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半獣人とヤバいとニオイ

 反重力(アン・グラヴィ)によって、ゆらゆらと浮き上がった古龍の身体の下からムクリと現れたシュータ。

 両手を上げ、頭上に反重力(アン・グラヴィ)の魔法陣を展開している彼の全身は土埃でひどく汚れていたが、古龍の巨体の下敷きになった割には、ケガらしいケガを負っていなかった。

 だが、その顔には、いつもの余裕綽々の薄笑みは浮かんでいない。


「……フンッ!」


 彼は、歯を食い縛って掌に力を込めると、空中に浮かんだ反重力(アン・グラヴィ)の魔法陣の紅い光が更に強まった。

 それに伴って、気絶したままの古龍の身体が更に高く浮き上がり始める。

 と、シュータがグッと歯を食い縛った。


「――おらぁっ!」


 彼は、気迫の声と同時に、上げていた自分の両腕を大きく振り下ろす。

 すると、その動きに合わせて、古龍の身体がまるで放り投げられたように空中を舞った。

 大きな放物線を描いて漆黒の夜空を飛んだ古龍の身体は、はるか向こうの丘の麓に着弾し、派手な土煙と共に上がった大きな衝撃音が、丘の頂上にいるギャレマスたちの耳にまで届いた。


「ペッ! ペッ! あークソッ! 口の中がジャリジャリして気持ち悪ぃッ!」


 反重力(アン・グラヴィ)で古龍を吹っ飛ばしたシュータは、顔を顰めながら、地面に向かって何度も唾を吐く。

 そして、ようやく人心地ついた様子で大きく息を吐くと、呆然と立ち尽くすギャレマスの方をギロリと睨みつける。


「うっ……!」


 その瞋恚に満ちた眼光の鋭さに、ギャレマスは思わず身を硬直させながらも、魔王の矜持を奮い立たせて睨み返した。

 ――だが、シュータが視線を向けたのは、ギャレマスでは無く、魔王が背中で庇っていた赤毛の少女の方だった。

 シュータは、眉間に皺を寄せた表情を浮かべると、サリアに向かって声をかける。


「お前……魔王の娘――確か、サリーだったか……」

「サリアですっ!」

「……ちっ!」


 名前の呼び間違いを強い口調で咎めたサリアに、シュータは忌々しげに舌打ちした。

 そして、口を尖らせながら、ブツブツと呟く。


「んだよ、そんなに怒鳴る事もねえだろうがよ……。第一、日本(むこう)じゃ『魔王の娘の名前はサリー』って、大昔から相場が決まってんだよ。つか、サリアとサリー……似てんじゃん。紛らわしいんだよクソが! 適当に書いてるからこんな事になるんだよ。もっと考えて名前つけろよ、まったく……」

「……何をおっしゃってますの?」

「あー、うっせえな! ただのメタネタだよッ! いちいちツッコむな!」


 キョトンとした顔で尋ねるサリアに、シュータは慌てて声を荒げた。

 メタネタ……はて、一体何の事だろうか?


「あー、うっせえ! テメエもノるんじゃねえよ、元凶!」


 と、天に向かって怒鳴ったシュータ。

 そして、ゴホンと咳払いをすると、本題に戻る。


「お前……サリア……何者なんだよ、テメエは?」

「え……?」


 シュータの問いに、サリアはパチクリと目を瞬かせながら首を傾げてみせる。


「何者なんだと言われましても……私は、魔王の娘なだけの、タダの魔族ですけど――」

「タダの魔族な訳あるかよ!」


 キョトンとした顔のサリアに向かって怒鳴ったシュータは、彼女の頭上に向けて目を凝らした。

 すぐに発動させた“ステータス確認(スニーク・ア・ピーク)”で、素早くサリアのステータスを確認する。


「……やっぱり、見間違いじゃ無い。じゃあ、やっぱり、さっき古龍が落ちてきたのはタダの偶然じゃなくて、コイツのステータスのせい――なのか?」

「……!」


 瞳を金色に輝かせながらブツブツと呟いたシュータが、無意識に一歩後ずさったのを見たギャレマスは、驚いて目を見開いた。

 今まで何度も(台本に従って)シュータと戦ってきたが、彼がこれほどまでに動揺した様子を見せるのは初めての事だった。


(何故かは解らぬが……シュータはサリアの事をえらく警戒している……?)


 それが一体どうしてなのか……ギャレマスは、シュータの様子を注意深く観察しながら、脳味噌をフル回転させ始める。

 もしかしたら、今シュータが見せている動揺の原因が分かれば、彼を打倒する為の糸口になるのではないか――魔王は、そう考えたのだ。


 ――だが、

 勇者の狼狽、そして魔王の分析は、唐突に聞こえてきた素っ頓狂な声によって遮られた。


「み……みんなぁ~ッ! ヤバい! ヤバいよヤバいよ~ッ!」


 その、焦燥に満ちた叫び声が耳に届き、その場にいた全ての者が思わず声のする方に顔を向けた。


「あれは……確か……」

「ジェ……ジェレミィア?」


 居合わせた者たちの中でも視力の高いギャレマスとファミィが、全力疾走でこちらに向かって走ってくる小さな人影を見止めて、同時に声を上げる。

 果たしてその人影は、“伝説の四勇士”のひとりであるジェレミィアだった。

 真っ青な顔をした彼女は、ショートボブの銀髪を振り乱しながら飛ぶような勢いでやって来ると、荒い息を吐きながら叫ぶ。


「や、ヤバいって! 早く……早くここから離れないと……マジヤバいって!」

「ちょ! ちょっと落ち着きなさいな、狼おん……ジェレミィアさん! 何をそんなに慌てていますの?」


 見るからに動転した様子のジェレミィアが捲し立てる、要領を得ない言葉に苛立ちを覚えながら、エラルティスが訊いた。

 その傍らに立つファミィも、露骨な表情を浮かべながら声を荒げる。


「何なの! 我々が魔王と命を賭けて戦っている間、ずっとグースカ寝ていたクセに、今更現れて……! 体調が悪いんでしょ? だったら、戦いの邪魔になるだけだから、さっさとベッドに戻って――」

「た、戦ってる場合じゃないんだって、マジで!」


 ファミィの嫌味を途中で遮って、ジェレミィアは更に声を張り上げた。


「ここに居たらマズいって言ってんの! 早く……早く逃げないと、みんな死んじゃう……!」

「……死ぬだぁ?」


 ジェレミィアの言葉に、憤懣の込もった声を上げたのはシュータだった。

 彼は、ギャレマスに指を突きつけながら怒鳴る。


「死ぬ訳無ぇだろ! 俺が、こんなポンコツ魔王に負けるとでも思ってんのかよ、ジェレミィア! 逃げる必要なんて、これっぽっちも無い!」

「だーッ! そうじゃないってば!」


 ジェレミィアは、不満げな様子のシュータの言葉に頭を抱える。

 そして、鼻をヒクヒク動かすと、更に焦燥を募らせた表情を浮かべた。


「――ていうか、アンタらは感じないの? この酷いニオイをさぁ!」

「……ニオイ?」


 ジェレミィアの言葉を聞いたギャレマスは、ふと気になって、彼女と同じように鼻をひくつかせてみる。

 そして、思わず顔を顰めた。


「んむ……?」

「お父様……何でしょう、このニオイは?」


 父と同じように空気の匂いを嗅いだサリアが、慌てて鼻を押さえながら訊いた。

 ――確かに、ジェレミィアの言う通り、何だか臭い。


「……くっさ!」

「う……! ま、まるで、腐った卵の様な……」


 エラルティスとファミィも、ほどなく異臭に気が付き、そのあまりの臭さに思わず顔を背けた。

 そして、


「……このニオイ、どこかで――!」


 シュータは、マントで鼻と口元を覆いながら、脳裏を過った既視感の正体を探る。

 そして思い出した。以前に同じようなニオイを嗅いだことがある事を。


「これは……日本に居た頃に家族旅行で連れて行かされた、火山口で嗅いだニオイ――」


 その事を思い出した瞬間、彼はハッと気付く。

 そして、ジェレミィアが必死で伝えようとしていた事が何なのかを悟った。


「――おい、テメエら!」


 彼は、慌てて砦の守備兵たちに向かって叫んだ。


「今すぐ逃げるぞ! モタモタすんな!」

「ふぇっ?」

「は、はぁ?」


 突然のシュータの指示に、ファミィとエラルティスは呆けた声を上げた。


「に……逃げるんですか、シュータ殿? 砦を守らなくていいんですか?」

「そ……そうですよ! 魔王軍を前に尻尾を巻いて逃げろとでも――」

「うるせえ! それどころじゃなくなったんだよ! つべこべ言わずにサッサと逃げるぞ!」


 戸惑うふたりを怒鳴りつけるシュータ。


「……まさか!」


 一方のギャレマスも、ある可能性に思い当たって、顔を青ざめさせた。


「い、イカン! サリア、行くぞ!」

「え? は、ハイ!」


 焦燥に駆られた様子のギャレマスに驚きの目を向けるサリアだったが、彼の表情を見て、ただ事ではない事が起ころうとしている事を察して、慌てて頷いた。


「……下で戦っているスウィッシュやイータツ達にも、直ちに退却するよう伝えねば……!」


 そう独り言ちながらシュータたちに背を向け、背中の黒翼を広げようとするギャレマス。


 だが、その時――!


 ……ゴ、ゴゴ……、ゴゴゴゴゴゴ……


 どこからともなく聞こえてきた、腹の底に響く様な低い音と共に、彼らの立っている地面が大きく揺れ――、


 ――ブバアアアアアアアッ!


 突如、彼らの居る場所のすぐ近くから、真っ赤に煮えたぎった灼熱の溶岩が、上空高く噴き上がったのだった――!

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