エルフと絶望と希望
「熱……ッ!」
木の幹に寄りかかって、噴き上がるマグマを見上げたファミィは、吹きつける熱風に身を焦がされ、思わず顔を顰めた。
溶岩の発する凄まじい高熱によって、陽炎が立ち上っているからなのか、それとも高熱に当てられ続けた自分の意識が朦朧としているからなのか分からぬまま、彼女はゆらゆらと揺れる周囲の光景を見回した。
(……もう、ダメか)
自分の周囲の地面に細かい亀裂が走り始めたのを見て、ファミィは観念したように目を瞑った。
もうじき、地面から噴き出した真っ赤なマグマが降りかかり、その高熱で、自分の身体は骨も残らず燃え尽きてしまうのだろう――。
そんな事が頭を過ぎった瞬間、ファミィの身体は瘧に罹った様にガタガタと震え始める。
「……怖い……」
思わず震え声が口から漏れ、すぐにその事に気付いたファミィは、慌ててかぶりを振った。
「な……何を情けない事を言っているのだ、私は! 私は……誇り高いエルフの血を引く女……。しかも、“伝説の四勇士”のひとりだぞ! そんな私が、『怖い』などという情けない感情を――」
――ゴブパアアアアアッ!
「――きゃあっ!」
ファミィの勇ましい言葉は、至近距離から湧き上がった灼熱のマグマの轟音によって、あっさりと遮られた。
マグマの噴出によって発生した熱波が、容赦なく彼女の肌と髪を灼き、堪らずファミィは身体を丸める。
「……、うぅうう……ひぐっ……」
彼女の口から嗚咽が漏れた。
「怖い……怖いよぉ……死にたくないよう……」
勇ましいハーフエルフの戦士から幼子に返ったように泣きじゃくりながら、ファミィは両の眼から滂沱の涙を流す。だが、彼女の頬を伝う涙は、吹きつける熱風によってたちまち蒸発してしまう。
パラパラと音を立てて降りかかり始めた火山灰と砂礫を避けようと、ファミィは頭を抱えた。
そして、うわ言の様に呟く。
「お願い……助けて……。助けて……下さい、シュータ様……!」
思わず口走った後、シュータが既にこの場にいない事を思い出し、更に絶望感を深めるファミィ。
彼女は唇を震わせながら、ぎゅっと目を瞑り、両手を重ねて祈り始める。
「助けて下さい……! 神様でも精霊でも……お化けでも構わないから……お願い――!」
「――魔王でも構わぬかな?」
「……え?」
彼女の祈りに応えた低い声を耳にし、ファミィは驚いて顔を上げ、瞑っていた目を開く。
その視界に入ったのは、黒い翼を大きく広げ、彼女の前に降り立ったシルエットだった。
煮え滾る溶岩の鮮やかな赤を背景にした、どこか神々しささえ感じさせる姿に、ファミィは思わず見とれてしまう。
――と、
「……ま」
その特徴的な、頭に生えた二本の大きな角で、シルエットの正体が分かったファミィは、思わず目を丸くした。
「ま……魔王……ギャレマス? な……何で? 何で、ここに……?」
「もちろん、助けに来たのだ、お主をな」
「は……はぁっ?」
ギャレマスの答えに、ファミィは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「た、助けに来た? ど、どうしてだ? どうして、魔王である貴様が、敵であるこの私を助けに――?」
「まあ……一言で言えば、魔王の気まぐれだ。つらつら理由を述べてやっても良いが、今はそんな悠長な暇は無さそうなのでな。そういう事にしておけ」
ファミィの問いに涼しい顔で答えると、ギャレマスはファミィの方に手を伸ばした。
「と、いう事だ。助けてつかわすゆえ、さっさとこちらへ参れ」
「な……何を企んでおるのだ、貴様!」
だが、ファミィは差し出された手を握らず、鋭い目でギャレマスの事を睨みつけた。
「そのような甘言で誑かそうとしても、この私は騙されんぞ! どうせ、私に恩を売って、後で弱みに付け込んで無理難題を押し付ける気だろう!」
「……一国の魔王ともあろう者が、そんなチンピラの様なマネをするはずが無かろうが」
「嘘だ! 魔王の言う事など、信じられるかっ!」
「……」
反抗的なファミィの態度に、小さく息を吐いたギャレマス。
彼は、周囲からじりじりと迫り来るマグマを指さしながら、ファミィに言った。
「……そこまで言うのなら無理強いはせぬが、羽を持たぬお主は、一体どうやってここから脱出する気なのだ? もう、周りはすっかりマグマで囲まれたぞ」
「う……」
「それとも、全て観念して、大人しく死を受け入れるつもりか? ……その割には、子どもの様に泣きじゃくりながら天に祈っていたようだがのぅ」
「み……見ていたのか……」
意地の悪い笑みを浮かべながらの魔王の指摘に、顔面を真っ赤に染めるファミィ。
彼女は、目の端に涙の粒を貯めながら反論しようとしかけるが、ひときわ激しい熱風に顔を弄られると、その顔を引き攣らせた。
そして、小さく息を吐くと、ブスッとした表情を浮かべながら小さく頷き、ボソボソと呟く。
「き……貴様がそこまで言うのなら、仕方がない。ま、魔王としての貴様の顔を立てて、大人しく助けられてやろう。――その……あ、ありがと――ありがたく思えよ、魔王」
「……。『ありがたく思え』ときたか……」
ファミィの言い草に、ギャレマスは思わず苦笑いを浮かべながら、再び手を差し出した。
「まあ、それでも良いわ。とにかく、時間が無い。早く余に助けられてくれ」
「う……うん」
ファミィはギャレマスの言葉に小さく頷き、おずおずと手を伸ばして、ギャレマスの手を掴んだ。
「……!」
ファミィは、魔王の手を握った瞬間、彼の掌が温かい事に軽い驚きを覚える。
「あ……」
そして、顔を上げた拍子に、ギャレマスの苦笑交じりの顔が目に入った瞬間、何故か自分の心臓が大きく脈を打つのを感じたのだった――。




