轟炎将と襲撃者と氷系魔術
「氷華大乱舞魔術ッ!」
と、若い女の絶叫が広い呪祭拝堂の堂内に響き渡り、瞬時に発生した無数の細かい氷片が、玉座に腰かけるツカサ目がけて吹き荒ぶ。
それを見るや、ツカサの事を守らんと真っ先に行動を起こしたのは、傍らに立っていた轟炎将イータツだった。
彼は、主の座る玉座の前に立ち塞がると、背中に担いでいた大戦斧を抜き放ち、凄まじい勢いで回転させ始める。
「猛炎回転盾呪術!」
回転する戦斧が猛烈な炎を帯び、玉座を襲おうとした氷華大乱舞魔術の細氷片の群れは、その凄まじい火勢で散り散りにされ、猛烈な熱で溶かし尽くされた。
自分の放った氷の攻撃が炎によって防がれたのを見たローブの女は、すぐに次の攻撃を繰り出す。
「氷筍造成魔術ッ!」
彼女の魔術詠唱の声と共に、イータツの足下の石床を突き破って、数本の氷筍が生えてきた。
みるみる床からせり上がった氷筍は、そのままイータツの身体に絡みつき、その動きを止めんとする。
「――舐めるなぁっ!」
それを見たイータツは、苛立ち混じりの怒声を上げるや、全身の筋肉に力を込めて呪力を注ぎ込んだ。
「荒炎纏装呪術ッ!」
次の瞬間、イータツの全身から真っ赤な炎が荒々しく吹き上がり、まるで鎧のように彼を包み込む。
炎の鎧が放つ高熱によって、イータツの身体に巻き付いた氷筍はみるみる内に溶け砕け、大量の水蒸気に変わった。
イータツは、炎の鎧を身に纏ったまま、高笑いする。
「ワーッハッハッハッハッ! 見たか狼藉者! 貴様の氷魔術もなかなかのものだが、四天王のひとりにして筆頭である、この轟炎将イータツの炎系呪術には及ばぬようだな!」
「おいハゲェ!」
「ひぃっ!」
自慢げに勝ち誇ろうとしたイータツだったが、背後から上がったドスの効いた怒声に身を縮こまらせた。
先ほどの威勢が嘘のようにオドオドしながら、慌てて身体の炎を消したイータツは、恐る恐る背後を振り返り、震える声で声の主に尋ねる。
「な、何でしょうか、サリア姫……?」
「『何でしょうか』じゃないよ、この脳筋クソハゲ!」
朦々と立ち込める水蒸気の中から、ツカサの怒号が返ってきた。
「テメエの炎が一気に溶かした氷が水蒸気になったせいで、周り一面真っ白で何にも見えなくなったじゃないかっ!」
「あ、そ、それは申し訳――」
「おまけに、その水蒸気のせいでクソ蒸し熱いし! ただでさえ窮屈な格好してるウチを蒸し殺そうっていうのかい、テメエはッ?」
「か、重ねて申し訳ござらぬ! わ、ワシは決してそんなつもりではなく……」
「……ねえ」
怒鳴りつけるツカサと平謝りするイータツに訝しげな声をかけたのは、マッツコーだった。
僅かに眉を顰めた彼は、周囲を見回しながら口を開く。
「何か妙じゃない? この水蒸気……」
「妙……?」
マッツコーの言葉に首を傾げたイータツだったが、すぐに小さく頷いた。
「確かに……普通ならすぐに拡散するはずの水蒸気が、いつまで経っても晴れん……。それどころか、ワシらの周りに纏わりつくようにどんどんと濃くなっていく……」
そこまで言って、イータツはある事に思い至り、大きく目を見開く。
「――よもや、これは大気……風を操る術による――!」
「おハゲちゃんッ!」
イータツの呟きは、マッツコーの上げた鋭い声によって遮られた。
ハッと我に返ったイータツは、何かが風を切って高速で接近する気配を感じ、咄嗟に戦斧を前に掲げる。
“ギィンッ!”
「ぐっ――!」
掲げた戦斧に何かがぶつかる手ごたえを感じたイータツは、歯を食い縛りながらその衝撃をいなし、水蒸気の向こうにうっすらと透け見える黒い影に向けて、すかさず炎系呪術を放った。
「――瞬発発火呪術!」
イータツが大きく開いた掌から放射された炎が、襲撃者の纏うローブに燃え移り、瞬時に燃え上がる。
「――ッ!」
襲撃者は、上がった炎を見るや、声にならない悲鳴を上げた。
彼女は、咄嗟に炎上したローブを脱ぎ捨てようとしたせいで、イータツに向けていた注意が逸れる。
その、彼女が見せた一瞬の隙を見逃す轟炎将ではない。
「狼藉者め! 荘厳な陛下の“大喪の儀”を乱した大罪、うぬが命もて贖えい!」
イータツは、戦斧を高々と振り上げ、蹲った襲撃者の脳天目がけて振り下ろさんとする。
――その時、
『荒ぶるべし 風司る精霊王 その威を以て 吹き払うべし!』
「ぐッ――?」
突如吹き荒れた轟風の風圧に戦斧が煽られ、イータツは振りかぶったまま大きく体勢を崩した。
「な……何のッ!」
だが、彼はその場で両脚に力を入れて踏ん張り、何とか転倒を免れる。
そして、愕然とした顔で叫んだ。
「い、今の霊句と術は……エルフが使う風の精霊術だと? しかも、かなり高位の――!」
そんな者は、イータツが記憶している限り、一人しか存在しない。
彼は、驚愕に満ちた目で、今の一連の攻防ですっかり水蒸気が晴れた呪祭拝堂の堂内を見回した。
そして、祭壇の前に忽然と立っている人影に気付く。
と、堂内を吹き荒ぶ猛烈な風に煽られ、人影が被っていたフードが捲られた。
フードの中から零れ落ちるように現れたのは、金糸のように細く美しい髪と、蒼玉のように輝く瞳をした美女の顔。
それを見たイータツが、上ずった声で呟く。
「や、やはりお前か……! “伝説の四勇士”ファミィ……ッ!」
「……」
イータツに名を呼ばれたハーフエルフの娘は、無言で身に纏っていたローブを脱ぎ捨て、軽装鎧を纏った身軽な姿を現した。
そんな彼女に警戒を露わにするイータツだったが、ふとある事に思い至り、ハッと目を見開く。
「……待てよ? さっきの氷系魔術も、見覚えがあるぞ……」
そう呟いた彼は、足元に蹲っている最初の襲撃者をまじまじと見下ろした。
そして、焼け焦げたローブを脱いだ彼女の蒼い髪を見て、思わず言葉を失う。
「そ、そんな……お、オヌシは……!」
「……お久しぶりです、イータツ様」
ゆっくりと顔を上げた襲撃者――スウィッシュは、そう言いながらイータツに固い微笑を向けたのだった。




