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聖女と創造主とお告げ

 ギャレマスとイキビト二号が激しくも美しい接近戦を繰り広げて数分――。


「……マズいのう」


 と、固唾を呑んでふたりの戦いを見つめていたヴァートスが、呻くように呟いた。

 その声を耳にしたスウィッシュが、不安げな顔をしながら訊き返す。


「マズい……? い、一体、何がマズいって言うんですか? 今のところ、陛下は互角に戦っていらっしゃるようですけど……」

()()()()()は、な」


 スウィッシュの問いかけに、ヴァートスは浮かぬ顔で答えた。

 そして、「……じゃが」と続けて、戦うギャレマスの姿を指さす。


「このまま戦えば戦うほど、ギャレの字はどんどん不利になっていく。オカマの兄ちゃんの治癒(ヒール)で万全の態勢に戻った死体人形(ゾンビ)に比べて、ギャレの字はこれまでの理力の消耗もじゃが――氷で塞いどる傷が……」

「あっ……!」


 ヴァートスの言葉に、スウィッシュはハッと息を呑み、ギャレマスの脇腹に目を凝らした。

 ……確かに、破けたローブの脇腹の辺りが、じんわりと濡れているように見える。あれは、溶けた氷か、傷口から再び噴き出した鮮血か……。

 いずれにしても、一時は塞いでいた脇腹の傷が再び開くのは時間の問題のようだ。

 それに気が付いたスウィッシュの顔が青ざめた。


「た……大変! ま、また私の氷系魔術で塞ぎ直さないと……」

「待て、スウィッシュ!」


 ファミィが、すぐに飛び出そうとしたスウィッシュの手を掴んで引き止める。


「何よ、ファミィ! 止めないで!」

「落ち着け! あの二人の戦いの中に飛び込んでいったら、巻き込まれてタダでは済まないぞ!」


 キッとした顔をして声を荒げるスウィッシュに、ファミィは強い口調で諭した。

 彼女の言う通り、雷系呪術を交えながら激しく戦うギャレマスとイキビト二号の間に入ったら、いかに四天王のひとりであるスウィッシュであっても無事では済むまい。

 ファミィの言葉でそれを悟ったスウィッシュが、途方に暮れた顔をして立ち尽くした――その時、


「――何ですって? それはマズいですわね……」


 と、唐突に叫び声が上がった。

 深刻そうな響きを湛えた声に、その場に居た全員が、声の主に注目する。

 皆の注目を浴びたエラルティスは、微かな音を聞きとろうとするように手に耳の横に当てていた。

 ひとり奇妙な仕草をしているエラルティスに、ファミィが訝しげな表情を浮かべながら頷く。


「あ、あぁ……お前の言う通り、マズい状況だ。このままでは、どんどん魔王が不利になってい――」

「はぁ? あのクソ魔王の事なんて、心の底からどーでもいいですわ!」

「……は?」


 自分の言葉を途中で遮ったエラルティスの声に、ファミィは首を傾げた。


「いや、今お前も『マズい』って言ったじゃないか。それは、ヴァートス様が言ったのと同じ、魔王がピンチだという意味で――」

「全ッ然違いますわよ!」


 ファミィの言葉に、エラルティスはいたく憤慨する。


「わらわが、魔族……その中でも最大最悪の存在のクソ魔王なんかを気遣うはずないじゃありませんの! 何トチ狂った事をおっしゃってますの? まったく、失礼しちゃいますわっ!」

「あ……ご、ゴメン……」


 エラルティスの剣幕に圧され、素直に謝るファミィ。

 そんな彼女に代わって、ヴァートスが聖女に問いかける。


「なら、何がマズいというんじゃ、聖女の姐ちゃんや?」

「……あなたたち下賤なる愚種族には聴こえなかったのでしょうけど、神に愛されし聖女たるわらわの耳にはハッキリ聴こえたんですの。そう、神の……いえ、創造主(そうぞうしゅ)の声が!」

「はあ?」


 エラルティスの答えに、スウィッシュが呆れと心配が綯い交ぜになった表情を浮かべた。


「ちょっと、幻聴が聴こえるだなんて、アンタ大丈夫? 性悪が過ぎて、遂に頭がイカれちゃったの?」

「うっさいですわよ! この色ボケ無乳娘!」


 そうスウィッシュを怒鳴りつけたエラルティスは、目を剥いて「あぁッ? その無駄に育った脂肪の塊を氷結してミルクシャーベットにすんぞゴラァ!」と気色ばむスウィッシュを無視して、キョロキョロと周囲を見回す。

 そして、目的の男が見当たらない事に苛立ちながら怒鳴った。


「ちょっと! どこに隠れてますの、陰キャ魔族! 返事なさい!」

「……ひょっとして、(おれ)の事か?」

「ヒェッ!」


 思いもかけぬ至近距離から上がった辛気臭い声に仰天しながら、慌てた様子で振り返ったエラルティスは、咎めるような目で声の主を睨みつける。


「うら若き聖女の後ろにこっそりと忍び寄って荒い息を吐いてるなんて、本当にデリカシーの欠片も無いオス魔族ですわねさすが魔族デリカシーゼロ!」

「いや……己は、忍び寄ってなんかいない……最初からずっとここに立ってたし、別に呼吸を乱してもいないのだが……」

「フン! とりあえず、そんな事はどーでもいいですわ!」


 まるで痴漢かのように言われて、さすがに不満を露わにして言い返すアルトゥーの声をバッサリと遮ったエラルティスは、乱暴な手つきで彼の事を手招きした。


「とにかく、ちょっとわらわに手を貸しなさい、陰キャ変態魔族!」

「い、いや! 陰キャだけならまだしも、“変態”まで付け足すんじゃないっ! ……って」


 エラルティスに抗議の声を上げたアルトゥーは、訝しげに首を傾げる。


「手を貸せって……一体、何をするつもりなんだ?」

「そんなの、決まってますわ!」


 訝しげに訊き返すアルトゥーの事をキッと睨みつけて、エラルティスは早口で告げる。


「これ以上、すう……()()を悪化させない為の“テコ入れ”ですわよ!」

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