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老エルフと轟炎将とビンビン

 「わ……分かった」


 イータツは、マッツコーが浮かべた薄笑みに背筋を凍るのを感じながらぎこちなく頷くと、イキビト二号と対峙するスウィッシュとアルトゥーの事を、何か言いたげな様子でチラリと見た。

 だが、結局何も声をかけぬまま、くるりと踵を返したイータツは、大股で歩きながら、もうひとりのイキビトと睨み合っているふたりのエルフに向けて怒声を上げる。


「――さあ、主上の“大喪の儀”をメチャクチャにしおった不埒なエルフどもよ、覚悟せい! このワシ、魔王国四天王がひとり・轟炎将イータツが、大罪を犯した貴様らを直々に火刑に処してやろうぞ!」

「へん! 何を言うておるんじゃ、この筋肉ハゲめが!」


 イータツの事を敵意に満ちた目で睨み返したヴァートスが、歯を剥き出して怒鳴り返した。


「諸々の事情もロクに知らん分際で、一丁前に中二くさいセリフを吐きおって! 第一、お前さんの炎系呪術なんぞ、ワシが操る火の精霊術に比べれば焚き火の炎に等しいわい! ワシらどころか、サンマやイモを焼くくらいがせいぜいじゃて!」

「何だとぉ!」


 ヴァートスの吐いた挑発にまんまと乗せられたイータツは、怒髪――もとい、()()天を衝く勢いで激昂する。


「貴様の方こそ、さっきから見ておれば、死体人形(ゾンビ)如きの攻撃に防戦一方ではないか! 自慢の火の精霊術とやらのキレも悪いぞ。まるで、ジジイの小便のようだわい!」

「誰の小便のキレが悪いじゃとぉ!」


 イータツの挑発返しに、ヴァートスは顔を茹でダコのように真っ赤にして激怒した。

 彼は憤然と立ち上がると、大きく胸――否、腰を張ってみせる。


「ワシの小便は、まるでウォータージェットの如くキレッキレじゃぞ! 朝だって、時々用を足すのに苦労するくらいビンビンに――」

「何を言っているんだ、貴方はっ!」


 高らかに叫びつつ、腰を妖しくクイックイッと動かす老エルフを呆れ顔で窘めるファミィ。

 そんな彼女に向けて、ヴァートスはニヤリと笑みかける。


「何を言っておるって……そりゃ、ワシの自慢のネオサイク〇ンジェットアームスト〇ング砲の――あ(いだ)っ!」


 下ネタをドヤ顔で捲し立てかけたヴァートスだったが、その言葉は、先ほどの彼とは違う意味で顔を真っ赤にしたファミィに思い切り頭を(はた)かれて途切れた。

 一方のイータツは、そんな彼を鼻で嗤ってみせる。


「ふ、フン! それに関しては、ワシの圧勝だな! 何せ、ワシの主砲は時々じゃなく、毎朝ビンビンよぉ!」

「お前も乗るなあああああっ!」

「ぶふおっ!」


 怒声と共にファミィが無詠唱で放った風の精霊術(ツッコミ)を顔面に食らったイータツは、その威力に上半身を仰け反らせた。

 ――が、


「き、効いてない……?」


 微かな呻き声を上げただけですぐに体勢を戻し、まるでコリを(ほぐ)す様に、涼しい顔で首を回すイータツの姿を見たファミィが驚愕の声を上げる。


「馬鹿な……無詠唱とはいえ、かなりの理力を込めて撃ったつもりだったのに……無傷だって?」

「ヒョッヒョッヒョッ」


 呆然と呟くファミィの肩に手を置いたヴァートスは、空いた方の手で顎髭をしごきながら、暢気な笑い声を上げた。

 ――だが、その目は笑ってはいない。


「……さすがに、四天王を名乗るだけの事はあるようじゃわい。こりゃ、少々手こずりそうじゃのう」


 そう、ぼやくように呟きながら、ヴァートスは一歩前に進み出た。

 そして、ファミィの顔を横目で見ながら、諭すように言う。


「ファミィさんや。悪いが、お前さんには元魔王(ゾンビ)の牽制に専念してくれんかの。その代わり、あの筋肉ハゲの相手は、ワシの方で引き受けよう」

「な……っ?」


 ヴァートスの言葉を聞いたファミィは一瞬絶句し、それから慌てて首を横に振った。


「そ、そんな事は出来ない! あの男は強いぞ、ヴァートス様! 貴方ひとりだけでは……」

「ヒョッヒョッヒョ。ワシの身を案じてくれとるのかえ? さすが、我が愛しのまいはにー!」

「だ、だから! そんな冗談を言っている場合では――」

「ファミィさんの気持ちは嬉しいが、これはシビアな戦力分析の結果、導き出した最適解じゃ」


 ファミィの抗議の声を遮ったヴァートスは、軽く(かぶり)を振りながら、彼女を諭すように言葉を続ける。


「あの脳筋ハゲが遣うのは炎系呪術じゃ。お前さんの風属性の精霊術は些か分が悪い」

「で、でも……さっき、風と火は――」


 ファミィがそう言いかけた次の瞬間、

 それまで石像のように身じろぎひとつせずに立っていたイキビト一号が、両手を勢いよく打ち合わせた。


『……アサク・サメイブ・ツ』

「ッ! ファミィさんッ!」

「――わ、分かった!」


 イキビト一号が瞬時に創り上げた巨大な雷球を自分たちに向けて投擲したのを見るや、ヴァートスとファミィは息を合わせてそれぞれの精霊術を詠唱する。


『赤き炎 司りし 精霊よ 我が前にて 炎壁を成せ!』

(こた)うべし 風司(かぜつかさど)る精霊王 その手を振りて 風波(かざなみ)立てよ!』


 すると、ふたりの唱えた火と風の精霊術が混ざり合って、彼らの周囲に一際分厚い猛炎の円蓋(ドーム)を成した。

 イキビト一号が放った雷球は、ふたりが力を合わせて作ったドームに炸裂するも、その炎の勢いに競り負け、上空へと弾き飛ばされる。


「やれやれ……こういう会話の最中には攻撃しちゃいかんというのが、暗黙の了解じゃろうが。まったく、元魔王のクセに無粋な奴じゃ」


 と、敵の強力な雷系呪術の攻撃を防いだ事に安堵の息を吐きつつ、炎の円蓋(ドーム)の内側で毒づくヴァートス。

 そんな彼に、ファミィが必死に訴えかけた。


「ほ、ほら! 風と火は相性がいいじゃないか! だったら、私とあの四天王の男が戦っても、決して引けを取らないはず――」

「……確かに、相性がいいのは確かじゃ」


 ヴァートスは、詰め寄るファミィの顔をじっと見つめながら、「じゃが――」と言葉を継ぎ、首を左右に振る。


「それは――火属性と風属性が協力する場合じゃ」

「……!」


 キッパリと言い切ったヴァートスの言葉に、ファミィはハッと目を見開いた。

 そんな彼女に柔和な笑顔を向けながら、ヴァートスは淡々と言う。


「風属性は、強力な火属性にとっては利の多い属性じゃ。酸素という燃料をふんだんに供給してもらえるし、風力を利用すれば、より広く大きい範囲で炎を操れる。じゃが……それは、逆に風属性と火属性が戦う場合には――」

「……自分(風属性)の攻撃が、敵である火属性の力をより増す事になってしまう――」

「左様」


 苦い顔をして呟いたファミィに、ヴァートスは微笑みながら頷き、更に言葉を継いだ。


「もちろん、敵の火属性攻撃の威力を遥かに凌駕する圧倒的な轟風で炎を消し飛ばしたり、巨大な真空の刃で炎を細切れにする事が出来れば話が別じゃが……」

「……私の風の精霊術では、あの男の炎系呪術には及ばない……か」

「すまんが……そういう事じゃ」


 ヴァートスは、困ったような顔をしながら、ファミィの肩を軽く叩く。

 そんな彼に、ファミィは不安そうな表情を浮かべて言った。


「で、でも……ヴァートス様の火の精霊術でも、あの男の炎系呪術とは――」

「ヒョッヒョッヒョ……バレたか」


 ファミィの言葉に、ヴァートスは苦笑を浮かべながら小さく頷く。


「年は取りたくないモンじゃのう。昔のギンギンじゃった頃ならいざ知らず、三日にいっぺんくらいしかビンビンにならんくらいに老いさばらえてしもうた今のワシでは、ちいと分が悪いかもしれんのう」

「じゃ、じゃあ……!」

「ヒョッヒョッヒョッ! そう案ずるでない」


 ヴァートスは、上ずった声を上げたファミィの不安を払拭するかのように、呵々大笑してみせた。


「言うたじゃろう、『このままでは』と。ちゃあんと奥の手はある」

「そ、そうなのか?」

「じゃが……それには、あの単細胞ハゲと戦り合う前に、ファミィさんの力をちいとばかり借りねばならんが。――頼めるかの?」

「!」


 ファミィは、ヴァートスの言葉を聞いて目を輝かせる。


「な、何だ、ヴァートス様! 私にできる事なら、何でも協力するぞ!」

「ヒョッヒョッ! なぁに、大した事ではない」


 詰め寄るファミィにニヤリと笑みかけたヴァートスは――おもむろに自分の片頬を彼女に向けて突き出した。


「ほれ――力を貸してくれるのなら、ここにひとつ、熱いキッスをしてくれんかの?」

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