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姫と落胆と理由

 イータツたちに、自分が儀式で登場する時のプランを楽しそうに話していたツカサだったが、ふと真顔に戻ると、マッツコーに向けて「……ところで、さ」と、おずおずと尋ねる。


「あ、アイツは……儀式には来ないのかな?」

「アイツ? ……ああ~、ハイハイ、アイツねぇん」


 ツカサの問いに一瞬首を傾げかけたマッツコーだったが、すぐに彼女の言わんとするところを察したように頷き――(かぶり)を振った。


「彼……勇者ちゃんは来てないみたいね」

「……そっか」


 マッツコーの答えを聞いたツカサは、落胆を隠せぬ様子で俯く。


「……残念だなぁ」

「な、な、なななな……あッ?」


 彼女がぼそりと呟いた一言を聞いたイータツは、驚愕を隠せぬ様子で目を剥いた。


「さ、サリア姫ッ? な、何ですか、その『残念』とはッ? と、と……というか、“勇者ちゃん”とは、あの勇者シュータの事でございますかッ?」

「ええ、そうよぉん♪」

「え、『ええ、そうよぉん♪』ではないわい!」


 イータツは、自分の問いにあっさりと頷いたマッツコーの胸倉を掴みながら、割れんばかりの大音声で怒鳴る。


「ゆ、勇者シュータといえば、我々魔族の大敵であり……イラ・ギャレマス陛下の()()()()()()()()()()()()()、“伝説の四勇士”のひとりですぞ! そんな怨敵が、陛下の“大喪の儀”とサリア姫の“即位の礼”に顔を出さない事を、なぜサリア姫は残念がるのですかッ?」

「そ、それは……」


 取り乱した様子で目を血走らせながら捲し立てるイータツの言葉を聞いて、バツ悪げに目を逸らして言い淀むツカサ。

 と、


「うふふ、おハゲちゃん、鈍いわねぇ」


 そんな彼女とは対照的に、マッツコーはクスクスと嗤ってみせた。

 そして、彼の耳に顔を近付け、ツカサには聴こえぬように声を潜めて耳打ちした。


「……女の子が、自分の晴れ衣装を男の子に見せたい理由なんて、ひとつしか無いでしょ?」

「……?」

「あ、ゴメ~ン」


 自分の囁きに対して、頭の上に大きな『?』マークを浮かべるイータツを見たマッツコーは、呆れ笑いを浮かべる。


「戦いしか能がない脳筋おハゲちゃんに、女の子の心の機微を察せる洞察力を期待したワタシがバカだったわん」


 そうぼやきながら大袈裟に肩を竦めたマッツコーは、ニヤリと薄笑みを浮かべると、更に言葉を継いだ。


「じゃあ、朴念仁のアナタにも分かるように、ものすごーくカンタンに言うとね……つまり、陛下ちゃんは勇者ちゃんの事を――」

「――やめな!」


 ウキウキ顔で言いかけたマッツコーの声を、少し上ずった鋭い声が遮った。

 制止の声を上げたツカサは、ふてくされたように薄い化粧を施した頬を膨らませる。


「……そんなんじゃないよ。変な誤解すんなっつーの」


 そう言葉を継いだツカサは、姿見に映る聖礼装を纏った自分の姿をチラリと見て、少しだけ表情を曇らせた。

 そして、気を取り直すように首を左右に振ると、ぼそりと呟く。


「……マヨネーズ」

「……は?」


 彼女の口から、思いもかけない調味料の名がついて出たことに、イータツは戸惑いの声を上げた。

 それに対して、「そうだよ、マヨネーズだよ!」と小さく叫んだツカサは、まるで自分に言い聞かせるように言葉を継ぐ。


「そう、マヨネーズだよ! じ、実は、やっと満足のいく味のマヨネーズが出来たんだ! だ……だから、それで照り焼きバーガーを作って、アイツに……シュータの奴に食わせようと……そう思っただけ! それ以上でもそれ以下でも無いって!」


 そう言い切ったツカサだったが、その表情には隠しきれない寂しさが滲んでいた――。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ――同時刻。


 魔王城が建つ丘の麓の城下町――ヴェルナ・ドーコ・ロザワの中央大路“クーリターク大路”は、いつにも増して多くの人々でごった返していた。

 一様に薄紫色の礼服を身に纏った様々な種族の人々は、丘の方向に向かって列をなして歩いていく。

 言うまでもなく、本日行われる“大喪の儀”と“即位の礼”に参列……もとい、“見学”しようと魔王城へ押しかける人々の群れである。

 魔族は寿命が長い。

 その為、魔王の葬儀である“大喪の儀”と、新魔王のお披露目である“即位の礼”が行われるまでには、短くても数十年、長ければ二百年近くの間が開く。

 そんな文字通りの“世紀の大祭”に立ち会える機会に恵まれた魔王国民たちが、その幸運を逃すまいと、魔王国全土から大挙して押し寄せてきた結果が、この大混雑である。

 そして、大路沿いの路地や広場や空き地には、そんな民衆たちの人出を当て込んだ大量の露店が立ち並び、旨そうな匂いや活気のある呼び子の声が街中に満ちていたのだった。



 ――そんなヴェルナ・ドーコ・ロザワの中央大路から少し外れたところにある閑静な公園。

 その中心に設けられた噴水広場に、フードを深く被った数人の人影があった。


「……うぅ」


 その内のひとり――まだ若い女が、落ち着かない様子で噴水の前を行ったり来たりしている。


「どうしよう……久しぶりに会うから、緊張しちゃうよぉ……」


 そう呟いた若い女は、突然傍らの噴水へ身を乗り出した。

 そして、揺れる水面に映った自分の顔を覗き込みながらいそいそと化粧を直したり、フードから垂れた蒼い髪を整えたりし始める。

 その傍らに立ったもうひとりの女が、フードで隠した蒼い目を呆れたように向けながら、彼女に声をかけた。


「……何を今更気にしてるんだ、お前は」

「気にするに決まってるでしょ!」


 水面を覗き込んだ格好のまま、蒼髪の少女はキッとして言い返す。

 そして、不満そうに口を尖らせながら振り向いた彼女は、声をかけてきたもうひとりの顔を睨みつけながら言葉を継いだ。


「だって……二週間くらいぶりに会うんだもん。もしも、おかしなところがあったら……恥ずかしいじゃない!」


 そう言うと、蒼髪の少女――スウィッシュは、仄かに頬を染めながら、もう少し出会える想い人の顔を思い浮かべ、その表情を綻ばせる。


「あぁ……陛下――お元気かしら……?」

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