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再会と遅刻と理由

 「ヴァートス様……!」


 ひらひらと手を振りながら、悠然とした足取りで現れたエルフの老人の姿を見て、スウィッシュはぱあっと表情を輝かせた。

 そんな彼女に、エルフの老人――ヴァートス・ギータ・ヤナアーツォは、そのしわくちゃの顔を一層綻ばせる。


「よぉ、氷のお姐ちゃん! 半人族(ワシ)の村で宴会をして以来じゃのう。相変わらず元気そうで何よりじゃ、ヒョッヒョッヒョッ!」

「ヴァートス様こそ……」


 と、上機嫌で呵々大笑するヴァートスに微笑みを返したスウィッシュだったが、彼女は落ち着かなげにキョロキョロと周囲を見回し、少し表情を曇らせた。


「あの……ヴァートス様。ところで……」


 彼女は、もう一度辺りに目を配り、やっぱり目当ての顔が見えない事を確認してから、ヴァートスにおずおずと尋ねる。


「その……へ、陛下は……陛下はいらっしゃらないのですか……?」

「む……」


 ヴァートスは、スウィッシュの問いかけにどう返すかを迷い、言葉を詰まらせた。


(むぅ……さて、どう答えるべきか……)


 彼女が訊ねた“陛下”――即ち、魔王イラ・ギャレマスが、この場に現れる事は絶対に無い。

 何故なら、彼は、つい一週間前に、ウンダロース山脈で勇者シュータと戦った際に錐型飛翔体(ミサイル)型エネルギー弾の直撃を受けて死んでしまったからだ。

 “死んでしまった”と言っても、魔王の死体は確認していない。残っていたのは、魔王の角の一かけらだけだった。

 ……だが、たとえ死体が無いとはいっても、あの爆発に晒された魔王が生き延びているとは到底思えない。それは、あの凄まじい爆発を間近で見ていたヴァートス自身が一番良く分かっている。


(……あの織田信長も、本能寺の焼け跡の中から死体が見つからなかったというしの。本能寺を焼いた程度の炎でも完全に死体が燃え尽きるんじゃ。あの小型核兵器並みの爆発の中じゃ、塵ひとつ残らんのも無理は無いじゃろうて……)


 ヴァートスは、死体が見つからなかった理由をそう結論づけ、魔王の死を疑っていなかったが、それをそのまま、ギャレマスの事を恋い慕う少女に告げる事に対して、激しい躊躇いを感じた。


「そ……それはじゃな……」


 ヴァートスは、彼には珍しい歯切れの悪さで口ごもる。

 そんな彼の反応に、スウィッシュの表情が曇った。


「……どうしたんですか、ヴァートス様? まさか……」

「あ……いや……」


 不安げな顔をして尋ねるスウィッシュから気まずげに目を逸らしながら、ヴァートスは更に言い淀む。

 それを見て、スウィッシュは更に青ざめた。


「や、やっぱり……! 陛下の身に、何か良からぬ事があったのでは……!」

「あ、ま、まあ、そう……というか、うむ……」


 どう答えるべきが逡巡しながら、ヴァートスは曖昧に言葉を濁す。

 そんなリアクションに更に不安を募らせたスウィッシュは、我を忘れた様子で彼の胸倉を引っ掴んで叫んだ。


「ヴァ……ヴァートス様、陛下の身に一体何が起こったというのですか! お、教えて下さい!」

「く、苦しい! ぎ、ギブギブッ!」


 必死の形相のスウィッシュに襟元を締め上げられたヴァートスが、慌てて彼女の手を叩いて降参(タップ)する。……だが、この世界には生憎と総合格闘技も柔道も無かった為、彼のギブアップの意志はスウィッシュには伝わらなかった。


(や、ヤバい……! ま、マジで、このままじゃお姐ちゃんに絞め殺されてしま……!)


 窒息と血流不足で朦朧とし始めた意識の中で、ヴァートスは自身二度目の死をひしひしと感じる。


(こ……今度の転生の希望欄は……ドリフ〇ーズじゃな……)


 彼は、この世界との別れを覚悟した――その時、


「おい! もうやめろ、氷牙将! それ以上やったら、ヴァートス殿の命が危ない!」

「頭に血が上り過ぎだ、スウィッシュ! 老い先短い老人に何て事をしているんだ、お前は!」


 さすがに見かねた様子のアルトゥーとファミィが、慌ててふたりの間に割って入り、ヴァートスの襟元を掴んでいたスウィッシュの手を引き剥がした。


「お、おい、御老体! まだ生きているか? 返事をしろ!」

「う、うぅ……ゲホゲホ……な、なんとか……」


 アルトゥーに抱きかかえられ、頬をぺちぺちと叩かれたヴァートスは、目を瞑ったまま激しく咳き込み、弱々しく頷く。

 そして、薄っすらと目を開け、心配そうに覗き込むアルトゥーの顔を見た途端、露骨に顔を顰めた。


「……なんじゃ、お前さんか、根暗の兄ちゃん。どおりで頭に当たる感触が硬いと思うたわい。どうせじゃったら、ファミィさんのぷるんぷるんおっぱい枕に顔を埋めてぱふぱふしたかったのう……」

「……分かった。遺言はそれでいいんだな?」

「じょ、ジョーダンじゃジョーダン! いや、マジな殺気の籠もった目で睨むのやめい! イヤホントすんませんでしたッ!」


 ヴァートスは、慌てて座った目でゆらりと飛刀を振り上げるアルトゥーを制止する。

 そして、ファミィに羽交い絞めにされながら、涙を浮かべた目で訴えるように自分を見つめているスウィッシュの顔をチラリと見て、小さく息を吐いた。


「えー……その、何じゃ……ギャレの字の事じゃがな……」

「……!」


 言いづらそうに口を開いたヴァートスの言葉に、スウィッシュはハッと目を見開く。

 そんな彼女の顔を気まずげに一瞥したヴァートスは、重い口で更に言葉を継いだ。


「実は……ギャレの字は……」

「は、はい! 陛下は、どうなさったんですかッ?」

「…………寝坊じゃ」

「…………はい?」


 ヴァートスの口から出た言葉に、スウィッシュは目を点にする。

 そんな彼女からバツ悪げに目を逸らしながら、彼は殊更に明るい声で言った。


「じ、実はのう。昨晩、あやつとワシとで酒を酌み交わしておったら、少~し羽目を外し過ぎてしまったようでな……。明け方近くまで飲んだせいもあって、朝になっても全然起きんかったのじゃ」


 ヴァートスは、頭の中でありもしない昨晩の出来事を捏造しながら、作った呆れ声で言葉を継ぐ。


「む、無論、ワシは鶏の声が響く頃には目を覚まして、それからあれこれ手を尽くしてギャレの字を起こそうと頑張ったんじゃが……どーしても起きなかった。――じゃから、しょうがなく、ワシひとりで先にここへ来たという訳じゃ、ウン」

「……」

(……あ、さすがにバレるか?)


 自分の作り話を聞いて、無言のまま顔を伏せたスウィッシュを見て、ヴァートスは失敗を悟った。


(まあ……確かに、こんなに大事な作戦の決行日に寝過ごして遅刻したなど、普通に考えたらありえんからのう……。こんなふざけた理由、信じる訳が無――)

「……一体何やってんですか、陛下……いや、まるでダメな王様、略してマダ(オウ)はぁッ!」

「へッ?」


 唐突に顔を上げるや、憤怒の表情で絶叫したスウィッシュを前に、ヴァートスはポカンと呆気にとられる。


「信じらんない! お酒を飲み過ぎて朝寝坊っ? 自分の娘が取り戻せるかどうかって瀬戸際だっていうのに遅刻ぅ? ホントにどういう神経してるのよ、あのヘタレマダ王はぁっ!」

「お、お姐ちゃん、お怒りはごもっともじゃが、ちょ、ちょっと落ち着……」

「もういいわ!」


 スウィッシュは、宥めようとするヴァートスの声を中途で遮り、憤然と叫んだ。


「もう、陛下の事なんかどーでもいい! サリア様は、あたしたちだけで助け出しましょう! みんな、行くよッ!」

「え……? ほ、本気か、スウィッシュ?」

「いや、少し頭を冷やせ、氷牙将。さすがに、王の力無しで、作戦を決行するのは……」

「……」


 興奮して捲し立てるスウィッシュの事を懸命に宥め、何とか落ち着かせようとするファミィとアルトゥーの姿を複雑な顔をして見ていたヴァートスは、(……まあ、これでいいじゃろ)と、心の中で呟いた。


(ギャレの字が死んだと知ったら、氷のお姐ちゃんが戦力にならなくなるじゃろうからのう。嘘も方便という奴じゃ。本当の事を教えるのは、首尾よくお嬢ちゃんを元に戻せてからで良いじゃろう……)


 そう考えながら、彼は静かに両手を合わせ、青く澄み切った夏空を見上げる。

 そして、空の上にいるであろうギャレマスの魂に向かって詫びた。


(……悪いのう、ギャレの字。やむを得ん事とはいえ、お主に『寝坊助』という謂れの無い濡れ衣を着せてしもうた。後でちゃんと誤解は解いておくから、安らかに眠っといてくれ)



 ――――――――。



 ――一方、その頃、ヴェルナ・ドーコ・ロザワの歓楽街の片隅に建つ逢引宿“女神の膝枕亭”の一室では……、


「…………Zzz……Zzz……」


 大切な作戦を控えているはずのイラ・ギャレマスが、とっくに集合時間を過ぎている事にも気付かず、安らかな顔で爆睡しているのだった……。

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