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氷牙将と舞烙魔雷術と絶体絶命

 「……ヴァートス様ッ!」

「ふぁ、ファミィッ!」


 スウィッシュとアルトゥーは、ふたりのエルフが立っていた場所に、目も眩むような閃光と耳を劈くような轟音を伴った極太の雷柱が突き立ったのを見て、表情を強張らせながら絶叫する。

 だが、辛うじて落雷の直撃を避けたふたりが、朦々と巻き起こった礫煙の中から(まろ)び出て来たのを見て、ホッと安堵の息を吐いた。

 しかし、更なる雷撃がふたりエルフの元に襲いかかり、彼らは這う這うの体で逃げ惑う。

 そんなヴァートスたちの姿を、横目で見ながらハラハラするスウィッシュとアルトゥー。

 ――だが、そんな彼女たち自身も、ふたりのエルフに負けず劣らずの危機的状況に置かれていた。


「ほらほら! 余所見してる場合じゃあないだろうッ? 黒焦げになっちまっても知らないよッ!」


 嘲弄の声と共に投げつけられた強烈な光球によって、スウィッシュたちを覆う氷のドームに大きなヒビが入る。


「くっ、くぅっ……! ゆ、球状氷壁魔術(ユ・キミダ・イフーク)ッ!」


 それを見たスウィッシュは、慌てて己の理力を氷のドームに注ぎ込んで、損傷した箇所を修復した。

 ――が、


『――舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)

「きゃ、きゃあああっ!」


 今度はイキビト二号(ガシオ・ギャレマス)が放った舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)の雷がドームの頂点に落ち、せっかく補充した氷がみるみる融け削られていく。


「ゆ、球状氷壁魔術(ユ・キミダ・イフーク)……っ!」


 再び理力を費やして氷のドームの形状を維持したスウィッシュだったが、先ほどから同じ事の繰り返しで、彼女の理力は枯渇する寸前だ。


「……大丈夫か、氷牙将?」


 そんなスウィッシュの背後から、アルトゥーが気遣いの声をかける。

 彼は、更なる雷系呪術の発動をしようとしているツカサとイキビト二号の姿を、ドームの透明な氷越しに睨みつけながら、悔しそうに唇を噛んだ。


「お前にばかり無理をさせてしまってすまん。魔術も呪術も遣えない(おれ)には何も手助けできん。……不甲斐ない」

「……しょうがないわよ」


 アルトゥーの自嘲に、出来る限り氷のドームを増強しようとなけなしの理力を注ぎ込むスウィッシュが小さく(かぶり)を振る。


「魔術も呪術も、先天的な適性が必要だからね。ここは、術師のあたしが何とか頑張るしか……」


 そう答えた彼女は、ふと表情を曇らせ、「……でも」と言葉を続けた。


「正直……この調子で攻撃されたら、じきに凌げなくなると思う……」

「……!」

「だから……そうなったら、アルはあたしの事には構わず脱出して」

「……氷牙将!」

「そして……何とかして、ツカサからサリア様の人格を取り戻して。あたしの代わりに……」

「な、何を言ってい――」

「何を寝惚けた事をおっしゃってますの、貴女は!」


 アルトゥーの声を遮ったのは、聖女の上げた金切り声だった。

 ハッとした顔をして振り返ったスウィッシュの目に飛び込んできたのは、聖杖で体を支えながら肩で息を吐いているエラルティスの姿だった。

 彼女は、その翠瞳でスウィッシュの顔を見据えながら言葉を継ぐ。


「そんな簡単に諦めないで下さいまし! ぶっちゃけ、貴女が美味しそうな豚の丸焼きになってくたばるのは全然問題ないですけど、そうなったら、このわらわも無事では済まないんですわよ! 貴女には、神に愛されし世界の至宝たるわらわの命を守る義務があるんですから、ヘタレた事を言ってないで、もっと気張りなさいな!」

「そ、そんな事を言われても……って、オイィィッ!」


 エラルティスの叱咤にシュンとしかけたスウィッシュだったが、ふと我に返ってツッコミを入れた。


「おい、クソ聖女! 何でアンタがあたしの球状氷壁魔術(ユ・キミダ・イフーク)のドームの中に居るのよッ? さっきまで、あっちでツカサの雷系呪術から逃げ回ってたじゃないッ?」

「まったく、散々な目に遭いましたわ」


 スウィッシュの詰問に、エラルティスはウンザリ顔で肩を竦める。


「あの乱暴魔族娘の攻撃を無我夢中で躱していたら、ちょうど目の前にこの氷の円蓋があったんで、急いで潜り込んだんですの。少々手狭な上に、(くっさ)い魔族がふたりも居て不快極まりますが、我慢して差し上げます。謹んでありがたく思いなさいな」

「いや、ふっざけんなッ!」


 涼しい顔で傍若無人に言い放つエラルティスに、スウィッシュは眉を吊り上げて激昂する。


「さっきから、あの死体人形だけじゃなくて、ツカサまでこっちを攻撃してきてると思ったら、そういう事だったんかいっ! 我慢なんてしなくていいから、さっさとあたしの作ったドームから出てけぇ!」

「断固として拒否しますわッ! むしろ、出て行くべきなのは貴女たちの方です! このドームだけ残して、早々に立ち去りなさいな!」

「バッカじゃないのっ? この球状氷壁魔術(ユ・キミダ・イフーク)のドームは、あたしの理力で出来てるのよ! あたしが居なくなったら、速攻溶け崩れるでしょうが!」

「ふたりとも、その辺にしておけ!」


 目の色を変えて口論し始めたふたりを、アルトゥーが強い口調で窘め、氷の壁の向こうを指さした。


「次撃、来るぞ!」

「「ッ!」」

「『舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)』ッ!」


 アルトゥーの緊迫した声に、スウィッシュとエラルティスが表情を変えた瞬間、ドームの向こう側からふたり分の雷系呪術の詠唱が上がる。

 その数瞬後、ふたりがそれぞれ打ち合わせた両掌の間から撚り合わさった二条の稲妻が放たれ、氷のドームに炸裂した。

 さすがの堅牢な氷円蓋を以てしても、高出力の舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)を二発同時に受けて耐え切る事は出来ず、分厚い氷の壁は、甲高い音を立てながら粉々に砕け散る。


「キャアアアアアアアアッ!」

「くぅッ!」

「ひえええええええええ~っ!」


 氷の破片と稲妻の残滓を浴び、スウィッシュたち三人は苦悶に満ちた悲鳴を上げ、その場に倒れ伏した。

 ――それでも、ツカサとイキビト一号は攻撃の手を緩めず、再び追撃の雷系呪術を繰り出す。


「もう一丁いくよッ! 『舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)』ッ!」

「くっ……!」


 ふたりの詠唱を耳にしたスウィッシュは、無数の氷片と電撃を受けて満身創痍となりながらも、よろよろと立ち上がった。

 そして、今まさに自分たちに襲いかかろうとしている雷光を見るや、残る全ての理力を込めた両手を前に掲げる。


「あ……硬化氷板創成魔術(アズゥ・キバ・アー)ッ!」


 彼女の詠唱によって、最硬を誇る巨大な氷板が、三人の前に現出した。

 ――次の瞬間、二条の雷が飛来し、スウィッシュが創り出した氷の板に炸裂する!

 それを見たツカサはせせら笑った。


「ははっ! そんな事をしても無駄な足掻きさっ! そんな氷の板なんかじゃ、ウチらの舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)は受け止め切れないよっ!」

「――受け止める気なんて無いわよ!」


 そうツカサに言い返したスウィッシュは、自らの掌に全神経を集中させ、高らかに唱える。


「――反射氷鏡シンカン・センス・ゴイ魔術(・カタ・イアイス)ッ!」


 彼女の詠唱に応えるように、巨大な氷板の表面が眩く輝いた。

 そして――舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)の二条の雷をそのまま跳ね返す!


「受け止めるんじゃなくて、跳ね返すの!」

「――っ!」


 スウィッシュの絶叫を聞いたツカサが、思わず目を見開き、みるみる自分へ向かって迫り来る稲妻を凝視した。

 ――その時、


「……何やってますの、バカ!」


 顔を引き攣らせたエラルティスが、上ずった声で叫ぶ。


「アヴァーシでの事を忘れましたのッ? あの雷娘に攻撃しても無駄だって事ッ! それどころか――」

「……あ」


 スウィッシュも、エラルティスの言葉で思い出した。

 彼女――ツカサには、恐るべきチート能力があった事を。


「……ふ」


 そんな彼女たちの狼狽を見たツカサは、ニヤリと口元を緩ませると、襲い来る稲妻に向けてゆらりと左手を掲げ、高らかに叫んだ。


「……『倍返し(フルフルカウンター)』!」


 彼女の声に呼応するように、その身体から眩い光が放たれ、今まさに彼女に命中するはずだった二条の稲妻がピタリと静止する。

 そして、次の瞬間、その先端がぐるりと百八十度回頭し、スウィッシュたちの方に向くと、その先端が更に二つに分裂した。


「しまった……!」


 スウィッシュは、焦燥のあまりに、敵から受けた攻撃を倍にして返すツカサのチート能力――『倍返し(フルフルカウンター)』の存在を失念していた事にようやく気付くが、時既に遅しだった。

 四条に増えて襲いかかってくる舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)の雷を前に、スウィッシュは己の死を悟り、思わず目を固く瞑る。

 閉じた瞼の裏に、ひとりの男の優しい面立ちが浮かんだ。


(陛下……!)


 心の中で愛する男を呼んだスウィッシュ。その頬を一条の涙が伝う……。


 ――と、その時、


「――降雷防壁呪術(ダ・メダコ・リャー)ッ!」


 壮年の男の張りのある声による詠唱が、彼女の耳朶と心を激しく打ったのだった――!

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