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イキビト二号と理力と回復

 「な……っ?」


 マッツコーは、ギャレマスが見せた脇腹に、澄み切った氷が膜のようになって張り付いているのを見て、思わず目を見開く。


「傷口を……塞いだ? お、おてんばちゃんの氷系魔術で……ですって?」

「くくく……そういう事だ」


 ギャレマスは、マッツコーが珍しく取り乱すのを見て、愉快そうに笑った。

 そして、脇腹に張り付いた仄かに白い冷気を放つ氷膜を一瞥し、満足げに頷く。


「うむ……。物理的に傷口を塞いだだけでは無く、破れた血管が氷の冷気によって収縮する事で、出血自体も防げているようだ。その上、冷気で神経が麻痺してるせいか、痛みも感じ……」


 そこまで言いかけたところで、ギャレマスは突然口を噤み、眉間に深い皺を刻んで顔を顰めた。

 主のただならぬ様子を見たスウィッシュが、ギョッとした顔になって、魔王に上ずった声をかける。


「――へ、陛下ッ? やはり、凍らした程度では傷が……」

「……ぶうぇックシュンッ!」


 スウィッシュの心配の声は、オヤジくさいクシャミによって掻き消された。


「……は?」


 スウィッシュの目が点になる。

 そんな彼女の傍らで、ギャレマスはブルリと身を震わせながら、ズルリと鼻を啜った。


「うぅ……さ、さすがに体が冷えるな……。まあ……地肌に氷が張りついていれば当然か……あひゃああんっ?」

「あーそーですか! でしたら、もっとカッチカチに凍らせておきますね~!」


 こめかみに青筋を浮かべたスウィッシュに氷系魔術のおかわりを食らい、そのあまりの冷たさにギャレマスは悶絶する。


「す、スウィッシュ! も、もう良い! もう、十分すぎるくらいにカッチンカッチンだからぁはああっ!」

「もうっ! 紛らわしい顔しないで下さいよ!」


 悲鳴を上げるギャレマスを、頬を膨らませたスウィッシュが一喝した。

 そして、目尻に涙の粒を浮かべながら唇をぐっと結ぶと、微かに震えた声で続ける。


「もう……これ以上あたしに心配かけさせないで下さい……お願いですから……」

「う……うむ、分かった……。す、すまぬ、スウィッシュ……」


 泣き出しそうなスウィッシュを前に、オロオロと狼狽えるギャレマス。

 と、その時、


「こりゃ、ギャレの字ぃ!」

「痛いっ!」


 ヴァートスに尻を思い切り蹴り上げられたギャレマスが、悲鳴を上げながら跳び上がる。

 そんな彼にジト目を向けたヴァートスは、前方を指さしながら一喝した。


「ラブコメパートは、その辺にしておけい! そろそろあの()()を片付けんと、メインディッシュが戻って来てしまうぞい!」

「む……!」


 ヴァートスの一喝を聞いたギャレマスは、やにわに表情を引き締める。


「……そういえば、そうであった。もうそろそろ、ツカサが戻って来ても良い頃合いだな」


 ギャレマスは、そう独り言ちながら一歩前に足を踏み出した。

 と、


「――魔王!」


 ファミィが声をかけながら、彼の剥き出しになった背中にボロボロになったローブを投げかける。

 振り返ったギャレマスは、肩からずり落ちそうになったローブを押さえながら、ファミィに向かってニコリと微笑んだ。


「おお、済まぬな、ファミィ」

「か、勘違いするなよ、魔王!」


 穏やかな笑みを向けられたファミィは、僅かに頬を染めると、目を逸らしながら怒鳴った。


「わ、私はただ、これ以上お前の裸を見たくないだけであって、裸のままじゃ寒そうだからとかそういうアレでは……」

「……? 余は別に何も言っておらぬが……」


 何故かしどろもどろになっているファミィを見て、訝しげに首を傾げるギャレマス。

 と、


「ハイハイ陛下! あたしが前を締めて差し上げます!」


 何故かプリプリしながら前に進み出たスウィッシュが、乱暴な手つきでギャレマスにローブを着させようとする。


「え? あ、いや、自分で出来……い、痛っ! そ、それはボタンじゃなくて、余の胸のに……あ痛だだだだ!」

「……はい! 終わりましたっ!」


 スウィッシュは、胸の肉を思い切り(つね)り捩じられて悲鳴を上げるギャレマスを完無視しながら、さっさと彼にローブを着せ終わると、ぷいっとそっぽを向いて退がった。


「痛ちちち……」


 スウィッシュに抓られたあたりをローブの上から擦ったギャレマスは、痛みのあまり涙が浮いた目を瞬かせる。

 そして、訝しげに首を傾げながら、前へと向き直った。


「さて……待たせたな、マッツコー」


 と、イキビト二号の背中に体半分を隠すようにして立つマッツコーに向けて話しかけたギャレマスは、不敵な笑みを浮かべる。


()()()()()()()()()()()()?」

「……お見通しだったって訳?」


 ギャレマスの問いかけに、マッツコーはブスッとした顔をしながら、秘かにイキビト二号の背中に当てていた右手を離すと、理力の残滓で仄かに白く光ったままの掌をひらひらと振ってみせた。


「さっきの攻撃で枯渇したイキビト二号ちゃんの理力を、ワタシがこっそり治癒(ヒール)で補充してたのを」

舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)は大技で、かなりの理力を費やすからな。通常時ならともかく、瀕死の状態から回復したばかりで理力が満ちていない身では、一発放っただけで魂切(タマギ)れになるのは当然だ。――いかに“霹靂王”であろうともな」

「……ふん」


 マッツコーは、ギャレマスの言葉に、一瞬だけ憮然とした顔をするが、すぐにいつもの不敵な薄笑みを浮かべてみせる。


「……それは、アナタも同じでしょ? じゃなかったら、ワタシが治癒(ヒール)で理力を補充してる隙を衝いて攻撃を仕掛けないはずが無いものねぇ」

「……」

「そのお腹の傷も、単に氷で塞いで、痛覚も麻痺させてるだけ。根本的に治ってる訳じゃないから、時間が経てば氷が溶けて元通りよん。それに比べてこっちのイキビト二号ちゃんは、ワタシの過剰投与(オーバード―ス)で無傷に戻ってるからねん」


 そう言ってクスクスと嘲笑(わら)ったマッツコーは、「それに……」と更に言葉を継いだ。


「アナタがそこでおてんばちゃんといちゃついてる間に、イキビト二号ちゃんへの理力補充もほぼほぼ終わったわよん。もう、今のイキビト二号ちゃんは万全も万全よん。それに比べて、アナタの方は――」

「構わぬ」


 と、マッツコーの言葉を途中で遮ったギャレマスは、しっかりした足取りでイキビト二号たちへの距離を詰めていく。


「確かに、余の傷の状態は、お主の言う通りだ。――なら、最速でガシオ様を元居た冥府へ送って差し上げればよいだけの話」

「な……?」

「この傷は、その後に治してもらうさ」


 そう言うと、ギャレマスはマッツコーの顔を見据えながら、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「――マッツコー、他ならぬお主の治癒(ヒール)でな」

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