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魔王と氷牙将と傷口

 「舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)――ッ!」


 と、ギャレマスが高らかに上げた詠唱と共に解き放たれた雷撃は、空中で幾重にも撚り合いながら、地上のイキビト二号を襲った。


『――――ッ!』


 強烈な雷撃を脳天から浴びたイキビト二号が、青白いプラズマに灼かれながら、全身を激しく痙攣させる。

 白濁した目をカッと見開き、喘ぐように口を大きく開いたその顔は、魂が入っていないイキビトにもかかわらず、まるで苦悶と苦痛に喘いでいるかのように見えた。

 雷に打たれたその身体は、その高熱によってみるみる焼け焦げて、炭化していく。

 ……だが、それでもイキビト二号は斃れなかった。


『……ッ!』


 イキビト二号は、雷に打たれたままおもむろに身を屈めると、足下に転がる拳大の瓦礫を左手で取る。

 そして、大きく振りかぶると、上空のギャレマス目がけて、渾身の力で投げつけた。


「くっ!」


 思わぬイキビト二号の反撃に虚を衝かれたギャレマスは、咄嗟に身体を捻り、うなりを上げて飛来してきた瓦礫をすんでのところで避けたものの、滞空する為に大きく広げていた黒翼に被弾してしまう。


「ぐうっ……!」


 強い衝撃と激痛に顔を歪め、苦悶の声を上げるギャレマス。

 彼は、瓦礫の直撃で黒翼に大穴が開いたせいで滞空できるだけの揚力を喪い、空中で体の平衡を大きく崩した。


「……っ!」


 そのまま、なす術もなく落下していくギャレマス。このままでは、硬い石床に頭を打ちつけてしまう……!

 ――と、その時、


「陛下――っ!」


 絶叫と共に空中に飛び立ったひとつの影が、落下するギャレマスの身体を空中でしっかりと受け止めた。


「陛下ッ! 大丈夫ですかッ?」

「す、スウィッシュか……!」


 ギャレマスは、自分の身体を抱きかかえる蒼髪の娘の顔を見上げながら、驚き混じりの声を漏らす。

 スウィッシュは、背中に展開した氷の翼で空中を滑るように翔びながら、主の顔を見下ろし、安堵の息を吐いた。


「良かった……急に落下なさったから、深手を負って意識を失われたのかと……」

「あ、あぁ……心配をかけてすまぬ」


 ギャレマスは、スウィッシュの言葉に小さく頷く。


「どうやら……翼に直撃を食らってしまったらしい。大丈夫だ。体の方はすんでのところで避けたゆ――」


 そこまで言ったところで、ギャレマスは大きく顔を顰め、左手を右脇腹に当てる。


「ぐ……っ!」


 歯を食い縛りながら、苦しそうな呻き声を漏らすギャレマス。脇腹を押さえた指の間から、赤い鮮血が溢れ、ぽたぽたと滴り落ちる。


「くっ……! 先ほど、祖父上(おおじうえ)に貫かれた傷が……思いのほか深かったようだ……」

「へ、陛下……!」


 スウィッシュは、苦しげに浅い息を吐くギャレマスの様子に狼狽えながら、声を上ずらせた。

 彼女の動揺は、その背中に生えた氷翼への理力供給を滞らせる。

 そのせいで脆くなった氷翼には無数のヒビが入り――次の瞬間、乾いた音を立てて粉々に砕け散ってしまった。


「――キャアッ!」

「……!」


 翼を喪ったスウィッシュとギャレマスは、そのまま落下する。


「――スウィッシュ!」


 ギャレマスは、落下しながらスウィッシュの頭を胸に掻き抱くと、背中を地面の方に向けた。

 次の瞬間、地上に落下したふたりの身体は、塵埃を舞い上げながら石床の上を滑り、瓦礫の山にぶつかってようやく止まる。


「痛たたた……」


 強かに打ちつけた背中の痛みに顔を顰めたギャレマスは、胸の上に乗るスウィッシュに慌てて声をかけた。


「――おい、スウィッシュ、無事かっ? ケガなど無いか?」

「は……はいぃ……」


 ギャレマスの呼びかけに、スウィッシュは力無い声で応える。

 彼女の目がグルグルと回っているのを見て、ギャレマスは顔を曇らせた。


「いかん……! 頭を強く打って、脳震盪でも起こしたか……?」

「あ……い、いえ、そうじゃないです……」


 スウィッシュは、ギャレマスの言葉にフルフルと(かぶり)を振る。

 それから、彼の胸に深く顔を押し付けると、にへらあと締まりの無い笑みを浮かべた。


「うへへ……陛下とこんなに密着……陛下の身体、(あった)かいぃ……うひひ……」

「……へ、平気そうだな、ウン」


 至福の表情のスウィッシュに、口元を引き攣らせながらコクコクと頷くギャレマス。

 ――と、


「く……痛つつ……!」

「……あっ!」


 ギャレマスが上げた苦しそうな呻き声でようやく我に返ったスウィッシュは、慌てて跳ね起きる。

 彼女は、血に塗れた彼の右脇腹の状態を見るや、その顔を青ざめさせた。


「出血がひどい……どうしよう……」

「魔王、スウィッシュ!」

「ふたりとも、大丈夫かっ?」


 力無く横たわるギャレマスと、その傍らで狼狽えるスウィッシュの元に、ファミィたちが駆けつける。


「……見せてみろ」


 スウィッシュの肩をそっと押して退かしたアルトゥーが、ギャレマスの着ていたローブを脱がせて上半身を露わにし、右脇腹の傷を慎重に検めた。

 そして、ホッとした表情を浮かべて、心配顔のファミィとスウィッシュに頷く。


「……大丈夫だ。あ、いや、そこまで大丈夫でも無いのだが……」

「え……? へ、陛下は大丈夫なのか大丈夫じゃないか、どっちなのよ、アル!」

「つまりだな……」


 アルトゥーは、手早くギャレマスに止血処置を施しながら、焦れた様子のスウィッシュが上げた問いかけの声に答える。


「紙一重のところで肝臓は無事のようだから、今すぐ失血死する事は無い。……と言っても、どこかの血管が傷ついているようだから、激しく動くのは厳禁だがな」

「そ……っか……」


 アルトゥーの言葉を聞いて、スウィッシュはへなへなと腰を落とした。

 その傍らで、ファミィも安堵の息を吐く。


「ひとまずは安心といったところか……」

「――全然安心なんかじゃありませんことよッ!」


 ファミィの言葉にヒステリックな声を上げたのは、エラルティスだった。


「激しく動くのは厳禁って……じゃあ、そこの戦闘力だけが取り柄の魔王(能無し)は、もう戦闘には使えないって事じゃないですのッ?」

「ま、まあ……そういう事になるな」

「だったらっ!」


 そう声を荒げたエラルティスは、引き攣った表情で二十エイムほど離れた場所で屈み込んでいるマッツコーの背中を指さし、上ずった声で続ける。


「あの元魔王(クソゾンビ)の相手は誰がするというのですかッ? 断じて認めたくはないですけど、あの元魔王とやらと対等に()り合えるのは、このロートル魔王しか居ないんですのよッ!」

「え……で、でも、あの二人目の死体人形(ゾンビ)は、さっき陛下が放った舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)で真っ黒焦げに――」

「……どうやら、足りんかったようじゃのう」


 スウィッシュの反論に浮かぬ顔で答えたのは、ヴァートスだった。

 彼は、こちらに背を向けて屈み込むマッツコーの手元を照らす青白い光を見つめながら、言葉を継ぐ。


「今……あのオカマは、死体人形(ゾンビ)治癒(ヒール)を施しておるようじゃ。どうやら、さっきギャレマスがやったように、細切れにした上で焼き尽くすくらいせん限りは、過剰投与(オーバード―ス)天啓(ギフト)で回復可能らしいのう……」

「そんな……」


 ヴァートスの言葉を聞いて絶句するスウィッシュ。

 ファミィは、ぐったりと横たわるギャレマスを一瞥してから、皆の顔を見回して言った。


「そうなると……何としてでも、魔王を回復させなければならないが……この中で、回復術を持つ者はいるか?」

「……ごめん」


 ファミィの問いかけに、スウィッシュは力無く項垂れる。

 それに続いて、ヴァートスも(かぶり)を振った。


「すまんのう。ワシの火の精霊術も、燃やす専門じゃ……」

「……己も、外科的処置はいくらか覚えがあるが、術に関しては……」


 自分の服の袖を裂いてギャレマスの傷口に宛がいながら、アルトゥーも表情を曇らせる。

 三人の答えを聞いたファミィも、唇を噛みながら指でバツを作った。

 と――四人の視線が、残りのひとりに一斉に集中する。


「「「「……」」」」

「……何ですの?」


 注目を一身に受けたエラルティスは、不機嫌を露わにした表情で、肩を竦めてみせた。


「何を期待してるのかは察しますけど、ご期待には沿えませんわよ?」

「しかし……エラルティス」


 にべもないエラルティスの態度に辟易としながら、おずおずとファミィが問いかける。


「お前は神官で、しかも聖女じゃないか? だったら、治癒の法術の一つや二つくらい――」

「あのねえ、ファミィさん」


 ファミィの言葉に、エラルティスはウンザリ顔で答えた。


「確かに、傷を癒す治癒の法術もありますわ。……でも、それはあくまで人間族(ヒューマー)に対してのもの。他の種族……特に魔族に対しても効くのかは、全くの未知数なんですの。何せ、『魔族を法術で治癒する』なんて馬鹿らしい事、今まで誰ひとりとして行わなかったんですから」

「あ……」

「まあ……」


 と、エラルティスは、指を組んでポキポキ鳴らしながら薄笑みを浮かべてみせる。


「今、ぶっつけ本番で試してみてもいいですけど、どういう結果になっても知りませんわよ。……もしかしたら、治癒どころか魔族の身体にとっての毒になった上に、わらわの“聖女”の天啓(ギフト)効果もプラスされて、魔王の息の根を止めてしまう結果になる可能性も――」

「だ、ダメッ!」


 エラルティスの言葉を聞いたスウィッシュが、顔面を蒼白にして、激しく(かぶり)を振る。

 ――と、その時、


「余に……考えがある」


 そう言いながら、ギャレマスがよろよろと身を起こした。

 と、その拍子に腹の傷が疼いたのか、彼は思わず顔を顰める。

 それを見たスウィッシュが、慌てて彼の身体を支えようとした。


「陛下……! ま、まだ体を動かしては――」

「大丈夫だ……問題無い」


 スウィッシュの言葉にそう答えたギャレマスは、青ざめた顔を左右に振る。

 ……と、そんな彼にヴァートスが尋ねた。


「のう、ギャレの字……今、お前さんが口にした『考えがある』とは、一体――」

「うむ……」


 ヴァートスの言葉に小さく頷いたギャレマスは――自分の身体を支えるスウィッシュの顔をジッと見据えると、静かな口調で頼んだ。


「すまぬが――スウィッシュよ。ひとつ、お主の力を貸してくれ」

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