魔王と確証と確信
「オヤジ……っ!」
ツカサは、黒翼を羽搏かせながら静かに呪祭拝堂の上から降りてきたギャレマスの姿を、剣呑な光を宿した紅眼で睨んだ。
「ツカサ……」
そんな彼女の敵意に満ちた視線を、爛々と輝く金色の瞳で受け止めるギャレマス。
彼は、先ほど口にした言葉を、もう一度繰り返した。
「サリアは消えていない。まだ、お主の心の奥深くに留まっておるのだ」
「……ふん」
ツカサは、ギャレマスの言葉を聞くや、小馬鹿にしたように鼻で嗤ってみせる。
そして、眉間に深い皺を寄せ、ギャレマスに向けて――彼女風に言えば“ガンを飛ばしながら”言った。
「アンタがいくらそう言おうと、ウチの頭ん中からサリアの気配が完全に消えたのはれっきとした事実なのさ。本人がそう感じてるんだから、これ以上確かな証拠は無いと思うけどねぇ」
そう言って自分の頭を指さした彼女は、皮肉げな薄笑みを浮かべてみせながら、挑発するように「それとも――」と続ける。
「オヤジには、何か確証があるのかい? サリアがまだ消えてないっていう……さ」
「……確証は、無い」
ギャレマスは、ツカサの問いかけに顔を曇らせ、ふるふると頭を振った。……が、すぐに表情を引き締めると、ツカサの顔を真っ直ぐに見据えながら、「だが」と言葉を継ぐ。
「確証となるものは無いが、サリアの人格は、まだその身体の中に存在していると確信じておる――父親として、な」
そうキッパリと言い切ったギャレマスは、ツカサの方に向けて手を差し伸べた。
「ならば余は、万難を排し、全力を尽くして、何が何でも娘を救い、守護ってみせる。――それが、ひとりの父親として余が果たすべき務めだ」
「……っ!」
ギャレマスの言葉を聞いた瞬間、ツカサの顔が強張る。
――それは、まるで自分が迷子になった事に気付いた幼子のような……絶望に満ちた表情だった。
「ああ、そうかい!」
声を荒げながら指で目尻を拭った彼女は、微かに潤んだ紅眼でギャレマスの顔を睨みつける。
「オヤジ……アンタも、結局は他の奴らと同じなんだな! サリアサリアサリア……サリアの事ばっかり!」
「いや……違う! そうではない!」
激昂しながら捲し立てるツカサを前に、ギャレマスが慌てて首を左右に振りながら叫んだ。
「決してサリアの事だけではない! 余がさっき申した“娘”というのは、サリアと――」
「うるさあああああいッ!」
ギャレマスの声を絶叫で遮ったツカサは、思い切り両手を打ち合わせる。
「もう喋んなっ! お前なんか……大嫌いだッ!」
そう喚きながら、彼女はバチバチと蒼い雷光が爆ぜる両手をギャレマスの方に向けた。
「消えちまえ、クソオヤジッ! ――舞烙魔雷術ッ!」
詠唱と共に、彼女の掌から放たれた雷の束が、集束しながら魔王目がけて襲いかかる。
「……ちぃっ!」
それを見て舌打ちしたギャレマスは、咄嗟に後方へ向けて跳んだ。そして、素早く両手を叩き、襲い掛かる束雷に対抗できる雷系呪術を詠唱する。
「薄雷手甲拳撃呪術!」
詠唱によって瞬時に薄い雷膜で覆われた拳を握ったギャレマスは、石床の上に着地するや、至近の距離に迫った舞烙魔雷術の雷撃に向かってアッパーカットを放つ。
雷拳によって殴りつけられた雷の束は、軌道を大きく変えてそのまま上昇し、轟音を上げて呪祭拝堂の天井に大穴を開けた。
ギャレマスは、舞烙魔雷術を弾き飛ばした体勢のまま、すっかり逆上しているツカサに向かって叫ぶ。
「ま、待つのだ、ツカサ! 余の話を最後まで聞――」
「うるさいって言ってんだろうがああああっ!」
魔王の言葉を怒声で遮ったツカサは、幾度も両手を打ち合わせた。
「舞烙魔雷術! 光球雷起呪術! 光球雷起呪術ッ! 舞烙魔雷術ぁッ!」
「くっ……!」
ツカサが矢継ぎ早に繰り出す雷系呪術を、薄雷手甲拳撃呪術で覆った拳で弾き、いなし、潰しながら、ギャレマスは舌を打つ。
「ええい! 落ち着け、ツカサ! 話を聞けというにッ!」
――と、その時、
彼が弾いた光球雷起呪術の光球が、大きなカーブを描きながらツカサの方に飛んでいった。
このままでは、彼女に直撃する――!
「ツカサ、避けよ! 或いは、“倍々返し”を――!」
「喋んなっつってんだろうが!」
注意を促すギャレマスの声も、激昂してすっかり冷静さを失っているツカサの耳には届かない。軌道が大きなカーブを描いている為、彼女の視界に光球が入る時には、回避も防御も出来ない距離まで接近してしまっているだろう――。
「チぃッ!」
そう判断したギャレマスは、即座に拳の薄雷手甲拳撃呪術を解除し、急いで指を鳴らそうとする。
「真空風波呪……ぐぅッ!」
……だが、彼の詠唱は、途中で呻き声に変わった。運悪く、詠唱を終える直前で、先ほど弾き飛ばした舞烙魔雷術が破壊した天井の破片が、彼の頭上に降り落ちてきたのだ。
ギャレマスが降ってきた破片の下敷きとなったせいで詠唱が途中で途切れ、半ばまで創成されていた真空波は弾けるようにして消えてしまう。
「ま、マズい……!」
このままでは、ツカサに球雷が直撃する――!
と思われた、その時――、
「……やれやれ、めんどくせえなぁ」
緊迫した場の空気にそぐわない気だるげな男の声が上がり、その次の瞬間、球雷は赤いエネルギー弾の矢に貫かれて四散した。
「な――!」
「……へ?」
目の前で起こった光景に、ギャレマスとツカサは驚きの表情を浮かべる。
と――、
「くく……そっくりなツラしてこっち見てんじゃねえよ、親子ふたりしてよぉ」
勇者シュータは、エネルギー弾を撃ち放った右手をプラプラと振ってみせながら、ふたりに不敵で締まりの無い笑みを向けたのだった。




