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降雷防壁呪術と人影と正体

 「――降雷防壁呪術(ダ・メダコ・リャー)ッ!」


 そう、高らかに紡がれた詠唱の声と同時に、呪祭拝堂(ナーム)の分厚い天井を突き破って降って来た帯状の雷が、ツカサが跳ね返した四条の舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)とスウィッシュの間に、分厚い壁となって立ちはだかった。

 大地を震わせるような轟音を上げて激突する舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)の尖雷と降雷防壁呪術(ダ・メダコ・リャー)の雷壁。

 二種の雷は、目も眩むような凄まじい光と甲高い大音声を上げながら衝突するが――その壮烈なせめぎ合いを制したのは、分厚い雷の壁の方だった。


「な……?」


 ツカサは、喘ぐような弱々しい光を最期に放って掻き消えた舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)を見て、信じられないという表情を浮かべる。


「そんなバカな……! 『倍返し(フルフルカウンター)』で数も威力も倍にした舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)を防ぎ切るなんて……。い、一体、誰がこんな強力な降雷防壁呪術(ダ・メダコ・リャー)を……?」


 そう呆然と呟いたツカサは、ハッとした顔をすると、くるりと振り返って怒声を上げた。


「――お前が、そのイキビト(オモチャ)を使ってジャマしたのかっ? オカマ野郎ッ!」

「いやぁねぇ。変な疑いかけないでよ、陛下ちゃん」


 ツカサに怒鳴られたマッツコーは、さすがに眉を顰めながら(かぶり)を振る。


「ワタシとイキビト一号ちゃんは、さっきから害虫(エルフ)駆除にかかりきりで、そっちに構ってる暇なんて全然無かったわよん。……っていうか、そもそも、ワタシが陛下ちゃんのジャマをする理由なんて無くない?」

「……確かに」

「まあ、どっかのおハゲちゃんなら、かつての仲間に情けをかけたりとかしそうだけど。ワタシはあいにくと、そういう“情け”とかいうおセンチで無駄で非効率な感情なんか持ち合わせちゃいないのよん」


 マッツコーはそう言うと、ドヤ顔で胸を張ってみせた。

 ツカサは、なぜか誇らしげな彼の態度と言葉に、思わず納得せざるを得ない。

 ……だが、そうなると――、


「マッツコーのイキビトたちでも……もちろん、ウチでもない。……じゃあ、今の降雷防壁呪術(ダ・メダコ・リャー)――王族にしか使えないはずの雷系呪術は……誰が唱えたんだ?」



 「……一体、誰が……?」


 ――突然、空から降り落ちてきた雷に当惑しているのは、ツカサだけではなかった。

 自らの死を確信してへたり込んでいたスウィッシュは、自分たちの眼前に聳え立ってツカサからの攻撃を防いだ後、微かな残滓を残して消えつつある雷壁の残滓を見つめながら、放心した顔で呟く。


「今のは――雷系呪術? まるで、返されたツカサたちの攻撃からあたしたちを守ろうとしてくれたみたいだけど……?」


 彼女は、呆然としながら頭上を見上げた。

 仰ぎ見た呪祭拝堂(ナーム)の天井は、降雷防壁呪術(ダ・メダコ・リャー)が突き破ったせいで大きな亀裂が入っており、その向こうには、少し色褪せ始めた青空が見えている。

 ――と、


「……あれ?」


 彼女の紫瞳が、亀裂の間にある小さな黒影を捉えた。

 その、横に細長いシルエットは、だんだんと大きくなる。


「なにか……降りてくる……?」


 スウィッシュが訝しげな声で呟く間にも、黒いシルエットは更に大きくなってくる。どうやら、彼女が口にした推測通り、飛行しているその物体は、この呪祭拝堂(ナーム)に降り立つべく、徐々に高度を下げているらしい。

 と、その時、


「……え?」


 スウィッシュは、驚きで目を大きく見開いた。

 細長い黒いシルエットが、『背中の羽を大きく広げている人型』らしい事に気付いたからだ。

 その特徴的な影――確かに見覚えがある。

 ……否、忘れるはずが無い。


「ウソ……?」


 その事に気付いたスウィッシュは、思わず立ち上がり、心臓を激しく高鳴らせながら、有翼の人影に向けて必死で目を凝らした。

 と、黒いシルエットが、背中の羽を窄めて、呪祭拝堂(ナーム)の屋根に出来た亀裂の隙間を潜り抜ける。

 そして、最後に落下のスピードを緩める為に二・三度ほど翼を羽搏かせてから、音もなく石床へと着地した。


「ふぅ……」


 展開していた黒翼を背中に畳み、小さく息を吐いた黒いローブ姿の男は、ゴホンと咳払いをしてから、スウィッシュの方に振り返る。

 そして、その顔に心配そうな表情を浮かべると、ポカンとしているスウィッシュに声をかけた。


「危ないところであったな、スウィッシュよ。大丈夫だったか?」

「……」

「……って、こんなにたくさん傷が……! 本当に大丈夫かっ? どこか深傷(ふかで)を負ってはおらぬかっ?」

「…………」


 頭に生えた二本の角のうち、左側の角が半分ほどのところで欠けている魔族の男は、スウィッシュの身体のあちこちに出来た擦り傷や切り傷を見て、みるみる顔を青ざめさせ、オロオロと狼狽える。

 そんな彼に、スウィッシュは放心した顔のままで、ぎこちなく首を左右に振った。


「大丈夫……です。深刻なケガは……してない……です」

「そうか……! それは良かった……」


 抑揚の乏しいスウィッシュの答えを聞いた男は、ホッと安堵の表情を浮かべる。

 だが、すぐに表情を曇らせると、彼女に向かって深々と頭を下げた。


「そ、その――遅れてすまなかった! け、決して集合する時間を忘れていた訳では無いのだが……その、前日に色々あって、それで……!」

「……」

「……スウィッシュ?」


 自分の弁解にも何ら反応(リアクション)を見せないスウィッシュの事が気にかかった男は、怪訝な顔をしながら、彼女におずおずと声をかける。


「ど、どうしたのだ? ひょ……ひょっとして怒ってる感じか? ま、まあ……それも仕方無いか……。こんな大切な日に、大遅刻をしてしまったのだからな……」

「……か?」

「……え?」


 スウィッシュの口から漏れた微かな掠れ声を聞いた男は、落ち着かなげに顎髭を撫でながら彼女に訊ねた。


「すまぬ、何と言うたか聴こえなんだ。もう一度――」

「……いか……」


 訊き返した男の顔を、涙がいっぱいに溜まった紫の瞳でまじまじと凝視しながら、スウィッシュはたどたどしく舌を動かす。


「へ……いか……陛下……なんですか?」

「え……?」


 スウィッシュの問いかけに、男は戸惑いながらもコクンと頷いた。


「あ、ああ……そうだ」

「ほ、本当……ですか? 本当に……陛下?」

「う、うむ。もちろん」

「ほ……本当の本当に?」

「お、おう……その通りだ」

「本当の本当の本当……?」

「いや……だから、そうだと申しておろうが」


 執拗に念を押すスウィッシュに辟易しながら、男は自分の顔を指さす。


「たった三週間ほど離れていただけで、この顔を見忘れた訳ではあるまい?」


 そう言うと、彼は胸を張って威儀を正し、高らかに名乗った。


「余こそは――世に“雷王”の二つ名を広く轟かせし、真誓魔王国国王イラ・ギャレマスであるぞ!」

「――っ!」


 スウィッシュは、男――ギャレマスの言葉を聞いた瞬間、目を大きく見開きながら息を呑み――、


「へ――陛下あああああぁ――っ!」


 と絶叫しながら、溢れ出る涙を拭いもせずに、彼の胸元へ一目散に飛び込んだのだった。

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