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老エルフと決着と“ワイズマンモード”

 グワキィィィィィンッ!


 逆さにしたイータツの身体をキン肉ば……ヴァートスバスターの形にがっちりと固めたヴァートスが石床に着地するや、凄まじい衝撃音が呪祭拝堂(ナーム)の空気を激しく震わせた。

 その衝撃によって、細かく砕けて粒子と化した石床の破片が土煙のように濛々と舞い上がり、彼らの周囲を覆い尽くす。


「きゃあっ!」


 思わず悲鳴を上げたファミィは、咄嗟に目を瞑り、手を前に翳して粉煙から身を守った。

 それでも彼女は上ずった声で老エルフの名を叫ぶ。


「ヴァ、ヴァートス様ぁ――ッ!」

「――」

「ぶ、無事なのか、ヴァートス様! 生きているのなら、返事をし――」

「ヒョッヒョッヒョッ!」


 ――心配するファミィの叫びに応えたのは、すっかり聞き慣れた、人を食ったような高笑いだった。

 そして、徐々に晴れてきた土埃の中から、ささくれ立つように破壊された石床の真ん中で、イータツを逆さに抱え上げた格好のまま、尻もちをつくように座っている老エルフの姿が現れる。


「心配しなさんな、ファミィさんや。ワシャ、この通りピンピンしとるぞい!」

「ヴァートス様!」


 ヴァートスは、顔を輝かせるファミィに向けてニカッと笑うと、「よいしょっと」と、イータツの両脚をホールドしていた手を放し、彼の身体を地面の上に転がした。

 そして、傍らで白目を剥いてノビているイータツの顔を見下ろし、感慨深げに呟く。


「……なかなか手強い奴じゃったわい。じゃが、最後はワシの洗練された火の精霊術が、こやつの炎系呪術を上回ったようじゃの」

「いや……最後のは、精霊術関係無くないか……?」


 と、ヴァートスの言葉にジト目でツッコむファミィ。

 それでも、彼女はホッとした表情を浮かべながらヴァートスの元へ駆け寄り、手を差し伸べた。


「……何はともあれ、無事に勝てて良かった。立てる?」

「ヒョッヒョッヒョッ。すまんの」


 ヴァートスは、嬉しげな声を上げながらファミィの手を握ると、「よっこいしょういち」と掛け声を上げながら立ち上がる。

 と、


「……ん?」


 ファミィは、筋肉が盛り上がったヴァートスの背中から、ユラユラと白い煙が立ち上るのに気付いて、怪訝な表情を浮かべた。


「ヴァートス様……なんだ、その煙は……? 水蒸気?」

「あぁ、これはの――」


 ヴァートスがファミィの問いかけに答えようとした次の瞬間――、

 ボフンという大きな音と共に、彼の体全体から夥しい白煙が噴き出した。


「きゃあっ!」


 噴き出した白煙を至近距離で受けたファミィは、驚きの悲鳴を上げて、思わず目を瞑る。

 そして、少ししてから恐る恐る目を開くと……、


「あ、あれ? ヴァートス様……元に戻った……?」

「ヒョッヒョッヒョッ」


 ヴァートスは、一瞬で元の萎びた姿に戻った自分の姿に目を丸くするファミィに苦笑いを向けた。

 そして、鶏ガラのように肋骨が浮いた自分の貧弱な体を寂しげに見下ろしながら、ポツリと答える。


「これは、ワイズマンモードじゃ」

「ワイズマン……モード?」

「うむ」


 訊き返したファミィに小さく頷いたヴァートスは、すっかり細くなった自身の腕を撫でながら言葉を継いだ。


「“濡れ場のクソ力(アドレナリン・キッス)”は、一時的な能力増加チートじゃからな。当然、一定時間を超えたら元に戻るんじゃ」

「まあ、そうだろうな……」

「まあ、要するにアレじゃ」


 そう言うと、ヴァートスはニヤリと意味深にほくそ笑む。


「男と女がナニした後には、男のアレが小っちゃくなるじゃろ。それと同じ。じゃから、“賢者(ワイズマン)モード”」

「いや、タダの下ネタじゃないかっ!」


 ファミィは、思い切り顔を顰めながら声を荒げたが、すぐに深刻そうな表情を浮かべて、老エルフの事を手招きした。


「……って、そんな事を言ってる暇なんて無かった! 行くぞ、ヴァートス様! こっちは片付いたんだから、今度はアルトゥーたちに加勢しなきゃ!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくれんか、ファミィさ――」


 ファミィの催促に、少し困った顔のヴァートスが口を開きかけた、その時――。


「――そうよぉん」


 彼の声を遮って、男の低い声が上がった。


「だって……まだ片付いてなんかいないからねぇん♪」

「――ヴァートス様ッ!」


 その特徴的なトーンの声を聞いた瞬間に血相を変えたファミィは、咄嗟にヴァートスの体を抱きかかえると、真横に跳んだ。

 その直後、彼女たちが立っていた場所に、撚り合わされて極太になった稲妻が炸裂する。


「なっ……?」


 間一髪のところで稲妻の直撃を避けたファミィは、愕然とした表情を浮かべて、声の上がった方を見た。


「何故だ……? その死体人形(ゾンビ)は、確かにヴァートス様が斃したはずなのに……!」

「うふふ……」


 ファミィの上ずった声に薄笑みを浮かべたマッツコーは、無言で傍らに佇むイキビト一号の、葬衣がはだけて露わになった胸元を愛おしげに撫でる。

 そして、彼女に向かって「そうねぇん」と、小さく頷いた。


「アナタの言う通りよぉん。確かに、このイキビト一号ちゃんは、お爺ちゃんの凄い攻撃を受けて、身体の真ん中を根こそぎ吹き飛ばされされちゃったわん。普通は、それでお終い――()()()()、ね」


 そう言いながら、マッツコーは自分の右手をゆっくりと掲げてみせる。


「でも、生憎と普通じゃないの。イキビト一号ちゃん(この子)とワタシはね」

「……治癒(ヒール)の“過剰投与(オーバードーズ)”とやらか」

「当・た・り♪」


 苦々しく吐き捨てたヴァートスの言葉に、得たりとばかりに頷いたマッツコーは、満面にイヤミ満点な薄笑みを湛えながら言葉を続けた。


「たとえ、普通の生き物なら即死確定の損傷でも、元々命を持たないイキビトちゃんの体とワタシの“過剰投与(オーバードーズ)”の前には、全くの無意味なのよん。ぬか喜びさせちゃってゴメンなさいねぇん♪」

「……!」

「イキビト一号ちゃんを完全に無力化したかったのなら、胸だけじゃなくて、全身くまなく焼き尽くして灰にしちゃえば良かったのに。少し威力が足りなかったわね、お爺ちゃん」

「くっ……!」


 マッツコーの嘲弄の言葉を聞いて、悔しそうに歯ぎしりするヴァートス。


「確かに見通しが甘かったのう……。だったら、ほっぺにチューなどで妥協などせず、遠慮なくでぃーぷきすをせがんで、“濡れ場のクソ力(アドレナリン・キッス)”の威力を上げておけば良かったわい……。ああ、勿体ない!」

「……」


 地団駄を踏んで口惜しがるヴァートスを、ファミィはジト目で睨む。

 そんなふたりの事をせせら笑いながら、マッツコーはゆっくりと片手を挙げた。


「――って事で、アナタたちはここまでよん」


 そうふたりに告げたマッツコーは、口元を歪めて残忍な笑みを浮かべながら、勢いよく挙げた手を振り下ろす。


「さあ、お料理の時間よ、イキビト一号ちゃんッ! 献立は、『エルフの丸焼き』よんッ!」

「――ヴァートス様っ!」


 ファミィは、ヴァートスの手を引っ張り、再び跳躍した。

 また、紙一重のところでイキビト一号の放った凄まじい雷撃を躱した彼女たちは、咄嗟に祭壇の瓦礫の裏に身を潜める。

 そして、ファミィはヴァートスの顔を両手で挟み込むようにして掴むと、頬を赤くしながら言った。


「……やむを得ん! ヴァートス様……今度は唇にキスしてあげるから、またさっきの“ちーと能力”で、あの死体人形(ゾンビ)を――」

「……すまん、ファミィさん。それは……不可能じゃ」


 だが、ヴァートスは、ファミィの申し出に力無く(かぶり)を振る。


「あいにく今は賢者モードの真っ最中……もう一度“濡れ場のクソ力(アドレナリン・キッス)”が使えるようになるまでには、相応の時間がかかるんじゃ……男の()()と同じようにのう……」

「……結局、それも下ネタかああああああいっ!」


 ヴァートスの言葉に、ファミィは渾身の怒声(ツッコミ)を上げ――、


『……舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)


 その直後、イキビト一号が放った雷の束が、轟音を上げて彼女たちが潜む瓦礫の裏に炸裂したのだった――!

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