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老エルフと癒撥将と因縁

 「ヴァ――」


 己の前で高く噴き上がった炎の壁と能天気な笑い声に、スウィッシュは安堵と怒りの混じった声で叫んだ。


「ヴァートス様、遅いっ!」

「ヒョヒョッ? 間一髪のところで命を救ってやった恩人にかける最初のリアクションが叱責とは。普通は感謝か熱い抱擁じゃろうが。まったく、魔族はマナーがなっとらんのう」


 パニックになって逃げ惑う一般庶民たちの群れを掻き分けるようにして、悠然と前に進み出てきた老エルフは、苦笑交じりに肩を竦めてみせる。

 そんな彼にジト目を向けたのはファミィだ。


「間一髪のところでって……大方、一般礼拝の列に紛れ込んで、一番目立てる登場のタイミングを窺っていたんだろう?」

「ヒョッヒョッヒョッ! ワシの目論見などお見通しという訳かえ。さすが我が愛しのまいはにーじゃ♪」

「まだ引っ張るか、その小芝居設定……」


 からかい交じりのヴァートスの言葉に辟易とした顔をするファミィ。

 その一方で、


「へぇ……」


 近付いてくるヴァートスの顔を見て、口の端を僅かに吊り上げたのは、マッツコーだった。

 彼は、薄笑みを湛えながら、老エルフに声をかける。


「意外なところでまた会ったわねぇん、エルフのお爺ちゃん。てっきり、アナタは()()()()についてくれたものだと思ってたケド」

「ヒョッヒョッヒョッ! 悪いのう、オカマの兄ちゃんや」


 ヴァートスは、高笑いしながら(かぶり)を振った。


「生憎と、ワシャはじめっから氷のお姐ちゃん……いや、ギャレの字の味方じゃ。タダで魔王国の温泉巡りをさせてくれた事には感謝するが、それとこれとは話が別じゃよ」

「ふふ……じゃあ、改めて入湯料と食事代の請求をしてもいいかしら?」

「じゃが断る!」


 マッツコーの言葉に、毅然とした声とキメ顔でキッパリと言い切るヴァートス。

 そのあまりにも堂々とした態度に、思わず呆れ笑いを浮かべたマッツコーに、当惑顔のイータツが問いかける。


「ま、マッツコー! 何なのだ、そのエルフ族の老人は? 知り合いなのか?」

「ああ、おハゲちゃんはまだ会った事が無かったんだっけ?」


 イータツの顔を見返したマッツコーは、首を傾げながら言った。


「そのお爺ちゃんとは、一週間くらい前に、人気のない山の中で組んず解れず熱い夜を過ごした仲なのよん」

「あ……」

「そ、そんな『アッー!』な情景を連想しそうな誤解を招く言い回しはやめんかっ!」


 マッツコーの答えを聞いて気まずげに視線を逸らすイータツを見て、ヴァートスは慌てて声を荒げる。


「ふ、普通に、『以前に戦った』と言え! あと、実際に()り合ったのは、そこで突っ立っとる死体人形(ゾンビ)の方であって、お主本人とでは無いわいッ!」

「ふふ、焦っちゃって面白ーい♪」


 マッツコーは、禿頭の先まで真っ赤になって怒るヴァートスを見ながらクスクスと嗤うと、「それに」と言葉を継いだ。


「この前も言ったでしょ? その子は、死体人形(ゾンビ)なんて無粋な名前じゃなくて、“イキビト一号ちゃん”っていうカワイイ名前が付いてるのよぉん」

「ケッ、な~にが一号じゃ! 仮面〇イダーかっちゅうの!」


 ヴァートスは、人を食ったマッツコーの態度に、より一層激昂しながら声を荒げる。

 そんな彼を更に挑発しようと口を開きかけたマッツコーだったが、


「――おい、マッツコー!」


 振り返ったイータツが、険しい表情を浮かべて、マッツコーに野太い声をかけた。

 その瞳に宿る光を見て、一瞬苛立たしげに奥歯を噛んだマッツコーだったが、すぐに平静を繕いながら訊き返す。


「なぁに、おハゲちゃん?」

「あ、あれは何だッ? その……何とか一号とかいうものはッ?」

「イキビト一号ちゃんよん」

「そんな名前などどうでも良いわ!」


 マッツコーに怒鳴り返したイータツは、無言で立ち尽くしている黒髪の中年男の顔に険しい目を向けた。


「わ、ワシの目に狂いが無ければ――あ、あやつ……いや、あの方のお顔は――」

「――ハゲ!」


 イータツの声を遮るように、女の声が上がった。

 その鋭い声を耳にした瞬間、イータツの顔色が変わり、彼は慌てて背筋を伸ばす。


「さ、サリア姫ッ! な、何でありましょう――」

「ここはもういい。テメエは警備の兵を指揮して、向こうの方を何とかしな」


 ツカサは、玉座に座ったまま、呪祭拝堂(ナーム)の中央の方を指さした。

 彼女の指が示した先には、パニックに陥って我先に出口に向かおうとしている一般礼拝客たちの姿――。

 その混乱した様子を見て、一瞬表情を曇らせたイータツだったが、すぐにぶるぶると首を左右に振った。


「お、お断りいたします! 魔王国四天王筆頭として、サリア姫の御側を離れる訳には――」

「このクソボケハゲッ!」

「ッ!」


 ツカサに一喝され、イータツは思わず身を縮こまらせる。

 そんな彼を怒気を含んだ紅瞳で睨み据えながら、ツカサは更に怒声を上げた。


「四天王の役目は、ウチ()の側に居る事じゃ無えんだよ! 弱っちい一般人(パンピー)どもを守ってやる事こそが、強いテメエら(四天王)の本分だっつーの!」

「ッ!」


 イータツは、ツカサの叱責を聞くや、雷に打たれたように目を見開く。

 それを見たマッツコーが、ふっと含み笑いを浮かべると、ツカサに続いて口を開いた。


「そうよぉん。こんなに一般民ちゃんたちがゴミのようにワラワラしてちゃ、おてんばちゃんたちをやっつけるのに邪魔だから、さっさと出てってほしいのよねん。その為にも、速やかな避難誘導はしなきゃダメよねぇん」

「だ、だったら、オヌシの方がその任に就け!」

「ダメダメ。だって、ワタシ、一般民ちゃんたちに人気ないもの。ワタシが指示しても聞きゃしないわよん」


 マッツコーは、イータツの言葉に苦笑を浮かべながら、手をひらひらと左右に振る。


「だから、その役目は、単細胞で能天気な一般民ちゃんたちから『四天王の照明担当』って呼ばれて超人気なあなたがうってつけよ、おハゲちゃん。ガンバ♪」

「そ、そうか……?」


 イータツは、マッツコーの口から出た『超人気』という言葉に、満更でもない表情を浮かべた。


「そ、そこはかとなくあちこち引っかかる言い方だが、確かにワシの方がオヌシよりも民に慕われておるな……」

「そうそう。アナタのカリスマで迷えるゴミ虫……もとい、子羊(こひつじ)ちゃんたちを導いてあげてちょうだい。――って事よね、陛下ちゃん?」

「……まあね」


 マッツコーに念を押され、鷹揚に頷くツカサ。

 それを見たイータツが、顔をぱあっと紅潮させた。


「――相分かり申した! この轟炎将イータツ、サリア姫の御命令に従い、速やかに民たちを魔王城の外へと避難させてみせまする! マッツコー、サリア姫の事を頼んだぞ!」


 そう言い残すや、イータツはくるりと身を翻し、右往左往している一般民衆たちの元へ駆け去っていく。

 そんな彼の後ろ姿を手を振って見送りながら、マッツコーは小さく息を吐いた。


「……やれやれ。これで、何も知らないおハゲちゃんは厄介払いできたわねん」

「やっぱり……」


 マッツコーの呟きを聞きつけたスウィッシュが、その眉根を顰めた。


「イータツ様と違って、貴方はご存知なんですね。そこにいるのが、サリア様ではない事を」

「ふふ……まあね」


 スウィッシュの問いに、マッツコーはあっさりと頷き、わざとらしく肩を竦めてみせる。

 それを見たスウィッシュの表情が、更に険しさを増した。

 彼女はキッと目を見開き、マッツコーと――その背後の玉座に鎮座するツカサに向かって指を突きつけ、高らかに叫ぶ。


「――よく分かりました! その女がサリア様とは違う事を知りながら従っている貴方も、その女――ツカサと同じ、あたしたちの敵だって事が!」

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