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魔王と気持ちと返事

 「さて……それでは下がっておれ、スウィッシュ」


 ギャレマスは、そう告げると、スウィッシュの肩を優しく押して、ヴァートスたちの方に向かうよう促す。


「へ、陛下……」


 スウィッシュは、相変わらず不安そうな表情を浮かべるが、その気持ちを変える事は難しい事を悟って、それ以上彼を止めようとはしなかった。

 その代わり、涙をいっぱいに溜めた紫瞳でギャレマスの顔を見つめながら、大きく頷く。


「陛下……どうか、ご武運を!」

「応!」


 スウィッシュにかけられた激励の言葉に、ギャレマスは微笑みを浮かべながら力強く頷き返した。

 そして、轟音を上げながら渦を巻く竜巻を巧みに操りながら、背中越しに告げる。


「まあ、安心して見ておれ。元魔王の二人程度、ツカサが戻ってくる前に片をつけてやろうぞ!」

「――陛下! もうひとつ!」


 だが、スウィッシュは、ビシッとキメたギャレマスの背中に再び声をかけた。

 カッコよくキメ台詞でビシッと締めたつもりだったギャレマスは、少し訝しげな顔をしながら振り返る。


「……なんだ、もうひとつとは? まだ何か――」

「――すべてが終わったら、聞かせて下さいっ!」


 スウィッシュは、怪訝そうに訊き返したギャレマスの顔をまっすぐに見据えながら、凛とした声で叫んだ。


「あの時の……半人族(ハーフヒューマー)の村で、あたしが告げた気持ちに対する、陛下のお返事を!」

「ふ……ふえぇっ?」


 ギャレマスは、スウィッシュの絶叫に、思わず身を仰け反らせる。


「へ……返事……あ、あの時の……」


 と、うわ言のようにブツブツと呟きながら、彼は落ち着かない様子で目を四方八方に泳がせ、額から冷や汗をダラダラと垂らし始めた。


「え、ええと……そ、それは……あの……その件については……」

「……まさか、この期に及んであやふやにして、無かった事にしようだなんて思ってないですよね?」

「う……」


 さっきまでとは打って変わった冷たい瞳を向けてくるスウィッシュを前に、魔王は先ほどまでの威勢が嘘のようにオロオロする。


「け、決して、無かった事にしようとは……だ、だが……その件は、色々と考慮せねばならぬ点があって、どう答えるべきか判断するのが非常に難しい問題であり、回答には慎重を期さねばならぬものであって……その……」

「……あの日から、もう三週間くらい経っているはずですけど、まだ答えるのに時間がかかるんですか?」

「うぐ……」

「確かに、あたしの告白にも応えないままトンズラこいた後に色々あったのかもしれませんが、さすがにあの事について全然何も考えてなかった訳じゃないですよね?」

「う……そ、それは……」


 スウィッシュの口から出た、怜悧な刃物のような詰問に、ギャレマスは魔王の威厳もへったくれもない様子でタジタジとなった。

 と、


「ヒョッヒョッヒョッ! ギャレの字よ、これはいよいよ年貢の納め時じゃのぉ!」


 いかにも愉快げな声で、茶化すようにギャレマスへ声をかけたのは、ヴァートスだ。

 彼は、顎髭をしごきつつ、ニヤニヤと笑いながらギャレマスに言う。


「なーにが『回答には慎重を期さねばならぬもの』じゃ! そんなモン、『好き』か『嫌い』かの二択しか無いじゃろうが! それしきの事を答えるのに、いつまで判断に時間をかける気じゃ? もういい年こいた子持ちオヤジのクセに、マインドは未だに芋キャ中二男子かオノレは!」

「まったく……ヴァートス様の言う通りだぞ、魔王」


 ヴァートスに続いて呆れ声を上げたのは、ファミィだった。


「一体、何を迷っているのか……? お前の気持ちなど、結構前の段階から、傍で見てるだけでバレバレだったぞ。だから、さっさと素直になってしまえ」

「……同感だな、王よ」


 そう言って、ファミィの隣で深く頷いたのは、アルトゥーである。


「以前……王が(おれ)に言った言葉をそのまま返すぞ。――“王の臣下(おれ)たちは、互いに愛し合っている男女の仲を裂くほど、無粋でも狭量でもない”。だから……安心して、自らの心に正直になる事だ」

「そ……そうは言っても……」


 アルトゥーの言葉に、ギャレマスは困惑と当惑が綯い交ぜになった表情を浮かべた。

 その時、


 “カーンッ!”


 唐突に、何か固いものがぶつかったような、鋭く甲高い音が辺りに響いた。


「……まったく、イライラさせられますわねぇ」


 それは、エラルティスが石床に聖杖の石突を思い切り叩きつけた音だった。

 エラルティスは、石床に突き立てた聖杖を握りしめ、その顔に露骨なウンザリ顔を浮かべながら、吐き捨てるように言い捨てる。


「大体の事情は、今までの話の流れで察しましたわ。……まったく、魔王のクセに、とんだ魂無(タマな)しですこと」

「……」

「よりにもよって、そんなヘタレクソ中年魔王なんかに惚れてしまうなんて……さすがに、わらわもそこの氷魔族女には同情を禁じえませんわ。そのお胸の慎ましさっぷりだけでも充分に不幸なのに……」

「おいゴラ! 前半はともかく、なんでそこで胸の話が出てくんのよッ! あたしの胸は、今の話には関係無いでしょうがぁっ!」

「あら? そうとも言い切れないんじゃなくって? 貴女のお胸がもっと豊満だったら、そこのクソチキンヘタレ魔王も簡単に悩殺でき(オトせ)たかもしれませんのにねぇ?」

「そ、そんな事無いもんっ! だ、だって……陛下は貧乳派だって、この前サリア様が教えてくれたもんッ!」

「ちょ……ちょっと、いきなり何を言っておるのだ、スウィッシュさんんんッ?」


 不意討ちで自分の性癖を暴露されたギャレマスは、慌てて声を荒げ、


「……と、というか……余のあずかり知らぬ間に、スウィッシュに何て事を吹き込んでいるのだ、サリアの奴……」


 とボヤきつつ、口の端を引き攣らせながら頭を抱えるのだった……。

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