癒撥将とダーストと原材料
――と、その時、
「――うわっ!」
突然、ジェレミィアが驚きの声を上げ、慌てて身構えた。
自分の斬撃とスウィッシュの阿鼻叫喚氷晶魔術という、致命的な攻撃を二度も受けた敵が、虚ろな無表情を変えぬまま、三度立ち上がろうとするのを目の当たりにしたからだ。
「マ、マジ? アタシとスッチーの攻撃を受けたのに、まだ動けるの、この魔族……ッ?」
「あ……!」
ジェレミィアの焦り声を聞いたギャレマスは、ハッとして彼女に声をかける。
「気を付けよ! その者たちは、ただの敵ではない! “ダースト”という――お主がウンダロース山脈で見た“イキビト”たちと同じ死体人形だ!」
「ぞ、ゾンビ……? って事は――」
ギャレマスの声に顔を顰めながら、ジェレミィアは蠢くような動きでゆっくり立ち上がる敵に目を遣った。
そして、自分の刺突によって左胸を大きく穿たれ、全身に深々と氷片が突き立った状態でも何の痛痒も感じていない様子の“ダースト”の姿に辟易とした表情を浮かべる。
「心臓やら急所やらをぶち抜いたくらいじゃ無力化できないって事かぁ……」
「そーゆー・コ・ト♪」
ジェレミィアのうんざり声に応えたのは、おもむろに壊れた玉座の影から立ち上がったマッツコーだった。
彼は、尻についた土埃を手で叩き落としながら言葉を継ぐ。
「イキビトちゃんたちと同じように、ダーストちゃんたちは痛みを感じないし、心臓や急所を貫かれたところで死んだりしないわ。何せ、もう死んじゃってるからねん♪」
そう言いながら、マッツコーは楽しそうにクスクスと嗤った。
「……なるほどね」
ジェレミィアは、そんな彼の言葉に嫌悪を隠せぬ様子で溜息を吐き、「だったら――」と言葉を続ける。
「――物理的に動けなくすれば解決だよねッ!」
そう叫んだ次の瞬間、彼女の腕が消えた――否、消えたように見える程の高速で鋭い刺突を繰り出した!
――だが、
「……ウソ、この距離でアタシの刺突がっ?」
ダーストが展開した水系魔術の楯によって、彼の肩を突き砕かんとした細剣の切っ先を防がれたジェレミィアは、思わず驚愕の声を上げる。
そんな彼女の焦る顔を見たマッツコーは、嬉しそうに叫んだ。
「ああ、言い忘れてたけど、ダーストちゃんたちの“原材料”は、イキビトちゃんと同じ王族か、代々の四天王を務めた強者たちよん。みんな相応に腕が立つコたちだから、ナメてかかると殺されちゃうわよん♪」
「――マッツコー!」
マッツコーの言葉を聞いたギャレマスは、眉を吊り上げながら大音声で叫んだ。
そして、マッツコーを鋭い目で睨みつけながら、怒気を孕んだ声で問い質す。
「マッツコー……お主、王族のみならず、魔王国に忠誠を尽くしてくれた四天王たちの亡骸までをも弄んだのか……!」
「弄んだなんて、人聞きが悪いわねぇん」
ギャレマスの詰問に、マッツコーは苦笑しながら肩を竦めてみせた。
「むしろワタシは、このコたちを冷たくて暗くて寂しいお墓の下から地上に戻してあげたのよん。過剰投与の治癒を注いでねん」
「ふざけるな!」
人を小馬鹿にするようなマッツコーの言葉遊びに、ギャレマスは激昂し、声を荒げる。
――と、
「……もしかして」
スウィッシュが、おずおずとマッツコーに問いかけた。
「貴方……つ、ついこの間、“伝説の四勇士”に倒された前任の四天王たちも……死体人形に?」
「……」
マッツコーは、スウィッシュの問いかけに何故か答えない。
顔面を蒼白にしたスウィッシュは、激しく震える声で、沈黙する彼に問いを重ねた。
「ま……まさか……先々代の四天王……あ、あたしの父上も――」
「……いいえ」
スウィッシュの更なる問いかけに、ようやくマッツコーは答え、軽く首を左右に振る。
「……安心なさい、おてんばちゃん。ワタシの手持ちのダーストちゃんたちの中に、アナタが言ったようなモノは無いわ。――当然、アナタのお父様――ダンディちゃんもねん。全部、アナタはもちろん、アタシが生まれる遥か前に死んじゃってる、年代物の死体ばっかりよん」
「そ――」
マッツコーの答えを聞いたスウィッシュは、心からホッとした表情を浮かべて、思わずその場にへたり込んだ。
「そうでしたか……良かったぁ……」
「……マッツコー」
ギャレマスは、スウィッシュの肩に優しく手を置きながら、訝しむように尋ねる。
「それは、余たちにとっては正直言って朗報だが……なぜだ? なぜ、勇者シュータに倒されてからまだ二年ほども経っていない先代四天王や、数年前に病死したばかりのオグレーディの亡骸を使わなかった?」
「……」
「普通……死んでから日の浅い遺体の方が、数十年・数百年経過した遺体よりもずっと再生しやすいように思うのだが……」
「それは、だって――」
マッツコーは、ギャレマスの疑問に答えかけたが、ふと言い淀んだ。
そして、苦笑いを浮かべながら、大げさに肩を竦めてみせた。
「……たまたまよん、タマタマ」
「た、たまたま……だと?」
「あ、タマタマって、お股にぶら下がってるアレじゃないわよん」
「い、いや、そんな事は分かっておるわ!」
唐突な下ネタに、ギャレマスは思わずズッコケそうになりながらツッコんだ。
そんな魔王を見てクスクス嗤いながら、マッツコーは頭を振る。
「うふふ、深い理由なんて無いわよん、本当に」
「……! お主、まさか……」
「――そんな事より、雷王ちゃん」
おもむろにハッとした表情を浮かべ、何事かを言いかけたギャレマスに片手を挙げて制止したマッツコーは、自分たちとダーストとの間を隔てている雷の壁を指さす。
「なんか……このバリケード、そろそろダーストちゃんたちが破っちゃいそうよん」
「え――?」
マッツコーの指摘に表情を強張らせながら、ギャレマスは自分たちを守るように展開している雷壁に目を遣った。
と、次の瞬間――
様々な属性の呪術と魔術を一斉に叩き込まれたことで、雷の壁が青白い残滓を残して唐突に消え去る。
そして、今までずっと雷壁によって足止めを食らっていたダーストたちが、白濁した目を爛々と光らせながら、まるで堰を切った濁流のような勢いでギャレマスたちに襲いかかって来たのだった――!




