魔王と逝人と攻防
「へ……陛下ァ――ッ!」
「ふふふ……」
目も眩むような強烈な光の中にスウィッシュの悲鳴が響き渡る中、マッツコーは口元に手を当てながら嗤い声を上げた。
「どうかしら、雷王ちゃん。伝説の“霹靂王”の雷撃のお味は? ……って、ひょっとして、もう雷に打たれて真っ黒焦げになっちゃったのかしらん?」
彼はそう言いながら、ようやく青白い雷のプラズマ光が衰えて、元の昏さを取り戻した呪祭拝堂の石壁に穿たれた巨大なクレーターに目を遣る。
そして、その顔に残念そうな表情を浮かべながら、軽く肩を竦めた。
「あらあら……出来れば、雷王ちゃんの死体は回収して、新しいイキビトちゃんにしてあげようと思ったのに。イキビト二号ちゃん……ひょっとして、雷王ちゃんの事、跡形も無く吹き飛ばしちゃった感じ?」
『……』
マッツコーの問いかけにも、イキビト二号は舞烙魔雷術を放った体勢のまま、何も応えない。
そんな彼の横顔を一瞥したマッツコーは、不意に巻き起こった一陣の風に煽られた長髪を手櫛で整えながら、苦笑を浮かべた。
「ま……訊いても応えるはずないわよねん。だって、イキビトちゃんはみんな、魂が入ってない空っぽの器なんですも――」
マッツコーの声は、そこで唐突に途切れる。
不意に動き出したイキビト二号が、横に立っていたマッツコーの身体を強引に押し退けたのだ。
「ヒャッ!」
と、色気のない悲鳴を上げながら、床の上に尻もちをついたマッツコーは、当惑しながらイキビト二号を怒鳴りつける。
「ちょ、ちょっとぉ! 木偶人形の分際で、いきなりワタシに何す――」
そこまで言いかけたところで、再びマッツコーの声は途切れた。
“ヒュウンッ”という甲高い風切り音が聴こえた次の瞬間に、イキビト二号が大きく体を仰け反らせたからだ。
『……っ』
「え――っ?」
無言のまま蹈鞴を踏んだイキビト二号の姿を見て、思わず息を呑むマッツコー。
そして、まるで巨大な礫弾が命中したかのように、彼の胸部が大きく凹んでいるのに気付くと、驚きで目を丸くする。
「こ、これは――雷王ちゃんっ? 一体、どこから――?」
「むう、些か浅かったか」
「――っ!」
悔しそうな声を耳にしたマッツコーは、慌てて声のした方――呪祭拝堂の天井を見上げた。
そして、巨大な黒翼を広げ、自分たちを空中から見下ろしている男のシルエットを視界に捉えた彼は、口惜しげに舌を打つ。
「そうか……イキビト二号ちゃんの雷の直撃を食らう直前に、上に逃げたって訳ねん」
「……そういう事だ」
身に纏うローブの裾と黒髪を激しく吹き荒ぶ風に靡かせながら、ギャレマスは眼下のマッツコーたちに向けて小さく頷いた。
――イキビト二号との舞烙魔雷術の撃ち合いに競り負けたギャレマスは、攻撃を食らう寸前に黒翼を展開し、石床に向けて上昇風壁呪術を放って、その上昇気流に乗って一気に飛び上がる事で、間一髪のところで雷撃の直撃を避けたのだった。
だが……まったくの無傷という訳でもなかった。
「痛ちちちち……」
と漏らしたギャレマスは、恐る恐るといった手つきで頭を擦りながら顰め面をする。
「咄嗟の事で加減を間違えた……。おかげで、勢い余って天井に頭をぶつけてしまったぞ……」
そうぼやいた彼だったが、「さて……」と呟くと、おもむろに表情を引き締めた。
そして、眼下のイキビト二号とマッツコーに鋭い目を向けながら、ゆっくりと両手を横に広げる。
「――では、今度はこちらから仕掛けさせてもらう! 雷あれッ!」
そう叫びながら、ギャレマスは激しく掌を打ち合わせ、素早く離した。
「舞烙魔雷術ッ!」
詠唱と同時に下に向けられた掌から放たれた数条の稲妻が絡み合った末に一本の太く撚り合された雷柱となり、眼下のイキビト二号目がけて降ってくる。
それを見るや、イキビト二号も素早く両掌を打ち合わせた。
『イカヅチアレ――ラ・イガーボ・ム』
詠唱と共に、イキビト二号の掌が、濃密な稲妻で分厚くコーティングされる。
そして彼は、帯電したプラズマ光によって青白く光る掌底を、自分目がけて落ちてくるギャレマスの雷撃に向けて素早く打ち込んだ。
“バチチチチチチチチィッ!”
二つの形状の異なる雷が激突し、先ほど以上に凄まじい光と音が上がる。
「……ィッ!」
イキビト二号のすぐ後ろで尻もちをついていたマッツコーは、さすがに身の危険を感じ、頭を抱えて背を丸めた。
――と、
『……』
無言のまま、イキビト二号が掌底を打った右腕を大きく横へ払った。
それによって軌道を逸らされたギャレマスの雷撃がイキビト二号から十数歩ほど離れた位置に落ち、堅い石床を粉々に打ち砕く。
と――、
“ピィィィィィ……ッ!”
不意にどこからか笛のような甲高い音が鳴り響いた――次の瞬間、
『……っ』
舞烙魔雷術を弾いたイキビト二号の右腕が、肘の上あたりからスッパリと切断され、“ボトリ”という生々しい音を立てて、彼の足下に落ちた。
「な……っ?」
魂の無いイキビト二号の代わりのように驚きの声を上げたのは、マッツコーである。
「いつの間に……って、そうか――!」
一瞬、状況の理解が出来ずに取り乱しかけたマッツコーだったが、すぐにハッとした顔になり、ギリリと唇を噛んだ。
「さっきの舞烙魔雷術はただの囮で、本命の攻撃は今の――真空波の風系呪術による腕部切断だったってコト……ッ?」
「左様」
珍しく余裕のないマッツコーの声に、滞空するギャレマスは、再び両手を打ち合わせながら頷く。
そして、右腕を失って立ち尽くすイキビト二号に憐憫の籠もった視線を向けながら、静かに言葉を紡いだ。
「そして……これが、ガシオ様への最後の一撃となる――」
「最後ですって?」
ギャレマスの言葉に、マッツコーは鼻で嗤った。
「何をもう勝った気でいるのかしらねん? ぶっちゃけ、イキビト二号ちゃん――“霹靂王”ガシオ・ギャレマスちゃんの雷系呪術の威力と精度は、アナタよりも上よん? まだ、勝利を確信するのは早漏……もとい、尚早じゃなくって?」
「……ガシオ様と余、どちらの雷系呪術が優れているかなど、もう関係無い」
と、マッツコーの反論に軽く頭を振ったギャレマスは、「なぜなら――」と言葉を継ぐ。
「なぜなら――ガシオ様は、もう雷系呪術を撃つ事が出来ぬからな」
「えッ……?」
ギャレマスの言葉の意味を測りかね、一瞬キョトンとするマッツコーだったが、すぐにハッとしてイキビト二号の足下を凝視した。
「う、腕か……っ」
「左様」
マッツコーの上ずった声に首肯したギャレマスは、合わせた両手に目を落とし、更に言葉を続ける。
「雷系呪術は、このように両手を打ち合わせる手順が欠かせぬ。――だが、片腕を喪ってしまった今のガシオ様では、それは不可能」
「く……!」
「――如何に優れた雷系呪術の遣い手だろうが、こうなってしまってはどうしようもない」
そう言うと、彼は合わせていた掌をゆっくりと離した。
開いていく両掌の間で暴れ回る無数の小稲妻に照らし出されたギャレマスの金色の目には、冷たい光が宿っている。
ギャレマスは、その冷たい目でイキビト二号の事を一瞥しながら、結論を淡々とした声で告げた。
「よって――この戦いは、余の勝ちだ」




