを食べられるよ!」

「そりゃあいい」


 ツカサの言葉に、シュータはニコリと微笑む。


「じゃあ、更に美味くなるって事だな――()()()()()()()()()()()()()()が、な」

「……え?」

「――悪いな、ツカサ」


 キョトンとしたツカサにそう囁いたシュータは、おもむろに手を掲げ、


「――過重力(メガ・グラヴィ)


 彼女に向けて術を発動したのだった――!

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