癒撥将とイキビト二号と治癒
「ちっ……!」
癒撥将マッツコーは、目の前に横たわる人の形をした消し炭に向けて右掌で治癒をかけながら、忌々しげに舌打ちした。
「さすが雷王ちゃんね……。ここまでこんがり灼かれちゃうと、どうしても治癒し切るのに時間がかかっちゃうわねん……」
そうぼやく彼だったが、その掌の先に横たわるイキビト二号の黒焦げになった身体の回復は着実に進んでおり、早くも炭化した皮膚の再生が始まっている。
雷に打たれる前に、ギャレマスの放った真空の刃によって肘から斬り飛ばされた右腕の処置も既に終わっており、先ほど切断されたとは思えないほど綺麗にくっついていた。
それでも――、
「……イキビト二号ちゃんが完全に元の姿に戻るまでは、早くても六・七分……皮膚の回復は後回しにして、取り敢えずでも動かせるようになるまででも、あと三分ほどってところかしらん……」
そう呟いたマッツコーは、彼にしては珍しく焦燥の表情を露わにしながら、チラリと背後を振り返る。
振り返った彼の目に、イキビト二号と同じように石床の上に横たわったギャレマスと、彼を取り巻くスウィッシュたちの姿が映った。
重傷のギャレマスはもちろん、スウィッシュたちもマッツコーの方を顧みる余裕は無いようで、ただただ不安そうな表情を魔王に向けている。
それを確認したマッツコーは、ニヤリとほくそ笑んだ。
「……どうやら、雷王ちゃんの具合は、あんまり宜しくないみたいねん。雷王ちゃんのゆかいな仲間ちゃんたちが、治癒中のワタシに攻撃をかける事も忘れちゃうくらいに」
そう呟いたマッツコーは、正面に向き直ると、
「――あの様子なら、もう奥の手を準備しておく必要は無さそうよねん。だったら、余力を全て治癒の方に注いじゃいましょうかね……」
と、独り言ちながら、目の前に横たわるイキビト二号の身体に、空けていた左掌も翳す。
すると、両手を同時に翳した事で、イキビト二号にかけている治癒の効果も二倍になり、回復のスピードが目に見えて上がった。
「ふふ……」
治癒の仄白い光に照らし出され、みるみる内に消し炭から人の姿へと戻っていくイキビト二号を見下ろしながら、マッツコーは低い笑い声を上げる。
「この分なら、あと二・三分で完全回復ってところねん。そうしたら、今度こそ雷王ちゃんの息の根を止めてあげて……」
「――ぐうっ! が……がああ……っ!」
マッツコーの呟きを遮るように、背中の方から苦悶の叫び声が上がった。
ギャレマスの苦悶の声に、彼に呼びかける仲間たちの叫び声が重なる。
「ぐっ……んん……はぁうっ……!」
「こりゃ、ギャレの字! 頑張らんかい!」
「き……気をしっかり持つんだ、魔王!」
「王……踏ん張れ!」
「……うふふ」
マッツコーは、背後から絶えず上がる絶叫に愉悦に満ちた嗤い声を漏らしながら、チラリと振り返った。
――アルトゥーやヴァートスらの背中に隠れて、ギャレマスの姿こそ見えないものの、彼が激痛に苦しんでいるのは、その苦しげな叫び声からも明らかだ。
「可哀そうな雷王ちゃん。よっぽど傷が痛いみたいねん」
マッツコーは、そう独り言ちてギャレマスの事を哀れむと、口の端を三日月の形に吊り上げた。
「……まあ、安心なさいな。ワタシがすぐに痛みから永久に解放してあげるから。――そして、雷王ちゃんは、ワタシの新しいコレクションになるの……新しいイキビトちゃんとしてねん。いっぱい可愛がってあげるからねん――ウフフ」
そう嬉しげに呟きながら、マッツコーは更に両掌へ理力を集中させる。
――そして、
『……』
横たわっていたイキビト二号が、ムクリと上半身を起こした。
その身に纏う葬衣は、プラズマによる高熱でボロ雑巾のようになっているものの、その下の生身は完全に回復していて、ついさっきまで真っ黒に炭化し切っていたとはとても思えない。
そんな彼の姿を見たマッツコーは、満足げに頷いた。
「うん……すっかり元通りに直ったわねん」
『……』
マッツコーの言葉にも何ら反応を示さないまま、イキビト二号はゆっくりと立ち上がる。
そして、仲間たちに囲まれて、相変わらず石床の上に横たわったままのギャレマスに白濁した瞳を向けた。
「さあ……」
マッツコーは、そんなイキビト二号の、露わになった広い背中に軽く手を置くと、その耳元に口を寄せて囁きかける。
「お目覚め早々で悪いけど、一仕事してちょうだい。――あそこで呑気に寝てる雷王ちゃんと、ついでに取り巻きのお仲間ちゃんたちを、まとめて消し炭に変えてあげるのよん」
『……イカヅチアレ』
「……ふふ、いいコねん」
マッツコーは、彼の命令に応じるように手を打ち合わせたイキビト二号に微笑みかけると、その背中を掌で強く打ち、発動する呪術の巻き添えを食わないよう、素早く跳び退いた。
その直後、イキビト二号は打ち合わせた両手を前に突き出す。
『ブ・ラークサン・ダー』
抑揚の無い声と共に、イキビト二号の掌の力場から解き放たれた稲妻が、絡まり合いながらギャレマス目がけて飛んでいく。
「――さよなら、雷王ちゃん」
それを眺めながら、マッツコーが感慨を込めて呟いた――その時、
“パァンッ!”
唐突に、甲高い音が呪祭拝堂に響き渡った。
――その次の瞬間、
「――降雷防壁呪術ッ!」
高らかに詠唱の声が上がると同時に、眩い光が立て続けに呪祭拝堂の天井を突き破って降り落ちてきて、瞬時に分厚い雷の壁を創り出す。
イキビト二号が放った舞烙魔雷術は、その雷の壁に行く手を阻まれ、激しい光と音を発した後に、雷の壁と相討ちになるように消え去った。
「な……っ?」
それを目の当たりにしたマッツコーは、強大な雷同士の激しい衝突で発生した衝撃風に長髪を煽られながら、驚愕で言葉を失う。
「な……何で? 雷王ちゃんは、起き上がれないほどの重傷を負っていて、ワタシの治癒みたいな回復手段も無いはず……なのに……!」
「ハーッハッハッハッハッ……ご、ゴホンゲフンガハン!」
マッツコーが呆然としながら呟いた声に被せるように、夥しい土煙が舞う中で上がった馬鹿笑いは、すぐに激しい咳に変わった。
……そして、吹き荒ぶ風に巻き上げられた土埃がようやく収まり、その中から姿を現したのは――、
「……雷王ちゃん……っ!」
「ふぅ……もう少し攻撃が早かったら、望み通りに余の命を奪えたかもしれぬが……マッツコー、残念だったな」
驚きを隠せぬ様子のマッツコーに、上半身裸の姿で立つギャレマスは、埃が入った目を擦りながら、淡々とした口調で言った。
そんな彼が左手で押さえている右脇腹を指さしながら、マッツコーは声を荒げる。
「あ、アナタ……お腹に大穴を開けて昏倒してたはずなのに……何でッ?」
「それはな――」
ギャレマスは、そう言いながら脇腹を押さえていた左手をゆっくりと退かし、脇腹の傷を覆うように張り付いた氷塊をマッツコーに見せると、したり顔で笑ってみせた。
「空いた傷口を塞いだのだ。――スウィッシュの氷系魔術で凍らせてな!」
 




