轟炎将と癒撥将と氷牙将
「ま……まさか……ッ!」
露わになった自分の同僚の顔を見下ろしたイータツは、愕然とした表情を浮かべる。
「スウィッシュ……! オヌシ、生きておったのか……?」
「……ええ」
イータツの問いかけに、スウィッシュは静かに頷き、近づいてきたファミィが差し伸ばした手を掴んで立ち上がった。
それを見たイータツの眦が険しく吊り上がる。
「スウィッシュ! オヌシ、我ら魔族の大敵である“伝説の四勇士”と手を組んだのかッ?」
「……はい」
イータツの詰問に、少しだけ逡巡しながら再び首を縦に振ったスウィッシュだったが、すぐに「――ですが」と頭を振った。
「確かにファミィは“伝説の四勇士”ですが、もうあたしたち魔族の敵ではありません! 彼女は、あたしと同じように、サリア様をお助けする為に協力してくれて――」
「はぁ?」
スウィッシュの弁解を聞いたイータツは、訝しげな顔をして首を傾げる。
そして、背後の玉座に腰かけている自分の主の顔を一瞥した。
「一体何を言っておるのだ、スウィッシュ? 『サリア姫をお助けする』だと? お助けするも何も、サリア姫はずっとここにいらっしゃるではないか!」
「違うんです、イータツ様!」
苛立たしげに声を荒げるイータツに、スウィッシュは激しく左右に首を振りながら叫び返す。
そして、退屈そうに頬杖をついて黙ったままの赤毛の少女を指さし、凛とした声で続けた。
「そこに居るのは、あたしたちの良く知るサリア様ではありません! ……いえ、厳密に言えばサリア様と同じではあるのですが、とにかく違うんです!」
「同じだけど違う……? ますます分からん」
スウィッシュの言葉を聞いたイータツが、混乱した様子で眉を顰める。
「ですから……!」
と、彼の察しの悪さに内心で苛立ちながら、スウィッシュは辛抱強く言葉を継いだ。
「そこにいるサリア様……いえ、サリア様の身体を乗っ取り、素性を騙っているその女は、他の世界で死んだ後に、サリア様の魂としてこの世界に現れた“異世界転生者”なのです!」
「な……ッ! なん……だとっ?」
イータツは、スウィッシュの言葉を聞いて、まるで雷に打たれたように目を剥き……また首を傾げる。
「……なんじゃ、その“いせかいてんせいしゃ”というのは?」
「ああもうッ!」
スウィッシュは、ついに心の中に納められなくなった苛立ちを露わにして、思わず毒づいた。
「ですから――」
「うふふ、無駄よ無駄。そのおハゲちゃんの頭は、体のバランスを取る錘か飾りでしかないんだから。どれだけ説明しても、きっと十分の一も理解してくれないわよん」
「ッ!」
言い出し端に自分の声を遮った苦笑交じりの声に、スウィッシュの顔が険しくなる。
「マッツコーッ……様……!」
「うふふ、久しぶりねん、おてんばちゃん」
口元に妖艶な薄笑みを浮かべながら一歩前に進み出たマッツコーは、吹き荒ぶ風に煽られた長髪を掻き上げながら、懐かしそうに言った。
「前の氷牙将のダンディちゃんのお葬式の時以来かしら?」
「……いえ、その後も何度か……」
と、軽く頭を振ったスウィッシュは、マッツコーに油断の無い視線を向ける。
「最後にお会いしたのは、マッツコー様が陛下から重謹慎を受けて、魔王城から退去させられた時でした」
「あぁ……そんな事もあったわねぇん。なーつかし~」
マッツコーは、スウィッシュの言葉にとぼけた笑みを浮かべると、一変して鋭い瞳を彼女に向けた。
「……で、久しぶりに顔を見たと思ったら、シンセーな先王ちゃんのお葬式を妨害した上で陛下ちゃんを襲撃するなんて、一体どうしちゃったのん? 遅めの反抗期かしらん?」
「そんなんじゃありませんっ!」
からかい交じりのマッツコーの言葉に怒りを露わにしたスウィッシュは、再び玉座の少女に指を突きつける。
「だって……分からないんですか? あそこに座ってるのは、あたしたちが知っているサリア様なんかじゃないんですもの! イータツ様はともかく、マッツコー様ならとっくに察していらっしゃると思いましたけど、違うんですかっ?」
「……うふふ」
スウィッシュの叫びにも、マッツコーは意味深に薄笑むだけだった。
そんな彼の態度に業を煮やしたスウィッシュは、開いた掌に理力を込めながら、低い声で言う。
「……まあ、どっちでもいいです。とにかく、おふたりともそこをどいて下さい。あたしたちの標的は、そこの――サリア様の身体の中にいるツカサという女ひとりだけです。同じ魔王国の仲間であるあなたたちと戦ったり、倒したりする気はありません」
「うふふ」
凛としたスウィッシュの声に、マッツコーは口元に手の甲を当ててくすくすと笑ってみせた。
「『倒したりする気は無い』ねぇ……。ひょっとして、ワタシたち、おてんばちゃんにナメられきっちゃってる?」
「何だと……? けしからんっ!」
マッツコーの言葉を聞いたイータツは、頭の先まで真っ赤にしながら怒声を上げる。
「話が良く分からんが、オヌシがサリア姫に危害を加えようとしている事と、四天王であるワシらの事を倒せるなどと考えておる身の程知らずだという事は理解した!」
そう叫びながら、轟炎将は手にした戦斧を軽々と振り回し、肩の上に担ぎ上げた。
そして、スウィッシュの顔を鋭い目で睨みつけながら、獰猛な熊のように吠える。
「来ぉい! 氷牙将スウィッシュ! そして、“伝説の四勇士”ファミィよ! 真誓魔王国四天王が筆頭・轟炎将イータツの力、とくと見せつけてくれるわ!」
「……だから、あたしは戦いたくないって言ってるのに……!」
「いや……『戦いたくない』だけならともかく、『倒したくない』は、明らかに喧嘩を売られたと思うぞ、普通……」
歯噛みするスウィッシュの隣で、ファミィは思わず呆れ声を上げ――、
「……?」
ふと何かの気配を感じて、背後を振り返り――次の瞬間、驚愕で目を見開きながら、必死の叫びを上げた。
「――スウィッシュ、後ろだ! 避けて!」
「えっ……?」
ファミィの絶叫に、ハッとした表情を浮かべて振り返ったスウィッシュの目に映ったのは、見覚えのある面立ちの男の顔――!
「……ッ! へ、陛下――」
思いもかけぬタイミングで、敬愛し思慕している男を目にして、ぱあっと顔を綻ばせるスウィッシュだったが――、
「……じゃないっ?」
イラ・ギャレマスよりも短く刈り込んだ白髪交じりの黒髪と、形の違う口髭、そして何よりも、男の白濁した虚ろな瞳を見て、瞬時に己の勘違いに気付いたスウィッシュは、男が固く握った拳を高々と振り上げたのを見て、慌てて迎撃体勢に移ろうとした。
だが……、
(マズい……間に合わない……っ!)
男が握り込んだ拳が帯電した呪力に包み込まれるのを見ながら、自身の死を幻視したスウィッシュの顔から血の気が引いていく。
「……ッ!」
彼女は、迫り来る恐怖の前に、思わず目を瞑った。
――と、次の瞬間、
『赤き炎 司りし 精霊よ! 彼の者の前に 炎壁を成せ!』
どこからか聞こえてきたしわがれた声による詠唱に呼応するかのように、スウィッシュたちと謎の男の間に凄まじい炎の壁が吹き上がる。
『……ッ!』
凄まじい炎壁に焙られた男は、無言のまま跳び退り、スウィッシュたちから距離を取った。
彼が身に纏っている灰色の葬衣の裾に炎が燃え移るが、彼は熱がる様子もなく、そのまま蝋人形のようにその場に立ち尽くしている。
と、その時、
「ヒョッヒョッヒョッ! 間一髪じゃったのう、氷のお姐ちゃんにファミィさんや!」
呪祭拝堂の広い堂内に、緊迫した状況とはあまりにも雰囲気違いな馬鹿笑いが響き渡った――!




