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勇者と警告と頭上

 「くくくくく……! さぁて、どう料理してやろうかな?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべながら、シュータはこれ見よがしに指をポキポキと鳴らしてみせた。

 ようやくクシャミが治まったサリアだったが、舞烙魔雷術(ブ・ラークサン・ダー)光球雷起呪術(アサク・サメイブ・ツ)という、雷撃系呪術の大技を連発してしまった彼女には、これ以上シュータに攻撃できる程の理力は、もう残っていない。


「……ッ」


 攻撃手段を失った彼女は、クシャミのし過ぎで潤んだ紅の瞳に焦りの色を浮かべながら、じりじりと後ずさりする。


「……ふん。どうやら、もう(タマ)切れみてえだな」


 再び、“ステータス確認(スニーク・ア・ピーク)”でサリアのステータスを確認したシュータは、彼女のMP値が赤色で表示されているのを見て、鼻で嗤い飛ばした。

 そして、殊更に威圧するように、わざとゆっくりとした動作で、サリアに向かって足を踏み出す。


「ち……近付かないで下さい!」

「くははっ! いい感じの悲鳴だぜ! さっきまでの威勢の良さはどこにいったんだよ、お姫様!」


 恐怖で顔を引き攣らせながらも、精一杯の勇気を振り絞って、敢然と拒絶の声を上げるサリアの事をからかう様にシュータは言った。

 そして、おもむろに指を伸ばすと、彼女の足元を指さしてみせる。


「じゃあ、そんなに俺に近付いてほしくないんなら、そこに土下座してみせろよ」

「……ドゲザ?」


 シュータの言葉に、サリアは身を縮こまらせながらも、怪訝そうに首を傾げた。


「ドゲザって……何ですの?」

「……あ、そっか」


 サリアの反応を見たシュータは、『この異世界には“土下座”という風習は存在していない』という事に気が付くと、「めんどくせえな……」と毒づきながら頭を掻いた。

 そして、面倒くさそうに言い直す。


「あー、要するに……這いつくばって地面に額を擦りつけながら、『偉大なる勇者シュータ様、私が悪うございました。お願いですから見逃して下さいませ』って懇願してみせろ、って事だよ」

「な……ッ?」


 ようやくシュータの要求を理解できたサリアは、その眉を吊り上げると、ぷっくりとした頬をぷぅと膨らませた。

 そして、その紅玉の如き瞳を怒りで爛々と輝かせながら、声を荒げる。


「そ……そんなふざけた事、出来るはずが無いでしょう! 魔王の娘である私が、勇者のあなたなんかに――」

「――だったら、ちょおおっと痛い目に遭ってもらう事になるだけさ。それでもいいのかよ?」

「う……!」


 毅然とした声を上げかけるサリアだったが、シュータが舌なめずりをしながら魔法陣を描き出すのを見ると、身体をびくりと震わせる。

 ――と、自分の娘の怯える様子を見たギャレマスが、慌てて声を上げた。


「や……止めよ! サリアには危害を加えるな! お主の相手は余があああああああ――!」

「うるせえ口挟むんじゃねえよクソ魔王」


 すかさず魔法陣から鉄球を創成し、魔王の顔面にスマッシュヒットさせたシュータは、鼻を押さえてのたうち回るギャレマスの事をギロリと睨みつけると、地面に向かって唾を吐いた。

 そして、再びサリアの方に顔を向けると、ニチャアとした気色の悪い笑みを浮かべる。


「まあ、安心しな。見れば分かるだろうけど、俺は紳士で敬虔なフェミニストだ。魔族とはいえ、女相手に酷い真似をするほ――」

「しゅ、シュータ様ッ!」


 本人的には目一杯のキメ顔をしながら吐こうとした、シュータのキザなセリフは、唐突に上がった金切り声に遮られた。


「……チッ!」


 せっかくのキメ台詞を邪魔されてしまった格好のシュータは、露骨に顔を顰めながら舌打ちすると、声の上がった方に険しい目を向け、自分の独擅場を邪魔した無粋者を怒鳴りつける。


「んだよッ、ファミィッ! 邪魔すんじゃねえよッ!」

「い、いえっ! そ……それどころじゃないです、シュータ様!」


 何故か視線を上に向けて、普段の彼女らしくもない取り乱した様子で、ファミィはシュータに向かって怒鳴り返した。

 その傍に立つエラルティスも、飛び出さんばかりにその翠瞳を大きく見開きながら叫ぶ。


「そ、そうですわ、シュータ殿! あ……あれ! アレですアレ!」

「あぁ?」


 激しく狼狽するふたりの様子に怪訝な表情を浮かべながら、彼は周りをキョロキョロと見回した。

 ……だが、周囲には、特に異常は見られなかった。


「……?」


 シュータは首を傾げると、ファミィとエラルティスの方に向き直り、不満げな声を上げる。


「んだよ! 別に何もねえじゃねえかよ! 何だよ、アレアレって――」

「「違ぁ――う!」」


 文句を言いかけたシュータに、ファミィとエラルティスはあらん限りの声で叫んだ。

 そして、見事なシンクロ具合で、同時にシュータの頭の上を指さす。


「そっちじゃないです! ――上見て! シュータ様、上ッ!」

「そ、そうですわ! 上です上ッ! シュータ殿、上ぇッ!」

「……はぁ?」


 必死なふたりの様子に、シュータはキョトンとした表情を浮かべた。


「何だよ、ふたりとも。『上、上』って……大昔のコントかなんかかよ。頭に向かってタライでも降ってくる的な……」


 苦笑交じりでぼやきながら、何の気なしに頭上を見上げたシュータ。

 と――彼の目が、文字通り点になる。


「……は?」


 半笑いを浮かべたままの表情が凍りつき、その口からは、思わず呆けた様な声が漏れる。

 空を見上げた彼の視界一杯に広がったのは、銀色に光るタライの底ではなく、


 ――象牙色の鱗に覆われた、巨大な古龍の滑らかな腹だった。

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