魔王と元魔王たちと勝算
「お……お主……本当にギャレの字か……?」
「ま、魔王……? い、生きている……だって?」
ヴァートスとファミィは呆然とした顔で、目の前に立つ魔王ギャレマスの姿を見上げる。
そんなふたりににこやかな笑みを向けながら、ギャレマスは機先を制して言った。
「――あ、念の為に言うておくが、余はあそこの祖父上のような、マッツコーの創り出した“イキビト”とやらではないぞ。ちゃんと生きておるからな。そのあたり、勘違いするなよ」
「「……」」
冗談めかしたギャレマスの言葉を聞いて、訝しげに顔を見合わせるヴァートスとファミィ。
ふたりは、もう一度魔王の姿を頭の上から爪先まで丹念に観察し――その次の瞬間、
「「――フンッ!」」
息を合わせたように足を振り上げ、ギャレマスの左右の向う脛を思い切り蹴り上げる。
「あ痛ぁいっ!」
破裂したような打撃音が二つ鳴ると同時に、ギャレマスの悲鳴が上がった。
その場にしゃがみ込み、蹴り上げられた両脚の向う脛をこわごわと擦りながら、ギャレマスは涙目でふたりのエルフを見る。
「い……いきなり何をするのだ、ふたりとも……?」
「いやぁ……てっきり、死体人形じゃないのなら、幽霊じゃないかと思ったんじゃ。じゃから、その脚が幻かどうか確認してみたんじゃが」
「い、いや! それなら、もうちょっと普通の方法で確かめぬか! 何で全力ローキックッ?」
ギャレマスは、ニヤニヤ笑っているヴァートスに恨めしげな声で怒鳴ると、今度はファミィの顔に目を向けた。
「ふぁ、ファミィよ……お主も、ヴァートス殿と同じか?」
「……いや」
魔王の問いかけに、ファミィは無表情で首を横に振る。
「私は……単純に、今のお前のドヤ顔がなんかムカついたから……」
「ちょ、ファミィィっ?」
ファミィの答えに愕然とするギャレマス。
そんな彼を見ながら、ヴァートスは深く頷いた。
「ふむ……先ほどの手応えと、今のお主の反応――どうやら幻や幽霊の類でもなく、ちゃあんと生きておる本物のギャレの字のようじゃの」
「いや……だから最初からそう申しておろうが……」
頷くヴァートスに、辟易顔で抗議の声を上げたギャレマスは、痛む向う脛を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
そして、ヴァートスとファミィの顔を順番に見回しながら、真面目な顔になった。
「……とにかく、あいつらは余が引き受ける。ヴァートス殿たちも、スウィッシュたちと共にそこでゆっくり休んで、減った理力の回復に努めてくれ。ツカサが戻って来たら、再び皆の力を借り受けたいゆえ、な」
「……え?」
「な……?」
「へ、陛下ッ?」
ギャレマスの言葉を聞いたヴァートスたちは、思わず驚きの声を上げる。
その中でも一番心配そうな顔をしたのは、スウィッシュだった。
彼女は、血相を変えてギャレマスのローブの裾を掴むと、懇願するように叫ぶ。
「陛下! あたしも陛下と一緒に戦います!」
「……いや、ダメだ」
ギャレマスは、スウィッシュの言葉に一瞬気圧されながらも、キッパリと首を横に振った。
「今申したであろう? お主らは、今までの戦いで疲弊しておる。今のうちに出来るだけ理力を整え、次の戦いに備えるのだ」
「で、でも……!」
スウィッシュは、青ざめた顔で、無表情で立ち尽くしているふたりの元魔王たちを指さした。
「だからといって、四天王のひとりであるマッツコー様と、彼が操るイキビトを二体もたったひとりで相手しようなんて、いくら何でも無謀が過ぎます! しかも……あの二体のイキビトは、あなたのご先祖様でもある元魔王たちなんですよ! いくら陛下がお強いと言っても危険です!」
「ほう……」
スウィッシュの諫言を聞いたギャレマスは、興味深げに顎髭を撫でる仕草をする。
「一人目の方は、我が祖父上・サトーシュ様である事は存じておったが、もうお一方も我が先祖のどなたかなのか……」
「……ガシオ・ギャレマス。二つ名は“霹靂王”だ」
「なんと……!」
スウィッシュに代わって答えたアルトゥーの声に、ギャレマスは僅かに驚きの表情を見せた。
「あの伝説の“霹靂王”ガシオ様か……! それはそれは――」
そう呟きながら目を丸くしたギャレマスは、しみじみとした口調で続ける。
「まさか……“魔王家最高の雷呪術遣い”であるガシオ様と戦える日が来ようとはな」
そう言ったギャレマスの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
「――実に腕が鳴る!」
「へ、陛下……ッ?」
ギャレマスの零した声を耳にしたスウィッシュが、唖然とした顔で訊き返す。
「う、腕が鳴るって、陛下……」
「まあ……女子のお主には解らぬかもしれぬな。今の余の気持ちは」
不安そうな表情を浮かべているスウィッシュに、ギャレマスは苦笑を向けた。
そして、彼女を安心させるかのように、その頬に手を当て、落ち着いた声で伝える。
「まあ、そう案ずるでない。確かに、元魔王をふたり相手取って戦うのは些か骨が折れるだろうが、決して後れを取るつもりは無い」
「で、でも……」
「それとも何か? 余の言葉だけでは信用できぬか?」
「い、いえっ! そんな事は……!」
試すようなギャレマスの言葉に、スウィッシュは慌てて頭を振った。
だが、その表情には、なお拭い切れぬ不安の色が浮かんでいる。
そんな彼女に、ギャレマスは穏やかな微笑みを見せながら言った。
「……何の論拠も無しに『後れを取るつもりは無い』と申してはおらぬ。キチンと勝算を見込んだ上での言葉だ」
「勝算……?」
「ああ」
訊き返したスウィッシュに小さく頷いたギャレマスは、おもむろに腕を伸ばし「それはな……」と言いながら、パチンと指を鳴らす。
そして、瞬時に渦を巻いて天高く噴き上がった猛烈な竜巻を従えながら、雄々しく吠えた。
「余は、雷系呪術だけではなく、風系呪術も操れる複数属性持ちだ! これこそが、我が勝算であるぞ!」




