元魔王と復活と無指向性雷系呪術
「ズズ……さ、さてと」
クシャミの弾みで垂れた鼻水を啜りながら呟いたギャレマスは、飛び散った土饅頭の破片を全身に受けながらも立ち続けるふたりのダーストを睥睨した。
「悪いが、そろそろケリをつけさせてもらうぞ。お主らも、本意では無いのにこの世に蘇らせられて、実に災難な事であったな。今度こそ、永久に安らかなる眠りを――」
そう声をかけつつ、ふたりのダーストを冥府に還す為に、ゆっくりと両手を打ち合わせようとしたギャレマスだが――ふと、その手を止め、目を大きく見開く。
そして、やにわに血相を変えて、スウィッシュたちの方に向けて叫んだ。
「上から来るぞ! 気をつけよッ!」
次の瞬間、無数の雷が一斉に降り注ぐ。
『アァ……ッ!』
『ガ……ッ!』
落雷の直撃を受けたふたりのダーストが、断末魔の声を上げる暇もなく、猛烈な電撃によって消し炭と化した。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
「うわっ、危なッ!」
「ひょおおおっ?」
「ひぃぃぃ~っ!」
スウィッシュたちの周りにも次々と雷が落ち、彼女たちは悲鳴を上げながら必死で逃げ回る。
と、一条の閃雷が、狙いすましたようにスウィッシュの頭上目がけて落ちてきた。
(避けられない――!)
瞬時にそう悟ったスウィッシュが、恐怖で身を竦ませながら思わず目を瞑った――次の瞬間、
「舞烙魔雷術ッ!」
横合いから飛来した雷の束が炸裂し、スウィッシュの頭上に炸裂せんとしていた雷は、その軌道を僅かに変える。
そのおかげで、危ういところで雷の直撃を避けられたスウィッシュは、驚きで目を丸くしながら、舞烙魔雷術を放った者の顔を見た。
「え、えと……助かっ……助かりました。あの……」
感謝の言葉を述べながら、スウィッシュは躊躇い顔でおずおずと尋ねかける。
「ええと、ひょっとして……あなたは……サリア様……ですか?」
「ちっ……勘違いするんじゃないよ! ウチはサリアじゃなくってツカサッ!」
降り注ぐ雷の雨の中で悠然と立ったまま舞烙魔雷術を放ったツカサは、スウィッシュの疑問形混じりの問いかけに舌打ちしつつ、憮然とした顔で吐き捨てる。
彼女の答えを聞いたスウィッシュは、当惑を隠せぬ様子で首を傾げた。
「え? でも……今、あたしの事を助けてくれたんじゃ……」
「……フン! 助けた訳じゃないさ! ただの気まぐれだよ!」
そう、ぞんざいな口調でスウィッシュを怒鳴りつけたツカサは、今度は肩が触れんばかりの距離で自分に寄り添っているシュータの顔にジト目を向ける。
「……ていうか、何なのさ、お前? こんなにピッタリひっつきやがって。暑苦しいんだけど」
「いやぁ、悪い悪い」
ツカサに睨みつけられたシュータは、言葉とは裏腹に、さして悪びれる様子も無く苦笑いした。
そして、次々と降り注ぐ蒼い雷を見上げながら言葉を継ぐ。
「だって、この攻撃は、無指向性の雷撃呪術だろ? 当たるかどうかはランダム……要するに、運次第って事だ」
そう言うと、彼はツカサの事を指さした。
「――つまり、“うんのよさ999”のお前の近くにいれば、雷を食らう確率が限りなくゼロになるって事さ。だから、下手に逃げ回るより、お前の隣でじっとしてる方がずっと安全なんだよ」
そう答えてニヤリとほくそ笑んだシュータだったが、ふと表情を曇らせる。
「……でも、お前に離れろって言われたら離れるよ。まあ、そうなったらそうなったら、あそこでノビてる古龍種の腹の下にでも潜めば、雨やどり……もとい、雷やどりは出来そうだしな」
「……別に構わないよ。アンタの勝手にしな」
シュータの問いかけに対してぶっきらぼうに答えたツカサは、仄かに赤らんだ顔を隠すように背けた。
そして、石床に出来た巨大なクレーターの中心に立ち、両手を頭上に真っ直ぐ上げて呼び寄せた雷雲から夥しい数の雷を手当たり次第に落としまくるダーストに険しい目を向けながら、忌々しげに呟く。
「……っていうか、まだ仕留め切れてなかったのかよ? あの魔王ゾンビ」
「みてえだな」
ツカサの言葉に、シュータも苦笑いしながら頷いた。
「いやぁ、さっきの超重力で潰し切ったと思ったんだけどなぁ。さすが、あのクソ魔王の先祖なだけあって、クソ頑丈だわ。――『腐っても元魔王』ってところだな、ゾンビだけに。きしし……」
「面白くないよ」
『うまい事言ったった』と得意げに笑うシュータを一言でバッサリと切り捨てたツカサは、ダーストに向けて顎をしゃくる。
「で……どうするのさ、アイツ? すっかり暴走し切ってるみたいだけど。ここはひとつ、勇者のお前が一肌脱いでどうにかするべきなんじゃないのかよ?」
「いや、わざわざ俺が出るまでも無えだろ、このくらい」
ツカサの問いかけに、シュータは首を横に振りながら言葉を継いだ。
「確かに、魔王退治は勇者の仕事だろうけどよ……これは、魔王退治とは言わねえだろ。特殊清掃は、勇者の職分じゃねえぜ」
「いや、特殊清掃て……」
「くくく、さすがに喩えが悪かったか?」
「……悪いのは、喩えじゃなくてアンタの発想だよ」
「じゃあ、“除霊”……いや、“供養”ってとこで」
そう言うと、彼はつと顎をしゃくる。
そして、漆黒のローブを翻し、降り注ぐ雷を巧みに避けながらダーストに近づこうとしている魔王の姿に薄笑みを浮かべた。
「だから……元魔王の死体処理は、現魔王に任せときゃいいって事さ」




