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雷王と誤報と誤解

 「な――!」


 挑発混じりのマッツコーの言葉を聞いたスウィッシュは、一瞬だけ気圧されたように声を上ずらせたが、すぐにキッと眦を上げた。


「……あたしたちが不敬を働いているですって?」


 そう不満げに言った彼女は、鋭い紫瞳でマッツコーの顔を睨みつけると、わざとらしく首を傾げてみせる。


「じゃあ、お伺いしますけど。それは、どこの誰に対して不敬だとおっしゃるんでしょうかッ?」

「……さっきも言ったでしょ。まだ若いのに、もう認知症?」


 マッツコーは、スウィッシュの問いかけに何か含むところがあるのを感じ取って、少し眉根を顰めたものの、すぐにその口元に薄笑みを湛えてみせた。

 そして、「だから――」と言いながら、背後の玉座に座る主に向けて顎をしゃくる。


「こちらの陛下ちゃんと――」


 そう言ったマッツコーは、今度はスウィッシュの背後に聳える巨大な祭壇を指さしてみせた。


「あそこの祭壇の下で安らかにくたばってる雷王ちゃんに対してよん」

「……ふふ」


 マッツコーの言葉を聞いたスウィッシュは、口元を抑えて笑い始める。

 そんな彼女を前にして、マッツコーは訝しげな表情を浮かべた。


「……何で笑っているの? 認知症じゃなくて頭がおかしくなっちゃった?」

「うふふ……そりゃ可笑しいですよ」


 ムッとした様子のマッツコーの顔を見て、更に顔を綻ばせたスウィッシュは、勝ち誇った様子で高らかに言い放つ。


「だって、そういう事なら、あたしは不敬なんてこれっぽっちも働いてませんから。なぜなら……」


 スウィッシュはそこで一旦言葉を区切ると、玉座で退屈そうに頬杖をついている、大好きなサリアと同じ顔をした女の顔を睨みつけ、再び口を開いた。


「その女は、ツカサとかいうただの異世界転生者で、あたしの主であるサリア様じゃないもん!」


 そう高らかに叫んだスウィッシュは、くるりと身を翻し、祭壇に狙いを定めて腕を交差させる。


阿鼻叫喚氷晶魔術(アイ・スクリ・イーム)ッ!」


 彼女の詠唱と共に生成された無数の氷雪弾が祭壇に次々と炸裂した。

 渦巻き荒れ狂う空気に煽られて、精緻な装飾や供花もろとも粉砕された祭壇の欠片が辺りを舞い散る中、スウィッシュは白い歯を見せながら「それに――!」と言葉を継ぐ。


「あの祭壇の下に、陛下なんて眠ってませんもの! だって、陛下は生きているんだから!」

「……ッ!」


 スウィッシュの断言に、マッツコーとツカサは目を丸くし、互いの顔を見合わせた。

 そして――、


「く、くくく……」


 マッツコーが右手で腹を押さえ、手の甲に唇を当てて隠しながら、全く忍んでいない忍び笑いをし始める。


「な……」


 スウィッシュは、マッツコーの意外な反応に戸惑いながらも、キッと眦をきつく吊り上げた。


「何が可笑しいんですかッ!」

「うふふ……可笑しいに決まってるじゃない、こんなのさぁ」


 マッツコーは、声を荒げるスウィッシュの事を逆撫でするように、更に口元を吊り上げてみせる。

 そして、おどけるように肩を竦めながら言った。


「だって、雷王ちゃんは確かに死んでるんだもの。その事を知らないおてんばちゃんが、とっても可笑しくて、とっても可哀そうだなぁって」

「は……?」


 意味深なマッツコーの言葉に、一瞬不安そうな表情を浮かべたスウィッシュだったが、その不安を振り払おうと首を左右に振った。


「何を言っているんですか! マッツコー様たちはまだ知らないんです!」

「へぇ? 何を知らないのかしらん?」

「陛下が生きていらっしゃる事をです!」


 ニヤニヤ笑いを浮かべて尋ねてくるマッツコーに、スウィッシュは苛立ちを隠せぬ様子で声を荒げた。


「あなたたちの情報では、七ヶ月前に、人間族(ヒューマー)領のアヴァーシで陛下とあたしが死んだという事になってるみたいですけど、それが間違いなんです!」


 そう叫ぶと、彼女は自分の事を指さす。


「ほら! 陛下と一緒に死んだ事になっているあたしが、こうしてピンピンしている事が、その何よりの証拠です!」

「ああ、スウィッシュの言う通りだ」


 スウィッシュの言葉に大きく頷いたのは、ファミィだった。


「一か月前、私も魔王に会っている。体が半透明だったり、足が消えていたりする事もなく、相変わらずの調子でピンピンしていた。あいつは、確かに生きていたぞ」

「ほら! これで分かりましたか? 陛下が七ヶ月前に亡くなったなんてデマだって事が!」

「――うん、それは知ってたわよん」

「……え?」


 自分の主張に対してあっさり首を縦に振ったマッツコーに、虚を衝かれてキョトンとするスウィッシュ。

 マッツコーは、そんな彼女の顔を見てクスクスと笑い、更に言葉を継ぐ。


「――と言っても、おてんばちゃんまで生きているとは思わなかったけどねん。でも、雷王ちゃんが生きているのは知ってたわよん。ついこの間、ウンダロース山脈で直接会ったばっかりだしね」

「え……ッ?」


 スウィッシュは、あっけらかんとしたマッツコーの言葉を聞いて、更に困惑の表情を深めた。


「じゃ、じゃあ……何で、陛下と直接会ったのに、『陛下が亡くなった』って……?」

「あらぁ?」


 マッツコーは、問いかけるスウィッシュの不安げな表情を見ながら、チョコンと首を傾げる。


「ひょっとして、知らないのはアナタの方なのかしらん?」

「し、知らない……? 何を……何をですか?」

「――っていうかさぁ」


 マッツコーは、唐突に声の調子を変えると、スウィッシュに向けていた視線を脇にずらした。

 そして、その皺だらけの顔をジロリと一瞥して、訝しげに問いかける。


「ねえ、確かアナタも居合わせてたはずよねぇん? おてんばちゃんに話してないの? あの時の、雷王ちゃんの派手な死に様をさ」

「え……し、死にざ……ま?」

「……」


 マッツコーの言葉を聞いて青ざめるスウィッシュの横で、ヴァートスが気まずげに目を伏せた。

 いつもの彼らしくもない深刻な表情を浮かべたヴァートスの様子に、スウィッシュの心が不安でざわめく。


「……ヴァートス様? ど、どういう事なんですか……?」

「……」

「へ、陛下の死……死に様って……なんの……事ですか……?」

「……」

「ヴァートス様! 答えろ! 私も聞きたい!」

「む……」


 スウィッシュとファミィに問い詰められ、ヴァートスはようやく重たい口を開いた。


「ああ……そうじゃ。そのオカマの言う通りじゃ」

「「……ッ!」」

「ギャレの字は、あの日……ウンダロース山脈の山裾で勇者の兄ちゃんの攻撃を受けて……爆死したんじゃ……!」

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