勇者とハーフエルフと“伝説の四勇士”
「――ま、ざっとこんなもんかな?」
「うわぁ……」
涼しい顔でパンパンと手を叩くシュータの横で、ツカサが呆れ混じりの声を上げた。
「いくらゾンビが相手とはいえ、えげつねえ……」
彼女がそう漏らすのも無理はない。
ふたりから少し離れた石床の上には、先ほどシュータに向かって踊りかかった三体のダーストだったものが、変わり果てた姿になって転がっていた。
本作が小説だから良いようなもの、もしも映像作品だったら、全面に黒塗りかモザイク処理を施さねば到底人の前に出せないレベルの凄惨な情景である。
――【業務連絡】万が一、本作がコミカライズやアニメ化した際には、ここのシーンはお花畑の画像か、遊覧船が航行している系の心和む映像に差し替えをお願いします。――
「けっ! こんな『ハンター×ハ〇ター』や『ジョジョ〇奇妙な冒険』やなろう系作品のネタを擦りまくってる三流パロコメディ作品に、コミカライズやアニメ化なんて話が来る訳ねえだろうが! 夢見てんじゃねえぞ、木っ端アマチュアWEB作家めが!」
ひ、ひどいッ! そりゃそうかもしれないけど、そんなにハッキリ言わんでもええやんっ!
「……っていうか、地の文に作中のキャラがツッコミを入れるネタ、この前もやったじゃねえかよ。コレは禁じ手に近い一発ネタなんだから、多用するとスベるぜ」
ぐっ……で、でも、前にやったのは百四十話くらい前くらいだから、もう一回くらいやっても大丈夫じゃ……?
「そんな事言って、SNSで『昔のマンガみたいでサムい』とか書き込まれちまっても知ら――」
「しゅ、シュータ殿!」
……天の声に向かって容赦ないダメ出しをするシュータの声を遮るように、上ずった声が彼にかけられた。
「……『もうやめて! とっくに作者のライフはゼロよ!』――そう、創造主はおっしゃっておられます」
「……エラルティスか」
シュータは、創造主の御言葉を伝えた翠髪の聖女の顔を見て、苦笑いを浮かべる。
そして、皮肉げに口の端を吊り上げながら、彼女に言った。
「よう、お前も久しぶりだな。てっきり、ずーっとあの辛気臭い神殿の奥に籠もってるつもりなんだと思ってたのに、知らないうちに魔族たちと随分仲良くなっちまったみたいだな」
「……『魔族と仲良くなった』だなんて、虫唾が走るようなおぞましい事をおっしゃらないでもらえます?」
シュータの言葉に、エラルティスはあからさまに不機嫌な顔をし、首元のチョーカーを忌々しげに摘まんでみせる。
「こんな趣味とタチの悪い特級呪物さえ付けられなきゃ、死んでも魔族に協力なんてしませんわよ」
「……あら、そう?」
憤然と言い放つ聖女をジト目で睨みながら、スウィッシュがわざとらしく首を傾げてみせた。
「そんなにそのチョーカーがお気に召さないなら、今すぐ外してあげるわよ? その代わり、呪いが発動して、あなたの首から上がそこに転がってる死体人形と同じ感じに爆ぜちゃうと思うけどね」
「ひ、ヒィッ! そ、それだけはやめて下さいましぃッ!」
スウィッシュの言葉を聞いた途端、エラルティスは顔を青ざめさせながら必死で首を左右に振る。
――と、
「……呪いの首輪?」
エラルティスの言葉を聞いたシュータが、目を金色に輝かせながら、訝しげに首を傾げる。
「何言ってんだ、お前?」
「……へ?」
「そのチョーカーには、呪いなんか――」
「しゅ、シュータ様ッ! お久しぶりですッ!」
「はじめからかかってねえぞ?」と言いかけたシュータの声を、今度はファミィが遮った。
彼女の上ずった声を耳にしたシュータは、“ステータス確認”を発動させていた目を元に戻すと、ニヤリと薄笑んだ。
「確かに、お前に会うのも久しぶりだな、ファミィ。あの時――俺が立案した『空を見ろ! アレは鳥か? ドラゴンか? いいや、クソ魔王だ! ~第一回・チキチキ! 最強最高の勇者シュータと愉快な仲間たちによるエルフ救出大作戦!』が見事成功した後に会って以来か?」
「うわぁ……覚えてるんだ、あの無駄に長い作戦名――あ、いや……」
シュータの記憶力に呆れるやらドン引くやらしかけるファミィだったが、慌てて気を取り直して、コクンと頷く。
「そ、そうでしたね……。お元気そうで何より」
「……呪いのアイテムは付いてないっぽいけど、お前は自分の意志で魔王側についてるっぽいな。――“伝説の四勇士”のクセに」
「あ……い、いえ…………いや、そうです」
シュータにギロリと睨まれたファミィは、一瞬だけたじろぐ様子を見せたが、すぐにはっきり首を縦に振った。
そして、彼に向けて深く頭を下げながら、断固とした意志を以て言葉を継ぐ。
「――誠に申し訳ありませんが、私は“伝説の四勇士”を抜けさせてもらいます」
「ほう……何でだ?」
「……アルトゥーを……魔族の男を愛してしまいました」
ファミィは、シュータの黒瞳を真っ直ぐ見つめ返しながら、ハッキリと言った。
「だから私は、もう魔族とは戦えません。それでは、魔族と魔王を打ち滅ぼす“伝説の四勇士”の役目など、到底果たせませんから……」
「……そうか」
彼女の言葉を聞いたシュータは、僅かに目を伏せ――
「……ま、別にいいんじゃねえの、それでも」
と、あっさりと頷いた。
「……はい?」
当然拒否されると思っていたファミィは、あまりに簡単に首を縦に振ったシュータの反応に拍子抜けして、思わず目を点にしながらおずおずと尋ねる。
「い……いいんですか?」
「いいっつったろうが。何度も言わすな」
ファミィに念を押されたシュータは、鬱陶しそうに眉を顰めた。
「何だよ? ブラック企業の上司みたいに、『やめないで! 給料上げてあげるし、ちゃんと有休もとらせてあげるからぁ!』って、俺に引き止めてほしかったのか?」
「い、いえ……別に引き止めてほしい訳じゃ……」
「なら、別に問題無えじゃねえかよ。いちいち確認するな面倒くせえ」
シュータはそう言いながら、当惑顔のファミィに向けて、シッシッと追い払うように手を振ってみせる。
「つーかさ、魔族だろうが人間族だろうが関係なく、俺以外の男に惚れた奴は無条件で戦力外通告なんだよ。だから、お前ももう用無し。さっさと嫁にでも行っちまえ」
「シュータ様……」
ファミィは、シュータの憎まれ口に思わず言葉を詰まらせた。
と、
「はいはーい、シュータぁ! 別にアタシもシュータになんか惚れてないんだけど。だったらアタシも戦力外かなー?」
「わらわも、シュータ殿に対してそんな感情なんて小指の先ほども持ってませんわよ。っていうか、ムリムリムリのカタツムリですわ!」
「テメエら……」
すかさず声を上げたエラルティスとジェレミィアに、シュータは苦い顔をする。
――そして、
「……ていうかよぉ」
と、誰にも聞こえないように声を抑えて、こっそりと呟き、自分の傍らに立つ赤髪の少女の顔をチラリと見た。
「……魔族に惚れちまったって、他人事じゃねえしな……俺も」




