魔王と猛攻と猛虎
ギャレマスは、自分を挟むように位置取ったふたりのイキビトに向けるように左右の腕を横に伸ばし、パチンと指を鳴らした。
「――颱呪風術!」
彼が高らかに上げた詠唱と共に巻き起こったふたつの竜巻が、床に散らばった瓦礫を巻き上げながら、それぞれのイキビトに向けて襲いかかる。
『……イカズチアレ』
迫り来る竜巻を前にしたイキビト一号は、頚椎が折れた首をだらんと胸に垂れ下げたままで、両手を強く打ち合わせた。
『イカズチアレ』
一方のイキビト二号は、マッツコーを庇うように一歩前に出ると、同じく両手を打ち合わせる。
『ブ・ラークサン・ダー……』
『ダ・メダコ・リャー……』
だが、ふたりのイキビトが唱えた詠唱は、別々のものだった。
イキビト二号は、降雷防壁呪術の雷壁を展開して竜巻を食い止め、イキビト一号は、舞烙魔雷術の雷撃で竜巻を撃ち散らす。
その雷撃は、颱呪風術を迎え撃った後も勢いを止めず、竜巻の延長線上に立つギャレマスを捉えんとす。
「……その攻撃は読んでいるッ!」
自分目がけて飛来する稲妻の束を前にそう叫んだギャレマスは、即座に背中の黒翼を展開し、大きく羽ばたかせた。
イキビト一号の雷撃は、一瞬早く真上へ飛び立った獲物を捉え損ね、ギャレマスの爪先すれすれを虚しく通過する。
そして、その先端は勢いを緩めぬまま、イキビト二号が展開した降雷防壁呪術の雷壁に衝突した。
バチバチ! バリバリバリッ!
雷撃と雷壁がぶつかった瞬間、耳を劈くような高音を立てながら、青白いスパーク光が薄暗い呪祭拝堂の内部を昼の日光よりも明るく照らし出す。
「……上手いな」
あまりのスパーク光の眩しさに目を眇めながら、ファミィが感嘆の声を漏らした。
「一号の方が防御と攻撃を兼ねた雷撃を放つ事を見越した上で、その攻撃を躱せば二号に直撃するよう、わざとあの位置に自分の身体を置いたんだ。さすが魔王……」
「……フン、相変わらず、悪知恵だけは回りますわねぇ。セコくて姑息、さすが魔王超姑息」
ファミィの言葉を聞いて、エラルティスは露骨に顔を顰める。
と――次の瞬間、
歴代の魔王の中でも特に雷系呪術を操る事に長けていたと言い伝えられる“霹靂王”が張った降雷防壁呪術の雷壁も、先々代魔王の舞烙魔雷術と、複数属性持ちの現魔王が放った颱呪風術を同時に受け耐える事は出来ず、打ち破られた。
雷の壁を突破した竜巻と撚り合わさった稲妻の束が、イキビト二号とマッツコーを襲う。
「っ……!」
『イカズチアレ――スタ・ンガ・ン』
目の前に迫った眩い雷撃を前にしたマッツコーが、引き攣らせながら顔を背ける一方で、その前に立ったイキビト二号は、握った右拳を激しく左掌に打ちつけた。
そして、薄雷手甲拳撃呪術で瞬時に雷でコーティングさせた右拳で、イキビト一号の舞烙魔雷術を殴り飛ばす。――先ほど黒翼を広げて飛び上がったギャレマスを狙って。
「む……!」
イキビト二号が跳ね返した舞烙魔雷術が自分目がけて飛んでくるのを見たギャレマスは、すかさず右手の指を鳴らす。
「真空刃剣呪術ッ!」
ギャレマスは、瞬時に創造した蒼く光る真空の大剣を握るや、真横に振り払った。
その鋭い斬撃によって、撚り合わさった雷撃の束は真っ二つに切り裂かれる。
――と、その時、
『エ・レパ・レス』
ギャレマスに続いて翼を広げて飛び上がっていたイキビト一号が、穿刺雷槍呪術で創り出した雷の長槍をギャレマス目がけて次々と繰り出した。
「くっ!」
ギャレマスは、イキビト一号が放つ刺突を真空の大剣で捌く。
と、その時、
「っ!」
イキビト二号が死角と不意を衝くようにして放った巨大な雷球が飛来してくるのに気付いたギャレマスは、咄嗟に身体を捻って紙一重で躱した。
――だが、そのせいで、ギャレマスは空中で大きくバランスを崩す。
イキビト一号はその隙を見逃さなかった。
彼は、先ほどに倍する手数で、ギャレマス目がけて雷槍を繰り出す。
「……ッ!」
次の瞬間、ギャレマスの顔が苦痛で歪んだ。
イキビト一号が放った雷長槍の穂が、彼の脇腹を刺し貫いたからだ。
「くっ……」
「へ――陛下ああぁっ!」
下から戦況を見上げていたスウィッシュが、串刺しになったギャレマスの姿を見て、悲鳴混じりの絶叫を上げる。
――と、
「……ふ」
脇腹に深々と雷長槍を突き刺されたままにもかかわらず、ギャレマスは口元を緩めた。
彼は、腹筋に渾身の力を込めながら、左手をまっすぐ伸ばし、目の前のイキビト一号の胸元に向ける。
「案ずるでない、スウィッシュよ……。これもまた、計算通り」
「……えっ?」
スウィッシュは、ギャレマスが発した言葉の意味を計り兼ね、唖然とした表情を浮かべた。
一方のイキビト一号も、ギャレマスが浮かべた不敵な笑みを目の当たりにして本能的に危険を感じたのか、彼の脇腹を刺し貫いた雷の長槍を引き戻そうとする。……だが、ギャレマスがそうさせじと腹筋に力を込めている上に槍の穂に返しが付いているせいで、突き刺さった槍は容易に抜けない。
イキビト一号の無表情に、僅かながらも焦燥が滲んだ。
「……!」
「ふふ……」
ギャレマスは、そんなイキビト一号を見ながら、激痛で額から脂汗を噴き出しながら忍び笑いを漏らし、両手をゆっくりと前――イキビト一号の方へと伸ばした。
そして、死体人形に成り果てた己の祖父に哀れむような視線を向けながら、静かな声で語りかける。
「……祖父上、今楽にして進ぜる。あの世に戻り、心安らかにお過ごし下され」
彼はそう言うと、両手の指を高らかに鳴らした。
「――真空方網細断呪術!」
彼が唱和すると同時に、縦に十二波・横に十一波の格子状に並んだ真空波が創り出され、イキビト一号の身体を文字通り縦横に切り刻んだ。
そして――イキビト一号の身体は、一瞬にして合計百三十二個のサイコロステーキと化したのだった――!
今回のサブタイトルが、なぜ『魔王と猛攻と猛虎』なのかは……“真空方網細断呪術”でお察し下さい(小声)。
なお、“132”。(132=33×4)
――なんでや阪神関係無いやろ!
(阪神タイガース様、日本一おめでとうございます)
 




