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姫と聖礼装と不満

 「はぁ……」


 間もなく始まる“大喪の儀”に臨む為、凍りつきそうなほどに冷たい水で沐浴をさせられた後で、窮屈極まる聖礼装のドレスを着させられたツカサは、げっそりとした表情を浮かべた。


「なぁ……マジでこんなクソだるい格好しないとダメなのかよ?」

「く、クソだるいだなどと……そのような事を申してはなりませんぞ、サリア姫!」


 毒づいたツカサを、脇に控えていたイータツが血相を変えて窘める。


「聖礼装とは、我々魔族の祖にして、偉大なる万世魔神であらせられるコーク・ド・セーヴ様より“呪福”を賜りし魔王と、その血を継いだ者だけがその身に纏える、正装にして聖装にござります! そ、そのような神聖な装いを、“クソだるい”などと……!」

「うっさいなぁ。だって、クソだるいモンはクソだるいんだから、しょうがないだろうが」


 ツカサは、その紅瞳でイータツの事を睨みつけながら、床まで届く鴉羽色のロングスカートの裾をたくし上げた。


「何だよ、このクソ長いスカートはよ! ちょっと動く度に床を擦って、歩きづらいったらありゃしない! 歩くついでに床掃除でもさせようってのかいッ?」

「で、ですから……それは、聖礼装の規定で、古来からずっとそうなっておりまして……確かに歩きづらいかもしれませぬが、そこは何卒ご寛恕を……あぁっ、そのように乱暴に引っ張らないで下され! スカートにあしらってあるレースは高価な上に繊細で、すぐに(ほつ)れてしまいますゆえ……」


 穿いたスカートを乱暴に扱うツカサにハラハラしながら、イータツが悲鳴混じりの声を上げる。

 ツカサは、そんな彼の声に不満げな表情を浮かべながら、今度は首元をピッタリと覆うドレスの高衿を摘まんでみせた。


「スカートだけじゃなくって、こっちもさ! まるで、単車で転んだ時に付けさせられたギプスみたいだよ! きつくて息苦しいし、横を向く度に首が擦れて痛いんだよ!」

「も、申し訳ございませぬ。ですが……それも聖礼装の規定で決まっておりまして……」

「何だい! さっきからキテイキテイって……アンタは、体重がリンゴ三個分の猫の妖精か何かかいっ!」

「……ね、猫……ですか、ワシが?」

「あーハイハイ! アンタたちには分かんないよねぇ、ハ〇ーキティなんて!」


 キョトンとするイータツに怒鳴ったツカサは、激しくイラだった様子で、傍らに置かれていた椅子にどっかりと腰を下ろした。


「あらあら、ダメよぉん。女の子が、そんなに大股広げて座ったりしちゃあ」

「……アンタもウチにケチを付けるつもりかい?」

「いいえぇ、滅相もないわぁん」


 ツカサにぎろりと睨み据えられたマッツコーだったが、怖じ気る様子も無く、神経を逆撫でさせる薄ら笑いを浮かべながらかぶりを振る。


「ただワタシは、せっかくの可愛らしい格好なのに勿体ないわぁって思っちゃっただけ」

「……フン」


 マッツコーの答えを聞いたツカサは、不満げに口を尖らせるが、スカートの下の膝をそそくさと揃えて座り直した。

 そして、不機嫌な表情を浮かべたまま、ぞんざいな口調でイータツに尋ねる。


「……なあ、ウチは、いつまでこの窮屈なカッコでいなきゃいけないんだい?」

「あ、はっ! ええとですな……」


 問いかけられたイータツは、着ていた正鎧装の裏板についた隠し(ポケット)からくしゃくしゃになった紙を取り出し、目を凝らして読んだ。


「確か……早くても“即位の礼”の“戴冠儀”までは、聖礼装のままでいて頂く事になります」

「うへぇ……」


 イータツから答えを聞いたツカサは、辟易した様子で眉を顰める。


「じゃあ、夕方まではこのカッコって事ぉ?」

「……そうなりますな」

「うわぁ~、めんどくせ~!」


 ツカサは絶望に満ちた声を上げると、大きく仰け反って椅子の背もたれに寄り掛かった。


「あ、サリア姫、いけませぬ! そのような格好をされますと、せっかくきれいになった聖礼装の形が崩れて――」

「あー、もうッ、いちいちうっさいなぁ!」


 イータツの小言にうんざりした声で叫んだツカサは、部屋の片隅のトルソーにかけられた真紅の奇妙な意匠の服をチラリと見る。


「こんなきつくて古臭いドレスなんかより、特攻服(トップク)の方が全然イカしてるのにさぁ……」

「うふふ、確かにそうねぇん」


 ツカサのボヤキを聞いて、その白面に微笑みを浮かべながら頷いたのはマッツコーだった。

 彼は、トルソーにかかった特攻服の生地を撫でながら、「でもね」と言葉を継いだ。


「最初からこのトップクでみんなの前に姿を見せるより、一番のクライマックスで聖礼装から着替えてみせた方が、与えるインパクトが一層上がるんじゃないかしらん?」

「インパクト……?」

「そっ」


 訝しげに訊き返したツカサに、マッツコーはニコリと笑って頷く。


「伝統的な聖礼装にみんなの目を慣れさせておいて、一番盛り上がるところで、こんなに革新的でカッコいいトップクを華麗に着こなした陛下ちゃんをお披露目するのよん。そうする事で、観衆のみんなに与えるインパクトが何倍にもなるわ」

「そっか!」


 マッツコーの言葉に、ツカサは得たりとばかりに目を輝かせた。


「確かにアンタの言う通りかも! ――じゃあさじゃあさ、特攻服(トップク)着て登場する時に、古龍種(ポルン)に乗って空から下りてくるってのはどう? もちろんポルンの奴にも、単車みたいに竹槍とかホーンとか色々付けてオシャレさせてやってさ!」

「た、たんしゃ? たけやり? ほ、ほーん……?」

「……ふふ」


 次々と飛び出す知らない単語に目を白黒とさせるイータツを前に、興奮した様子で嬉々として自分のアイディアを話しまくるツカサの顔を見ながら、マッツコーはこっそりと微笑む。


「……ホントに単純……もとい、純真な()ねぇ。やっぱり、姫ちゃん(サリア)と同じ魂なことはあるのかも」


 ――と、彼の口の端が妖しく吊り上がった。


「――ホント、チョロいわぁ。ふふふ……」

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