魔王と勇者と回想
――話は、数日前のウンダロース山脈の麓に遡る。
「え、ええいっ! だから……話を聞けと言うに!」
魔王ギャレマスは、勇者シュータが闇雲に振り回すエネルギー剣の切っ先を真空刃剣呪術の真空の刃で捌きながら、苛立たしげに声を荒げた。
「先ほどからも申しておろうが! 異世界転移してきたお主は、余の命を絶ったら――」
「黙ってろ!」
「くっ!」
一層鋭さを増したシュータの剣閃を紙一重で躱したギャレマスは、訝しげに眉を顰める。
「……一体何なのだ? なぜ、お主はそこまでして余の話を聞こうとはせ――」
彼の言葉を遮るように、シュータが反重力の魔法陣を背後に展開して一気に距離を詰め、エネルギー剣を大きく振り上げた。
「むぅっ!」
ギャレマスが、シュータが振り下ろしたエネルギー剣の刃を真空の剣の鍔元で受け止め、ふたりは鍔迫り合いの体勢になる。
「何の……力比べなら負け――」
「――おい、聞け、クソ魔王!」
その時、シュータが潜めた声でギャレマスに声をかけた。
彼は、チラリと周囲に目を配ると、魔王にしか聞こえない程の小さな声で囁きかける。
「ようやく、テメエと打ち合わせが出来るぜ」
「……打ち合わせ?」
シュータの言葉を聞いたギャレマスが、真空の剣を押し込む力を弱め、訝しげな声を上げた。
「どういう事だ? 打ち合わせとは……何を打ち合わせしようと――」
「何を……って、決まってるだろ?」
ギャレマスの問いかけに、シュータはニヤリと不敵な薄笑みを浮かべる。
「いつも、俺たちがやってる……周りの奴らを騙す八百長芝居のだよ」
「……ッ?」
シュータの答えを聞いたギャレマスは、ハッと目を見開き、表情を引き締めた。
そして、剣を押し込むように見せながらシュータに顔を近付け、押し殺した声で囁く。
「シュータ……! それは、つまり――」
「やれやれ、ようやく察したか……」
呆れ笑いを浮かべたシュータは、チラリと背後を振り返ってから小さく頷いた。
「そうだよ。今までの俺の行動は、全部あのオカマ野郎を騙す――」
「ふたりとも! もうやめなって!」
「「ッ!」」
突然、鍔迫り合いをしているふたりの間に割って入り、結果としてシュータの声を遮げたのは、それまで彼らの戦いについていけずに傍観するしかなかったジェレミアだった。
彼女の乱入によって、ギャレマスとシュータは互いに跳び退り、距離を空けた。
大切な話を邪魔されたシュータは、苛立ちを露わにしながら声を荒げる。
「チッ……! だから、ジャマすんなって言ってんだろうが、ジェレミィア!」
「だから、ジャマするって!」
怒鳴りつけられたジェレミィアは、キッと眦を上げて言い返した。
「せっかくホントに生きてる魔王さんと会えたんだから、一緒に力を合わせてサッちゃんを元に――」
「――過重力」
「くぅっ!」
抗議の叫びを上げたジェレミィアだったが、シュータが指呼すると同時に展開した赤く小さな重力魔法陣に背中から押しつぶされ、地面に這いつくばった。
それを見たギャレマスが、カッと目を見開き、憤怒の表情を浮かべる。
「シュータッ! お主、己の仲間であるジェレミィアに、斯様な手荒な真似を――グボォアアア~ッ!」
ギャレマスの怒声は、シュータがすかさず放った赤いエネルギー弾によって思い切り顎をカチ上げられた事で途切れた。
そのまま真っ直ぐ上空へと打ち上げられた魔王を追うように、シュータも反重力の魔法陣を足下に展開し、一直線に飛び上がる。
そして、空中でギャレマスに追いつくや、顎への衝撃で半失神した魔王の襟首を捕まえ、そのままブンブンと激しく揺さぶった。
「おい、クソ魔王! 起きろ!」
「む……むぅ……」
揺さぶられて意識を取り戻したギャレマスは、顔を顰めながら首を振る。
そして、自分が宙に浮いていることに気付くや、慌てて背中の黒翼を展張した。
ギャレマスは、翼を羽搏かせて滞空しながら、エネルギー弾で強かに打たれた顎を擦り、恨めしげにシュータの顔を睨む。
「い、いきなり何をするのだ……。痛いではないか」
「うるせえ。魔王のクセに痛いとか言ってんじゃねえよ。キャラじゃねえだろ、ボケ」
「いや……いくら魔王だって、痛いものは痛い……」
理不尽な事を言うシュータの事を涙目で睨みながらボヤくギャレマス。
と、そんな彼に、シュータがニヤリと笑みかけ、地上を指さした。
「いいじゃねえかよ。おかげで、何の気兼ねも無しに内緒話が出来るんだからよ」
「む……」
シュータの言葉に片眉を上げたギャレマスは、彼が指さした先に目を遣る。
そして、薄闇に覆われた山裾で対峙しているマッツコーとヴァートスの姿が麦粒ほどの大きさなのを見て、シュータの言葉の意味を理解した。
「なるほど……! これだけ地上から離れれば、ヴァートス殿たちに我らの会話が聞かれる心配をせずとも良いという事か……」
「そういう事。あのふたりは飛べないしな。ここで適当に戦ってるふりをしとけば、あの勘が鋭いクソオカマに気取られる事も無いだろうさ」
「その為に、余の身体を上空に吹っ飛ばしたという事か……」
ギャレマスは、シュータの説明に納得した様子で大きく頷いたが、恨みがましく彼にジト目を向ける。
「いや……だったら、その旨を口で説明してくれれば良かったのに……。何で力づくで強引に……」
「説明してる暇なんて無かっただろうが。ジェレミィアの奴が余計な邪魔を入れてくるしよ」
「う……ま、まあ、確かにそうか……」
「……ま、ホントは魔王の分際でウチのジェレミィアに庇われてるテメエの事がムカついたからだけどよ」
「って、オイイイイイイイッ!」
シュータがボソリと付け加えた一言を耳にしたギャレマスは、思わずツッコんだ。
そんな魔王のツッコミの声をうざったそうに聞き流したシュータは、「ま、つー事で」と言って、やにわに表情を引き締める。
そして、真剣な目で魔王の顔を見据えながら、静かな決意に満ちた声で言った。
「あんまり時間が無いから、ちゃっちゃと終わらすぞ。――サリアの人格を取り戻す為の作戦会議をな」




